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四一 魔女騎士を先頭に


 白亜城を幾千もの兵馬が出て行く。

 彼らは反乱軍を一気に粉砕する決戦の主力となるのだ。

 臨時帝都防衛軍の首脳会議はすぐさま決した。

 サーズバン伯が、

「決戦だぁ!」

 と怒鳴れば、レイクフューラー辺境伯は即座に、

「どーぞどーぞ」

 と、言ってみせた。

 と、いうのも、辺境伯は政治家なので、戦術はあんまり分からないのだ。処女将軍と呼ばれながらも、将軍勤務は5年に及び、戦闘経験も十分なサーズバン伯に丸投げした方が楽だし、確実で、効率的だと思った。政治屋は政治をやって実際の戦闘には口を挟まない方が良いというものだ。その逆も然り。

 こうして決戦の為の軍勢は出立した。

 軍勢の先頭を進むのは第6軍団所属の金旗騎士団である。名の由来となった金色の旗をはためかせ、甲冑に身を包んだ騎士たちが毛並みも立派な騎馬に堂々と跨り、隊列を作っている。

 続いて騎士よりも随分と軽装備の軽騎兵連隊、竜騎兵連隊(当然、竜に乗っているわけではない。銃を装備した騎兵を竜騎兵ドラグーンと言うのだ)。それらの騎兵はキスが帯同してきた兵を含めて2000近い。

 騎兵の後ろからマスケット銃や長槍を携えた歩兵連隊が延々と続く。歩兵の数はおよそ5000である。

 更にその後を糧秣や武器弾薬、医薬品、宿営のためのテントなどを積んだ馬車が並ぶ。かの有名なナポレオンが言ったように軍隊とは胃袋である。軍隊は大量の飯を食い、大量の水を飲み、大量の糞をして、大勢で寝る。軍隊の管理者はそれを管理しなければならない。よって、大量の食糧と寝る場所テントを一緒に輸送していかなければならない。これらを管理したり輸送する馬車が数百。人員が1000以上あった。こーいった補給・輸送担当の部隊を輜重隊という。

 これら非武装の輜重隊含めて軍勢は8000を超えた。

 この軍勢の総指揮官であるサーズバン伯は先頭の金旗騎士団の隊列中にあった。無骨な鋼の鎧に身を包み、白馬に跨って、堂々と胸を張り、不敵な笑みを浮かべている。

 実は、この金旗騎士団の騎士の殆どがファンクラブと親衛隊のメンバーだったりするのだが、そんなことは知らなくてもいいことだ。

 さて、しかし、総大将である彼女よりも目立つ存在があった。それは金旗騎士団の先頭にあった。

 金色の旗がはためく煌びやかな一団の前に、揺れる黒い影があった。

 黒い毛並みの雄々しい立派な体躯の馬に跨り、長く黒いマントを風になびかせ、黒い毛飾りを飾った兜を被り、黒光りする軽騎兵の甲冑に、その下に着るシャツもズボンも黒く、腰に提げたサーベルの鞘も拳銃も漆黒。上から下まで真っ黒黒すけだ。

 前述したように、この大陸では黒は大変忌避されている。どころか、熱心に西方教会を信仰する者は嫌悪・憎悪すらしている。黒という色は尽く忌み嫌われ避けられ除かれ嫌われ憎まれている。

 当然、世に黒いものは少ない。人工で作られるものはわざわざ忌避される色に塗られないし、自然に黒いものも避けられる。

 だが、その騎士は兜の頂点にある飾りから靴の爪先まで黒く染められている。また、兜の後ろからは漆黒の長髪が垂れている。ただ、一点、黒くないとすれば、顔の肌色だけだ。

 人々は(街に残った市民や、騎士たちに続く兵卒)教会の語る悪魔の騎士か、或いは魔女騎士がそのまま姿を現したかのような不気味で恐ろしい姿に怯え恐れた。

 この黒騎士は誰か? と、まぁ、そんなことは言わずとも分かる。

 この物語において黒といえば、この人、黒髪姫ことキスだ。

 ただでさえ黒い髪のせいで教会の敷地の中に幽閉されるほど忌避されているのに、そいつが黒い馬(これも悪魔を乗せるとして、大変縁起が悪い)に跨った黒ずくめでいれば、忌避どころの話ではない。もしも、帝都にいつもと同じほどの数の人々が街中にいれば即座に「悪魔が出たっ!」ということでパニックに陥っただろう。今残っている人々でさえ彼女を一目見るなり、家の中に閉じ篭り、帝都を守る為に出陣する軍をまるで地獄からやってきた悪魔の占領軍でも見るような目で見つめるのだ。この場に教会関係者がいなかったことは幸いであった。もしも、教会の人間がこの姿を見れば半狂乱で「悪魔退散っ!」と叫びながら、大騒ぎするだろうからだ。

 そんなふうに周りにマイナスなイメージしか与えない見世物人形じみたことをしているキスは兜の下で密かに溜息を吐いた。こんなことをするのは彼女の希望ではないのだ。画策したのはサーズバン伯だ。彼女は人々の間で、盛んに「鬼のように乱暴で無茶な戦い方をする黒い魔女がいる」と噂されているキスのことを小耳に挟み、じゃあ、これはもう完全に黒く染めてやろうと思い立ったのだ。そんなことをする意味があるのかお思いかもしれないが、これは、明確に、ある、のだ。

 考えて欲しい。灰色や白、金銀の鎧の中に1人漆黒の騎士がいれば否応なく目立つ。それはもう不自然に浮き立つように人々の目を引くだろう。人々はその異様な見て、もしかすると、信心深い人々は漆黒の騎士を悪魔か何かだと思い込むかもしれない。そこまで信心深くない人々でも大陸の最高権力者といっても過言ではない教会の意に思いっきり反する格好をしている騎士には何らかの強い良くないイメージを受けるだろう。これが相手の不安を煽り、結果的に士気をいくばくか下げることになるというのだ。

 そんなことはありえないと思われる人もいるかもしれないが、これは十分にありえることだ。そもそも、敵も味方も、この大陸の人々の九割近くは両親も祖父母もそのまた上の先祖も皆教会に従ってきていて、その本人も生まれたときから教会の教えを受け、休息日ごとに教会に出かけて説教を聴き、という人生を送り、神と天使、魔王と悪魔は実在し、天国と地獄もあって、人は神の手により泥人形から作られたと固く信じているような連中だ。当然「黒=悪魔の色」という教えも耳にタコができるほど聞いている。そんな人々がいざ敵の中に漆黒の騎士を見ればどう思うか? 想像に難しくはないだろう。

「姫さん姫さん。お似合いですよ」

 キスの右に馬首を並べるワークノート卿が何だか楽しげに言った。

「……似合いますか?」

「ええ、勿論。坊主が言う魔女騎士そっくり。面差しの麗しい少年をさらって自分の城で飼うっていう伝説の」

「……………」

 彼女の言葉にキスは黙り込む。本当は「私には、そんな少年愛趣味はないし! 攫って飼うほど男に餓えてない!」と言いたかったが、面倒臭くて止めた。

「しかし、本当に教会の言う通りの魔女騎士ですなぁ」

 いつもはツッコミ役をやっているロッソ卿までがキスの左からそんなことを言い出した。

「いや、まったくだ」

「教会の劇に悪役として出たらいいんでないか?」

「吃驚するくらいに似てますなー」

 後ろに並ぶカロン人騎士たちも似たようなことを言ってくる。

 カロン人というのは、あんまり信仰心の厚い人間ではないのだ。東方大陸の異教徒との仲介貿易で栄えてきた島国だから、宗教という固定観念は商売の邪魔だったからかもしれない。

「でも、姉ちゃん、格好いいよー」

「それに強そうだしなー」

「相手をビビらせるにゃあ最高の格好だろ」

 更に後ろから傭兵たちが口々に勝手勝手なことを言ってくる。彼らも異民族で教会の教えにはそんなに忠実ではない。今まで信仰していた民族神話を捨てられてから日は浅い。

 黒髪姫騎士団は、教会が言うならば「背信者の集まり」だった。まぁ、だからこそ、騎士団長が黒髪でも従ったし、問題もなかったのだ。そーいうふうに考えて彼女の兄王子ユーサーが選んだのだった。

 皆に色々と散々に言われたキスはあからさまに溜息を吐いて見せてから、俯いてくすりと笑った。


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