四〇 処女将軍の取り巻き
「はぁ……」
サーズバン伯の部屋を出て、まず、イの一番にキスは溜息を吐いた。
彼女は敵との決戦を行うという将軍から何やら大事な役割を宛がわれることとなったのだが、その役割というのがまた彼女にとっては面倒臭いこと極まりなかった。
「やれやれ……」
彼女はもう戦争には飽き飽きしていた。危ないことなんかしたくないのだ。
さっさとあの教会の敷地の中に隔離された家の周りで畑を耕していたい。そろそと種を蒔かないといけない時期でもあることだし。あんまり種蒔きを遅らせていいわけがない。植物には最適な発芽の時期というのがあるのだ。彼女はそれを完璧に把握している。彼女は植物の育成に関してはいついつまでに何をして何をして、何がどーなったらこーしてあーしてと全て決めた育成計画表を作り上げているのだ。早く帰らないとその育成計画を大幅に変更する必要が出てくる。更に遅れれば作る予定だった作物の変更まで余儀なくされかねない。
「ん」
と、そこで彼女は気付く。
早く帰るには早く敵に勝たなくてはいけない。ぐずぐずと戦い続ければそれだけ帰宅が、種蒔きが遅れるのだ。いち早く敵を下せばそれだけ早く家に帰れる。種が蒔ける。
これはサーズバン伯の行動と一致する。次の決戦で、敵を完膚なきほどに下せば、キスはできるだけ早く帰って種が蒔けるのだ。
これはちょっと頑張らないといけないなとキスは心持ちを新たにする。帝国のためでも、皇帝のためでも、国民のためでもなく、自らの趣味のために勇敢に戦うというのは如何なものか。
廊下をてけてけ歩いている途中、ふと背後に気配を感じてキスは何気なく振り向いた。
「さすが、殿下。我々の気配に気付くとは……」
「やはり、只者ではありませんね。将軍の言うとおりです」
自分よりもだいぶ後ろにいたのはサーズバン伯の両側に立っていた男女の騎士だった。
男の方は痩せて背が高く、鼻眼鏡をかけた理知的な人だ。ちょっと雰囲気が暗い。
女の方は非常に短い茶髪に細い狐目の厳しい感じの人だ。ちょっと雰囲気が恐い。
「はぁ……」
さすが、とか、只者じゃない、とか言われても全然嬉しくない。というか、ただ、何となーく振り返っただけなんだけどと思いながらキスはぼんやりと相槌を打ってみた。
それで、この人たちは何の用なのかと視線で問い掛ける。口では聞けないのだ。恥ずかしくて。
「実は、殿下にお話が……」
「というのも、将軍のことなのです」
その台詞、1人で言えばよくね? 2人で分割する意味あるの?とはキスは言わなかった。思ったけど。
「はぁ」
とだけ言ってみた。
「殿下は帝国の属国の、とはいえ、姫君であらせられる……」
「その姫殿下に対する将軍の口の利き方と申しましょうか。そのことについて」
キスの母国である銀猫王国は神聖帝国に従属はしているものの、属国ではなく、立派な独立国家であり、帝国と王国の関係は兄弟のようなものであると、王国側は主張しているが、どーにも帝国には認知が低い。帝国の属国と思っている人間も多いのだ。
銀猫王国の王族としてここは怒るべきところであるが、幼いときに母国を離れ、それ以来、殆ど帝国で暮らしてきたキスにはさしてピンとこない。普通に聞き流した。
それよりもだ。キスにとっては母国の地位の云々かんぬんよりもそっちの方が気になる。
「えーと、将軍の、口の利き方……ですか?」
「ええ、そうです……」
「そのとおりです」
一々、両方が発言せんでもええだろうに。
「それがー、何か?」
キスは小首傾げて尋ねる。
「いや、何か? ではなく、殿下に対して大変失礼な発言が多々あったと思われる次第であり……」
「将軍に代わりまして謝罪申し上げます」
「はぁ」
どーやら、2人はサーズバン伯のあの独特と粗野というか乱暴というか、そーいう言葉遣いについて謝罪してくれているらしい。
しかし、別に、キスは謝罪なんて求めていないし、望んでもいない。どころか、何でそんなもんされるんだとちょっと迷惑にさえ思っていた。
「いえ、別に、いいです。はい」
キスはしどろもどろになりながら言った。
「えーっと、わざわざ、そのために?」
「ええ……」
「その通りです」
「はぁ」
キスはまた曖昧な声をひょろっと出した。職場や学校で「はぁ」とか曖昧な言葉遣いをするもんじゃない。学校で先生に教えられなかったのか? とはいえ、キスは学校に行っていない。彼女の教育は専ら家庭教師と教会の説教、自学自習による。そして、その家庭教師は礼儀作法についてはさして教育を行わなかったらしい。教会の説教は実生活では何の得にもならないことしか聞けないので聞くだけ無駄だ。
「別に、気にしなくても……」
「殿下はそのように仰って下さいますが……」
「しかし、そうはいかぬ人もいるのです」
彼らの言葉にキスも頷く。さすがに、こんなことくらいは彼女にも分かる。あの言葉遣いで喋られて気を悪くする人も確かにいるだろう。
「つまり、あなた方は、いつも、あとでフォローしているんですか?」
今のように、わざわざ追いかけて謝っているというのか?
「はい……」
「仰るとおりです」
そうらしい。
キスは少し呆れた。と、同時に少し2人を憐れんだ。あとで将軍より地位の低い2人が謝罪をすれば、気を悪くした相手は2人を目の敵にして責めるだろう。罵倒されることもあるかもしれない。そんなことを毎回毎回やらされている2人は何と哀れなのか。
彼女の表情を見て(キスは表情を隠すのが下手だ。今までそんなことをする必要がなかったからだ)、彼女の意を悟ったのか、2人は弁明するように言葉を連ねた。
「いえいえ、これは私たちが好きでやっていることです」
「さようです。将軍に命令されているわけでもありません」
2人は好き好んで進んでそんな損な役割を担っているらしい。手当も出ないのに。
「何故なら、私はソニア将軍ファンクラブ会長ですから……」
「私はソニア将軍親衛隊隊長です」
「………………は?」
2人の言葉はキスの理解を超えた。
「ソニア将軍ファンクラブというのは、将軍を影ながら愛し愛で、その幸せを祈る組織なのです……。会員は1000名を超えます」
「ソニア将軍親衛隊というのは、将軍を影ながら守り慈しみ、全ての害悪と不幸から防ぐ組織なのです。隊員は1000名を超えてます」
2人は何だか恍惚とした表情で言うのだ。それからお互いを嫌悪に満ちた表情で睨む。
「1000名だと? それは些か誇張ではないのかね? そんなにメンバーがいまい。そもそも、親衛隊とはおこがましい。将軍の公認も得ていないくせに、その側近を名乗るとは恥知らずな……」
「そちらこそ、1000名という数字はおかしくないか? そんなに人数いないでしょ。大体、ファンクラブなんて気持ち悪い。影ながら見守るって、ストーカーじゃないの? オタクは失せろ」
「勝手に将軍に群がって迷惑をかけている失礼な連中には言われたくないな……」
「将軍の後について回って金魚の糞みたいにしてるキモい奴が偉そうなこと言うな」
2人は殆ど無表情で、しかし、目にはかなりの濃度の嫌悪感を浮かべながら淡々と言い合いを続ける。
キスはい辛くなって素早く退避した。
あの将軍は変わっているが、家臣もおかしいようだ。




