三 白亜城と帝国議会
三 白亜城と帝国議会
「ちょっと! ちょっと、待ってください!」
走りながらキスは叫んだ。いや、走らされながら、だ。両手を、片方は兄のユーサーに、片方はキレニアに掴まれていて、2人は走っている。となれば、彼女は走らされる羽目になる。その後ろには2人の騎士が走っている。
畑仕事や家事(薪割り、水汲み等を含む古典的重労働家事)を日々こなすキスの方が、宮廷や領地の館で上げ膳据え膳でのったりもったり過ごす2人よりも体力的には幾倍も優れているのだが、両手を摑まれている状態で、しかも、つるつると滑りそうな歩き慣れない大理石の廊下では中々抗うことができない。
「残念ながら、待っている暇はないのだ。ここから忙しいぞ?」
「その通りです。楽しくも忙しき日々になりますよ?」
走りながら2人は言い、再び「ふっふっふー」と笑う。それからぜえぜえと荒い呼吸をする。走りながら喋ったり笑ったりすれば体力底浅い2人の息が上がるのは当然と言えよう。
「一体、何処へ行くのですか!? それに反乱って? 戦争って?」
誰でもいいから詳しく話して欲しいと思って言うが誰も答えちゃくれない。両手を引っ張る2人は「行けば分かる。てか走ってる最中に喋ったら私吐くわ」みたいな顔で不敵に笑うだけ。後ろの騎士2人はむっつり恐い顔で黙ってる。
キスは仕方ないので黙って走った。走りながら喋ったら疲れる。
殆ど強引に4人によって連れられいるキスが走っているのは帝国政界の総本部にして帝国の中枢たる神聖帝国宮廷。通称「白亜城」。
白亜城は聖ケネア教会から北へ数km行った地にその巨大な姿を見せる。そこまでは馬で移動した。ユーサーとキレニアは意外にも乗馬はこなせるようで、それぞれ馬に乗っていた。殆ど聖ケネア教会の離れに引き篭もっていたキスだが、彼女もあまり経験はないが馬に乗ることはできる。
キスは白亜城には数度訪れたことがあるのだが、来る度に圧倒されてしまう。白亜城の敷地たるや大地主の持つ農園の面積にも匹敵するほどで、敷地全てが10mもの白い石壁に囲まれ、10ある門にはそれぞれ20名の衛兵が警備する。中の庭園は隅々にまで手入れが行き届き、噴水は人の背丈の数倍もの水柱を上げ、様々な花が植えられ、その開花の季節差を微妙に生かし、ほぼ一年中咲き誇るように為されている。宮廷は庭師だけで100人もの人員を抱えているそうである。
通称の由来ともなっている白い大理石造りの建物自体は12の尖塔を備え、いくつもの四角い建物が渡り廊下で連結されている。それらの中央に位置し、宮廷の中心となっている中央講堂は5階50mの高さと当時としては例え様もないほどの巨大さを誇る。それだけで一つ城を内包できるほどの巨大さ。
キレニア曰く、
「まあ、金に飽かせりゃ誰にだって建てれますよ。けっ」
僻みが大いに含まれていることは言うまでもない。
大理石の廊下を駆け抜けた先は、その金に飽かせて作らせた巨大な中央講堂である。ここには1階2階3階をぶちぬいていた吹き抜けになっている施設がある。
「じゃーん。帝国議会議場。ここが帝国の中心です。1000名以上の皇族・貴族、聖職者、将軍、法官、大商人、大地主なんかが集って帝国の行方を話し合って決議する場所なのです!」
「キレー。何か、その台詞、わざとらしいくらいに説明的…」
「それは言わない約束ですよ」
何の約束かは言うまでもない。ついでに言えば、キレーとはキレニアのあだ名だ。ユーサーしか使っていないが。
「一体、こんな所に私を連れてきてどーする気ですか? それに、反乱とかって何なんですか?」
何も分かっていないキスは少々不満げに言う。
「殿下! それは我輩も聞きたいことです! 我々は早々にここから脱しなければ!」
クリステン卿もユーサーやキレニアの思惑は分かっていないらしい。
「じゃあ、ちょっとだけ現状を説明してあげよう」
「いきなり色々と言っても分からないでしょうからね」
ユーサーとキレニアは走るのを止め、歩きながら説明を始めた。何か君に説明してやる為に歩いてんだぞとでも言いたげな顔だが、かなり以前から既に歩きに極めて近い状態になっていた。理由は2人の体力不足な王族・貴族が原因であることは言うまでもない。
説明するに、この反乱・戦争とかいう物騒な話題は一体何なのかと言えば、つまり、そのまんまの話だ。
帝都より南に下った地に駐屯する帝国陸軍第8軍団の指揮官ホスター将軍という人物が帝国に対して反旗を翻し、北上し、この帝都に迫っているというのだ。
平素であれば帝都及び近郊には皇帝直属の近衛軍団及び3個軍団が駐在しているはずなのだが、この時、皇帝は近衛軍団の大半と3個軍団と率いて北西の蛮族討伐に出ていて帝都の警備は第8軍団に任されていたのだ。その第8軍団が反乱を起こしたというのだから大変な騒ぎだ。
何でもホスキー将軍は貴族・地主らに反感を持つ民衆などにも武器を持たせて兵士とし、また、傭兵も大量に抱え、その軍勢は数万に膨れ上がっているという話である。
「そんな状況であるから、我輩は直ちに帝都を脱するべきだと言っておるのです! こんな所で道草を食っている暇ではありません! 一刻を争う事態なのですぞっ!」
クリステン卿が激昂する。また殴られては敵わないのでユーサーはさりげなくキレニアの背後に隠れていた。女性を盾にするという卑怯極まりない行動だが、クリステン卿には効果覿面で彼はユーサーに手出しできずにいた。
「まあまあ、私たちには考えがあるのだ」
「考え?」
「まあまあ、入れば分かります。とくと御覧あれー」
大きな観音開きのドアを前にしてユーサーとキレニアがちょいと芝居がかった様子で合図するとドアの左右に控える衛兵たちが無言でドアを開いた。そのドアの向こうこそが帝国政治の中心。老獪な人々の劇場だ。
ここらへんから戦争が近付いてきました。
10話までには初陣を飾らせたいものです。