三八 灰色橋砦の戦い
帝都逆戻り部隊が灰色橋砦を発し帝都に取って返した後、それに入れ替わるかのようにホスキー将軍に率いられた反乱軍5万が押し寄せてきた。
反乱軍を迎撃する防衛軍側は反乱軍は川を渡れる3つの橋それぞれを攻撃すると見越し、兵を分散していたが、ホスキー将軍は全軍を灰色橋砦に集中してきたようだった。灰色橋砦には3000の守備兵が立て籠もっていたが、これだけで守りきるのは至極困難な話だ。
砦を守る防衛側の司令官であるノース・ユリー子爵准将は直ちに他の2城砦に派遣していた合計4000の兵を呼び戻すことにした。敵がここに兵力を集中させるならば、こちらも同じようにここに兵力を集中させなければならない。7000の兵が集まっても攻め手が5万の大軍では大変な苦戦を強いられると思われるが、3000よりも遥かにマシであることは言うまでもない。
しかし、敵がこちらの都合を考えてくれるわけがない。灰色橋砦の城攻めは直ちに開始された。
指揮官たちが農民兵に殆ど罵声のように命令を怒鳴りつけ、今まで行軍のために作っていた縦列を素早く展開させ、城攻めの為の簡易な陣地を形成していく。
兵を並べ、砲座を設けて大砲を置き、未だギリギリ現役の投石器を組み立て、塀をよじ登る為の梯子を何十本も用意し、糧秣や弾薬をまとめて急な雨に備えて防水シートをかぶせ、数千にも及ぶ馬は柵の中にまとめて休息を与えておく。
「やる気満々ですな」
迎撃軍参謀長であるパーマー准将が望遠鏡を覗きながら言った。
パーマー准将はもう70歳をいくつか超えた老将で、細く背が高い。頭はすっかり禿げ上がり、白い毛は後方に少しだけ残っているだけだった。髪の毛は少ないが、同様に白い髭はきちんと生えていて、毎日欠かさずきちんとセットしているとの噂どおりに長くご立派なお髭であった。澄んだ緑色の瞳は穏やかで、優しく温和なお爺様といった風体だ。
この歳では前線任務は体力的に難しいことや今までの功績を上層部が考慮したのか、最近は陸軍本部での勤務についていた。
ただ、彼自身は自分は未だ現役であり、前線でもまだまだ働けると意気軒昂であった。ただ、最近は腰が酷く痛むともぼやいていた。
「連中がやる気ならばやり返してやる」
隣で一緒に望遠鏡を覗きこむノース・ユリー子爵准将が応じた。
「閣下もやる気ですなぁ」
パーマー准将は口の中でもごもごと呟いた。
攻撃が開始されたのは反乱軍が見えてから2、3時間経ってからだった。準備を済ませると、彼らはすぐに攻撃を始めたのだ。
砲座に設けられた合計20門の大砲が一斉に火を噴いた。
20の砲弾がひゅーと空気を切り裂きながら灰色橋砦の各所に降り注いだ。ある砲弾は砦の中を流れる川に落ちて水柱を上げ、ある砲弾は城壁に当たって石壁を砕き、ある砲弾は幾人かの兵士をまとめて吹き飛ばし、その体をぐちゃぐちゃにした。
「撃ち返せー!」
大砲の指揮官が怒鳴り、即座に反撃の砲撃がされた。砦には10門の大砲が据えつけられ、城壁に開けられた隙間から敵を撃つことができる。また、臼砲というずんぐりむっくりした大砲は斜め上に砲弾を撃ち出し、城壁を越えて、敵の上に砲弾を落とすことができる。この臼砲も砦には5門置かれていた。
砦側から放たれた砲弾は1つが投石器をこっぱ微塵に吹き飛ばし、他の砲弾は土を掘り返したり、人馬をバラバラにしたりした。
反乱軍の大砲と砦の大砲は暫くの間、同じことを繰り返した。 反乱軍は投石器も用いた。大きな石を飛ばして塔に穴を開けたり、人の頭ほどの石を大量に飛ばして砦の中にいる人を死傷させたりもした。
反乱軍の陣地は穴だらけになり、100近くの人や馬が粉々になり、いくつか攻城兵器が破壊された。
砦の城壁にはひび割れや穴ができ、砦内の建物に穴が開き、数十人が死傷した。やはり、建物の中にいるだけ、守備側の方が人的被害は若干少なかった。
この砲撃の応酬は前哨戦であり、本格的な戦闘ではない。大砲が完全に攻撃の主役になるまでにはまだまだ時間を要する。
この時代の戦の主役はやはりまだ人であり、城攻めも例外ではない。大砲は城の壁を崩し、兵を死傷させて戦意を挫く為のものであり、砲撃だけでは城は取れない。最後に城を落とすのは、やはり兵士なのだ。
反乱軍の指揮官は、砲撃はもう十分だと判断したようだ。
反乱軍陣地からの砲撃が止み、代わって幾千もの兵士たちが前に出た。
進軍ラッパが鳴り響き、太鼓が打ち鳴らされ、兵士たちが動き出した。兵たちは手に斧や棍棒を持ち、弓兵や銃兵も隊列を組んでいる。いくつかの梯子をそれぞれ数十人がかりで担いで運んでいる。
砦の守備隊は数百挺のマスケット銃を押し並べ、敵が来るのを今か今かとじりじりと待ち続けていた。
「来よる。来よるぞー」
「銃隊! 構え!」
「まだ撃たせるなよ?」
「分かってるわよ! 准将閣下の命令を待て。でしょ? まぁ、つまり、射程に入ったら撃てってことでしょうけどね」
銃を構える兵たちは無言であったが、心の中で思った。騎士どもうるせえ。
「閣下。来ましたぞ。そろそろでは?」
「うむ。撃たせろ」
「銃隊! 撃てー!」
准将が射撃を命令し、副官が怒鳴り、その怒鳴り声が暫くあちこちで上がった。直後に、一斉に射撃が行われた。
砦から放たれた数百の銃弾は砦に向かって進む兵士たちに命中した。数百人が悲鳴とともに倒れ、そのうちの何割かはそのまま永遠に起き上がらなかった。
銃撃を受けた兵士たちは一斉に走り出した。マスケット銃は連射ができない。その為、銃撃と銃撃の間は安全に進めるチャンスなのだ。
「弓放て!」
マスケット銃隊が再装填している間、代わって弓隊が矢を浴びせた。弓もこの時代の銃とはさして射程は変わらず、ただ、速度と威力が乏しいのみで、この時代では火矢や銃撃の合間を埋める為などに用いられていた。
やがて、再装填ができたマスケット銃が再び火を噴く。
しかし、数千もの兵は止まらず、というか、もう後ろから後ろから味方が走ってきて、止まれば倒され踏み潰されかねない為、個人が止まりたくても止まれず、全体としては滞ることなく波のように押し寄せてきた。
「撃て! 撃て! 撃ち殺せ! 一兵たりとも城壁を乗り越えさせるな!」
指揮官が鬼の形相で叱咤し、銃隊も弓隊も休みなく銃撃射撃を続けるが、敵兵は突撃を続け、すぐに先頭は城壁に到達した。兵たちは城門を斧や棍棒で叩き壊し、破城槌を打ち込み、銃撃を加えてくる守り手の銃兵や弓兵に撃ち返し、城壁に梯子を架けよじ登ろうとする。
攻め手は一気に城壁を突破しようと猛攻撃を続けるが、そう簡単に城が落ちるわけもないし、落とすわけにもいかない。
守備兵は城壁の下で押し競饅頭のようにぎゅうぎゅう状態の敵兵の頭上に容赦なく銃弾と矢を浴びせ、その上、煮え立った湯や油、わざわざこの時の為に悪臭に耐えて溜めてきた糞尿を注ぎ、石を投げ落とす。梯子をよじ登ってくる敵兵にも容赦なく銃撃を加え、槍で突き落とし、梯子を斧で破壊する。城門には木材を打ちつけて補修済みで容易には打ち破れないようにしている。
城壁の下に味方の兵が密集している状態では攻め手は砲撃ができなかったが、守備側は容赦なく砲撃を続け、敵陣に穴ぼこをこさえ続けた。
攻め手は数を頼みに畳み掛けるように攻め続けた。兵が疲れては引かせ、疲労の少ない新手を繰り出し、それも疲れたら新手を出し、さすがに夜は攻撃を中止したが、代わりに砲撃を加え、と容赦のない猛攻を続けた。
攻め手は次々と新手を繰り出すが、守備側はいつも同じ兵である。しかも、夜も砲撃を続けられては、いつ自分の頭の上に砲弾が飛んでくるかと思うと、おちおち寝てもいられない。
守備側の疲労はひどく、翌日の正午には城門は限界に達していた。
指揮官たちはここでのこれ以上の抗戦は不可能と見た。
「引け! 退却!」
「死にたくなければ、さっさと戻れ! 遅れれば袋叩きに合うぞ!」
さっきまで「引くな! 臆するな! 死ぬ気で戦え!」と怒鳴っていた指揮官たちはいきなり「引け! 逃げろ! 生きろ!」と怒鳴り出し、一斉に退却を始めた。慌てて、兵たちも退却した。
以前、述べた通り、灰色橋砦は聖キンレー川に架かった橋を内包した砦だ。砦は南からの攻撃を想定している為、川を越えてすぐ北側の川岸にも城壁があった。つまり、南の城壁を越えても橋を渡ったすぐそこにまた城壁がある。
城門をぶち壊した敵兵たちは愕然としたのは言うまでもない。また同じことを繰り返さなければいけないのだ。しかも、今度は南の城壁と川に囲まれた狭い地域では大軍を展開できず、攻め難いこと極まりない。更には大砲を据え付けた陣地からは川沿いの城壁は見えない為、砲撃による支援も期待できなかった。もっと言うならば、川に架かった橋はあまり広くもない為、攻城は余計に難航した。
しかし、ここでもやはり攻め手は数にものを言わせ、猛攻を続けた。
途中、落城間近と思われた時があったが、その時は橋を爆破して数百余の敵兵を吹き飛ばして耐えた。だが、敵は激しい銃撃を続け、更には後方から大砲を運び込んで砲撃を加えながら、無理矢理橋を作り始めた。勿論、守備兵は架橋に従事する兵を狙撃したが、その狙撃手を更に攻め手の兵が狙撃した。兵の数も、銃の数も攻め手の方が幾倍も多く、すぐに圧倒され、架橋工事は更に翌日の夕方には完成した。
その結果、こちらの城壁も攻城開始から4日後の朝には限界に達し、守備兵も3分の1近くが死傷や脱走し、戦える2000ほどの兵も疲労の極みにあった。落城は時間の問題と思われ、守将たちは決断を迫られていた。
「閣下。もうダメです。退きましょう」
「しかし! この砦以北の城砦は何処もここ以上の防御力はありません! ここを捨てれば敵は一挙に帝都まで上り詰めましょうぞ!」
「だが、ここではもう1日も耐えられまい!」
「いっそ、この砦を守り抜き華々しく玉砕すべきだ!」
「玉砕など犬死だ! そのような愚かな行為をすべきではない!」
「そもそも、援軍はどうしたのだ!? 他の城砦に派遣した兵は何故来ないのだ!?」
「しかし、今更、兵が増えても城門が限界だ。死人が増えるだけだろう」
指揮官たちは延々と論争を続けた。
そこへ、伝令の兵が走り込んで来た。
「報告いたします! 後方より使者が参り、これを」
伝令は丸められた羊皮紙を差し出した。
ノース・ユリー子爵准将は相変わらずの無表情で羊皮紙を受け取り一読してから無言でパーマー准将に渡した。准将は声に出して読んだ。
「こほん。あーあー。うおっほん」
「准将! 早く読んで下さい!」
「分かっておるわ! 喉の調子も悪いんじゃ! 読むぞ!」
怒鳴れるくらいなら調子悪くないんじゃねーか?と何人かは思ったが黙っていた。
「第6軍団兵7000が帝都に着陣。翌日、直ちに双子鷲城へ向け進軍。防衛軍は敵を撃滅すべく兵力を結集させるべし。灰色橋砦は適時適宜に放棄し、合流すべし」
数時間後、灰色橋砦を守備していた兵は逃げるように、というか、文字通り必死で逃げ出した。
今度もやっぱり、さっきまでは「死ぬ気で守れ! 一歩も引くな! 玉砕覚悟で守り抜くのだ!」と鬼の怒鳴っていた指揮官たちが「逃げろ逃げろ」言いながら逃げていく背中を追いかけながら兵士たちは何だかなーと思ったのであった。
ちょっと簡単に書き過ぎたかもしれません。
まぁ、あんまり長々と同じことを書いてもあれですからー。
近いうちに野戦大決戦をやろうかと思ってます。