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三六 帝都の呆気ない解放

 ウェルバット男爵が率いる兵は30騎の騎士、100騎の騎兵、銃や槍を手にしたおよそ300の歩兵だった。

 帝都中央通を半ばまで南下した時に彼が目にしたのは、先行させた歩兵200余と敵騎兵が入り乱れた激戦だった。

 乱戦ではあったが、見ればすぐにこちらが劣勢であることに気がつく。

 歩兵の強みは陣形を組んで集団で戦うことにある。その歩兵が隊列も何もなくてんでばらばらに個々で戦っていては高さや速さというリーチがある騎兵に敵うはずがない。

 しかも、平時は百姓をしている歩兵とは違って騎兵の多くは常備兵なのだ。一対一では断然に騎兵が有利である。陣形が崩れている段階で歩兵は圧倒的に不利なのである。

 ゆえに男爵は歩兵に陣形を維持して、自分が応援に向かうまで敵を防げと命じたのだ。それだけでは、敵の突撃を防ぐのは難しいので、周辺に伏兵を配して敵を狙撃しろと命じてあったのだが、上手くいかなかったようだ。

「くそっ!」

 男爵が思わず悪態を吐いたのと彼の率いる部隊の間近で銃声が響いたのはほぼ同時だった。

 ぎりぎりの至近距離かつ側面から狙撃を受けた10人近い騎兵が身構える暇もなく、落馬した。


「当たりました! 当たりましたよ!」

「そりゃ人狙って銃撃てば弾は当たりますよ。当てる為に撃ってるんだから」

 歓喜にも似た声を上げるキスにワークノート卿は怒鳴った。敵はこちらを発見して(撃たれたのだから発見するのも当然だが)、怒り猛ってこちらに数十人の兵が駆けてきているのだ。当たった外れたと何やかんや言っている場合ではないのだ。

「一旦、下がりましょう!」

「では、私が殿しんがりを!」

「殿下が殿してどーするんですか! あなた、指揮官でしょう!」

「あ、そーですね」

 何やかんや言いながら彼らは狭い小道を一旦後退する。

 その後ろから復讐心に燃えた兵士たちが十数人くらいほど追撃してきた。

「追いかけてきました!」

「当たり前でしょが! 姫さんも言ってたでしょ!」

「そうでした」

 キスたちは阿呆な会話をしながら、後退し、先に立てた計画の通りに敵を迎え撃った。即ち、通路の出口付近に陣取って、細い通路から1人2人ずつ出てくる敵兵を前と左右の三方向から一斉に攻撃するというかなり卑怯臭いが圧倒的に有利な戦い方だ。騎士道精神にあるまじき方法でキスたちは幾人もの敵兵を嬲り殺しにした。


 この時、帝都逆戻り部隊は各所から市内各所に侵入していた。ウェルバット男爵の兵だけで守るには帝都はあまりにも広すぎ、各所からの侵入を容易に許していたのだ。

 難なく帝都に進入した諸兵は戦闘が起きている箇所、つまり、キスたちが戦っている地点に惹かれるように集まってきた。

 そもそも、その兵たちは帝都に住んでいた帝国兵であり、帝都中に網の目のように入り組んだ道をよく知っていた。

 彼らは戦闘が起きている箇所を知るや、すぐさまそこへ各所から駆けつけてきた。

 帝都逆戻り部隊は「とりあえず急いで戻る」という目的だけで逆戻りした部隊であり、その部隊には部隊を統括する指揮官もおらず、何の計画もなかった。

 そのせいで、部隊を構成する各隊はばらばらにやって来る羽目になったのだが、そのお陰で、戦場へ各所から断続的に応援が参上し、包囲攻撃するという思わぬ効果を生んだ。

 数の上で、帝都逆戻り部隊とウェルバット男爵の部隊はほぼ同等であったが、戦いは無意識のうちに包囲することができた帝都逆戻り部隊が優勢となり、男爵は退却と帝都からの脱出を決断した。

 彼は最初からさしてやる気ではなかった為、呆気なく逃げ出すことを決めたのだった。

「閣下! おめおめと逃げ出すのですかっ!?」

 配下の騎士に制止され、彼は面倒臭そうな顔をした。

「せめて武人として恥ずかしくない死に方を!」

 そう言われ、彼は答えた。

「なるほど。死ぬ時が来れば武人として恥ずかしくない死に方をしよう。しかし、逃げれば助かる所で、むざむざ死ぬこともあるまい」

 戦後、彼は皇帝に正面から刃向かったにも関わらず、皇帝の恩赦によって命と男爵の地位を許された。


 さて、ウェルバット男爵は逃げ出したが、幾人もの近衛騎士団の騎士たちが未だに残っていた。

 彼らは白亜城守備隊への押さえとして500の兵を与えられていたが、彼らは押さえでは満足せず、白亜城への攻撃を続行していた。

 しかし、それでも、寡兵で守る白亜城は落ちなかった。

 この白亜城を守っていたのは500にも満たない帝国保安局の兵たちだった。帝国保安局は主に白亜城内の警備を担当する役職であって、さして強力な兵ではなかった。

 それでも、彼らが敵からの執拗な攻撃に屈しなかったのはレイクフューラー辺境伯の一計に理由があった。

 彼女は兵たちの面前に国庫の金貨を山積みにして言った。

「諸君! 諸君が敵に屈せず、戦い抜けば、この金は諸君らのポケットに入ることになります! しかし、諸君が敵に屈すれば、この金は諸君を踏みにじった憎き敵兵の懐に入るでしょう!」

 当然、兵たちは金貨に目がくらんだ。そして、むざむざ敵兵に金を渡してなるものかと奮戦したのだった。人の物欲というのは、かなりの力を持つものだ。

 現に、彼らは一昼夜に及ぶ攻防を耐え抜き、未だ戦意は高く、兵糧や武器弾薬は白亜城の倉庫に腐るほどあった。

 それでも、騎士団の兵たちは攻撃を続行していた。虚しく突撃をしかけては旺盛な銃撃に打ち倒されていった。この当時、使用されていた銃はマスケット銃(正確にはマスケットだけで銃を示すが、日本語ではマスケットだけでは分かり難い為、後ろに銃をつけることが多い)といい、火縄銃のすぐ次の世代の銃であるが、そのマスケット銃でも騎士たちの甲冑を撃ち抜くには十分な威力を持っているのだ。

 騎士たちはその無謀な突貫で半分ほどが死傷し、そこへ、ウェルバット男爵の兵を追い散らした各部隊が押し寄せてきた。

 この時も先頭に立ったのはキスだった。

「我々は今まで先頭に立ってきたのだ。今更、誰かの後に続く気はない!」

 と、カロン騎士たちが強硬に主張した結果、またもや彼らが先陣の誉れを飾ることとなった。部下たちは「これで殿下は更なる功績を挙げられる」と喜んだが、キス本人はやっぱりそんなに喜ばしくもなかった。隊列を整えた軍勢の先頭で馬上に揺られながら「今まで危ないことしてきたのに、何で、また危ない目に遭わないといけないんだろうか?」と首を傾げていた。

「姫さん姫さん。敵が見えてきましたよ」

 既に先ほどから銃声や喚声は煩いほど聞こえていたが、ようやく敵が見え始めた。硝煙と砂埃に包まれながら、騎士たちが必死に城門へ突撃している様子が見える。

 すぐに敵もこちらに気付き、一部の兵がこちらに向き直った。逃げ出す様子もなく、必死の形相だ。

「あら。死に物狂いだねー」

「連中も死を決意しているんだろう」

 ワークノート卿が呟き、顔色の悪いロッソ卿が応じた。やっぱり、2人は何がどうあっても雑談せずにはいられないらしい。

「……あんな人たちと戦うんですか?」

「勿論です。戦わずしてどうなさるおつもりですか?」

 キスが嫌そうな顔で呟くと、オブコット卿が厳しい顔で頷いた。既にサーベルを構え、突撃する気満々だ。他の騎士や傭兵も一般兵も血気に逸っている。

 彼女は少し考えた後、一気にやる気を失くすことを言い出した。

「鉄砲隊前へ」

「は? 鉄砲ですか?」

「ええ、弓もあれば前へ。その後ろに長槍隊を」

「しかし、敵は寡兵です。我々が突撃すれば一気に蹴散らせます」

「いいから。さっさと号令して下さい。何度も同じことを言わせないで」

「は、はぁ」

 カロン騎士たちは不満そうな顔をしながらも、鉄砲と弓を持つ兵を片っ端から前に出させた。実際、彼らの指揮権は別の者にあったが、緊急だから、他国とはいえ王女様の命令だからと、何だかんだ言いながら兵を分捕って前に並べた。

「じゃあ、撃って下さい」

 キスのやる気の感じられない号令の下、銃撃が始まった。

「何で銃隊にやらせるんですか?」

「あんな死に物狂いの敵を相手してたら危ないじゃないですか」

 部下の問い掛けにキスは平然と答えた。

 騎士たちは白亜城とキスの並べた銃隊の両面からの断続的な銃撃にじわじわと磨り潰すようにその数を減らしていき、やがて、ほぼ全滅した。

 すわ一大事と思われた帝都での反乱も終わってみれば、呆気ないものだった。


「さて、戻りましょう。残りは帝都守備隊にやってもらいましょう」

 キスは手綱を引き馬首を返した。


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