三四 帝都市街前哨戦
キスたちがせっせと交通整理をしている間、白亜城の城門辺りでは相も変わらず未だに銃撃戦が続いていた。
寄せ手は大砲を持ち出してきて砲撃までして、門を破ったものの、即座に、それに応じるように城内からも砲弾が飛んできた。そして、やはり、兵が近付いてくれば当然のように銃弾が雨のように降ってくる。
強引に押し出すには兵の数が少な過ぎて、守備側の銃撃と砲撃の前に勢いは止まってしまう。
大砲の効果は結局のところ撃ち合う距離を少しばかり前に移動させただけだった。
ただ、まぁ、少しは攻撃も進んでいるような気もした。そーとでも思っていなければやってられなかった。
「男爵閣下! 敵兵がこちらに向かってきております!」
軽騎兵の叫びに、ウェルバット男爵の顔はすっかり青褪めてしまった。
「敵の数は?」
「およそ数百かと思われます!」
数百といえば、最低100〜最大900くらいと全く幅が多過ぎる報告だった。もうちょっとしっかりと見てこいよと男爵は嫌な気分になった。物見をする奴にも上手下手がいる。上手い奴はぱっと見で敵の兵数や装備の具合、士気までを知ることができ、的確で必要なことを報告してくれる。当然、下手な奴にはできない。今の奴は下手な奴だったようだ。誰だ。奴に物見を命じたのは。
ただの物見といって侮ってはいけない。情報の多寡が兵力の多寡と同じくらいに戦争の帰趨に影響を与えるということは言うまでもないことだ。
「くそ、城攻めは後回しだ! まず敵を迎撃する!」
男爵がそう叫んだのは当然であった。城を攻めている間に背後から攻撃されてはマトモに応戦することができない。更に、そのとき、城の守備兵が反撃してきて挟撃されるようなことになっては目も当てられない。
彼自身はあまりこの反乱に乗り気ではなかったが、指揮官としての性分が咄嗟に出たらしかった。まぁ、今更、反乱に加担したことを悔やんでもどーしようもないのだが。
しかし、男爵のこの命令に神聖なる盾騎士団の若い団長が異を唱えた。
「閣下! 先に白亜城を落とすべきではありませんか!? ここまで攻めておいて諦めるのですか!?」
「諦めるのではない。先に、敵の援軍を迎え撃つのだ。城を攻めている間に背後を突かれてはいかに我らが強兵であろうとも勝てるわけはない。それに」
男爵は白亜城の高い白壁を見上げた。
「白亜城は簡単に落ちまいよ」
現に一昼夜攻め通して落ちなかったのだ。
「兵を500だけ白亜城に付け、残りは反転し、敵を迎え撃つ」
「では、私にその500の兵を頂きたい。閣下が敵の援軍を迎え撃ち、私はその500で白亜城に攻勢をかけます」
騎士団長は極めて真面目な顔で言った。本気らしい。周りの騎士たちもそのつもりであるらしかった。止めても聞きやしないだろう。
「勝手にしたまえ」
男爵はなげやりに言い放った。血気に逸る騎士たちは軽く会釈して白亜城へと向かって行った。
「連中、死ぬな」
残った彼は1人呟いた。
とはいえ、自分も死ぬような気がした。白亜城に突撃をかける連中と、帝国正規軍の援軍を迎え撃つ自分のどっちが先に死ぬかは、運の問題だろう。
「やれやれ。せめて、武人として恥ずかしくない死に方をするか」
ウェルバット男爵はとても面倒臭そうに呟いた。
「待て! 止まれ!」
黒髪姫騎士団の先頭を駆けていたクリスレン卿が怒鳴り、騎士たちと、それに続く軽騎兵は一斉に手綱を引いた。各所で馬が嘶きを漏らす。
彼らは帝都を南北に貫く帝都中央通を北上していた。既に辺りは市民の避難が完了しているらしく、通りの左右に立ち並ぶ建物にも人気は感じられない。
ただ、前方数百m先に敵の姿が認められた。200名ほどの歩兵隊で、最前列の者たちがマスケット銃を構え、後列に控える者は長槍を抱えている。騎兵で突破するには中々難しい組み合わせだ。
突撃する騎兵に銃兵が一斉射撃を浴びせ、まず、勢いを殺す。更に、長槍を並べて騎兵の突破を阻み、また、後方に下がった銃兵が槍の前に立ち往生する騎兵を狙い撃つ。この組み合わせが出来上がってからというもの、騎兵の活躍の機会は昔に比べると格段と下がってきている。
無理な突破は味方に多大な出血を強いると思われた。
「殿下。如何します?」
「一旦、進軍を止めます」
問われたキスは即答した。
「まぁ、確かに、味方に犠牲は出るでしょうが。しかし、勢いに任せ、突っ切ることも可能とは思いますが」
騎士の1人が言った。
「いいえ。ここで小休止です」
キスはきっぱりと言い放った。断固とした言い方で、部下たちは不満に思うよりも先に、何故、ここまではっきりと言うのか不思議に思った。
「但し、騎士団はここで下馬し二分します。軽騎兵隊はここに留まり、味方をここで止めて下さい。敵が逃げたら容赦なく追って下さい。その際、私たちの馬も連れて来て下さい」
彼女はきびきびと指示を下し、部下たちは一様に首を傾げた。
そのうち、幾人かが彼女の意図に気付いた。
「あぁ、なるほどね」
「何、エド。分かったの?」
「うん。単純なことだよ。何で、連中があんな目立つ所にいるかってことを考えれば自ずと」
「あぁ、なるほどね」
ロッソ卿の話す間にワークノート卿は頷いた。理解した2人の後ろにいたクリステン娘卿がうろたえる。
「え!? アン先輩も分かったんですか!?」
「うん。分かった。簡単簡単。だけど、いざ、戦闘ってときは、こーいう簡単な罠にかかり易いのよね」
「そうそう」
2人はうんうんと頷き合う。
「え、ちょ、ちょっと、教えて下さいよ! いじわるとかしている場合ではないでしょう!?」
クリステン娘卿の叫びに、仲間外れにされた子供の上げる悲鳴にも似た響きを聞き取って2人はくすりと笑い合う。
似たような会話が傭兵たちの間でもされていた。
「何で止まっちゃうんだろ?」
敵情視察の任務を無事済ませて合流していたモンは首を傾げる。
「だよなー。勢いが無くなっちまうよ。戦いってのは、勢いだぜ。勢い。こうガーッといって、グアーッとやった方が勝ちなんだ。あの姉ちゃんは臆病すぎるんじゃねえか? ったく、これだから、シロウトは困るんだぜ」
フェリス人傭兵の少年ヤンは大いに不満を漏らしていた。
「おいおい。素人はあんたらだろーよ」
ラクリア人傭兵のずんぐりとした体つきの小男カルボットがごわごわの髭の中でにやにやと笑いながら言った。
「何だと!」
「まぁまぁ、そういきり立つんじゃねえよ」
カルボットは手をひらひらと振りながら、歳若いフェリス人傭兵をなだめた。
「いいか? よく考えろ。何で、連中があんな無防備に道路の真ん中に突っ立ってると思ってんだ? ここは周りに何もねえ平原じゃねえんだぞ? 街ん中だ。ほれ、ここまで言やあ分かっだろ?」
「うーん? つまり、あすこの敵は囮で、他に敵が隠れてるってこと?」
モンが首を傾げ傾げしながら言うとカルボットは嬉しそうににんまりと笑った。
「そーさそーさ。俺たちが勢いに任せて突っ込んでってみろ。たぶん、敵の目前100mくらいのとこの両側に並んでる建物から一斉射撃を食らうぜ。ついでに前からも撃たれるだろーな。三方向からの一斉射撃なんてぞっとするだろ?」
「うん」
「だから、ほれ、キスの嬢ちゃんがそれを防ぐ為の命令を出すぞ?」
彼が言ったとき、キスはクリステン卿らと話し合っていて、やがて視線を一瞬傭兵たちに向け、すぐに視線を外して、ロッソ卿とワークノートの間に隠れるような位置へすすっと移動した。
相変わらず目立ちたくないようだった。
引っ込み思案な彼女に代わってクリステン卿が声を張り上げた。
「オブコット卿、ロッソ卿、ワークノート卿、もう1人のオブコット卿、そして、フェリス人傭兵は殿下に従って、左側を進む。メーン卿、ケントベック卿、ラクリア人傭兵は俺に従い、右側を進む。あ、えーっと、ムールド人傭兵は殿下に付いていってくれ。以上。軽騎兵はここにて待機。詳細は先に申し伝えた通り」
黒髪騎士団は下馬し、二手に分かれて、密かに建物と建物の間の小路に入り込んだ。そこから建物の裏を通って、適当な目星を付けた建物へと侵入し、こちらを建物から銃撃する予定で潜んでいる敵を斬り伏せるためだ。
キスの率いる一隊は大きな商店に目を付けた。大体、この辺りが道路上に布陣する敵の目前100mくらいだと思われた。
この100mという距離にはきちんとした理由がある。この時代のマスケット銃の射程は最長でも200mであり、100mだと、まず狙った箇所に命中させられる必中射程なのだ。ゆえに、確実に相手を仕留めるならば100mくらいはなければ難しいのだ。
彼らは裏口から侵入した。まずフェリス人傭兵のヤンとヨスが十分に警戒して様子を窺いながら入り込み、次にモンと名が不明のムールド人傭兵。それにロッソ卿、ワークノート卿に守られたキスが続く。オブコット卿父子は背中を守るようにほとんど後ろ向きになりながら付いていく。
物音を立てずに捜索して回った結果、どうやら1階に敵はいないようだった。分散するのは危険なので、このまま団子みたいになった状態で2階へと移動した。2階にも鼠と虫以外に生物はおらず、更に3階に上った。
「いねーな」
ヤンがぼそりと呟いた。ほっとしたようにも、落胆したようにも聞こえる声だった。
「屋上は?」
「少し高過ぎるんじゃない? 銃で撃つには勢いが死んじゃわない?」
「いや、そこまで高くもないだろう。一応、見ておくにこしたことはない」
ぼそぼそと小声で話し合って、彼らは屋上へと向かった。
おそるおそる屋上へと顔を出してみたが、やはり、敵の姿はここにもなかった。
「隣か?」
「そうかも」
さっさと階下へと下がろうとしたときだ。
「ん。喚声だぞ」
先頭のヤンが言い、屋上へ出た。他の連中も続いた。
屋上からは帝都中央通の様子が一望できた。
帝国軍は道路上に一見無防備にも見える反乱軍歩兵部隊へと突撃を開始していた。数は騎士と騎兵合わせて300以上。
「止め切れなかったか」
「どーせ。血気盛んな騎士様方がゴリ押ししたんでしょ」
屋上に並んだ彼らはちょっと投げやりな気分で呟いた。
ふと、キスは横を見た。彼女のいる商店の隣は少し高さの低い倉庫だった。その屋上に30名近くの銃兵、弓兵が伏せていて、そのうちの1人と目が合った。
「う、うあわぁっ!」
敵の銃兵は驚いて、キスに向けてマスケット銃をぶっ放した。かなり慌てていたようで弾はキスの頭上数m上を飛んでいった。
その銃声に釣られ、その屋上の兵全員とあちこちの建物から一斉に銃声が響き、矢が放たれた。ただ距離は全く不十分で、そのほとんどが誰にも当たらなかった。
たった1人のお馬鹿のせいで、反乱軍側の奇襲作戦は台無しになったようだ。慌てて次弾を込める彼らの前で、帝国軍の騎馬軍団は道路上に無防備に並ぶ歩兵隊へ襲い掛かった。
それと同時に、
「ぐわあぁっ!」
1人の銃兵が悲鳴を上げた。全員が慌ててそちらを視線を向ける。悲鳴の主は屋上に横たわりぐったりしていた。彼の上に1人の少女が立っていた。黒い髪の少女だ。
彼女は手にしたサーベルで手近な1人を袈裟懸けに斬った。斬られた銃兵は断末魔の悲鳴を上げ、倒れ伏す。
「くそっ!」
1人の兵がボーガンを構えた。しかし、彼が矢を放つ前に、モンのボーガンが放った矢が彼の頭に突き刺さった。
「殿下を続け!」
オブコット卿が怒鳴り、さっと隣の倉庫上へと降り立った。商店と倉庫との間の高さは5mほどはあったが、躊躇なく、全員が飛び降り、すぐさま剣を抜き放って、敵を斬って捨てる。
倉庫屋上に待機していた伏兵たちは頭上からの奇襲にまともに抵抗する間もなく、数分でほとんどが斬られ、残った数人は降伏した。
反対側の建物でも概ね同じことがおき、反乱軍の歩兵部隊は騎兵に散々に追い散らされた。