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三三 帝都市街戦の前に

 キスたち帝都逆戻り部隊が帝都の主要な入り口の1つである帝都南門に入ったとき、帝都は混乱の極みにあった。

 元より、ホスキー将軍の反乱の噂に戦々恐々としていた市民達は、貴族、大商人たちの帝都大量脱出。慌しく出立した数千もの軍勢を続けざまに目にして、すぐさま、混乱に至った。

 戦火に巻き込まれては大変と家財をまとめて慌てて帝都を脱出する者、およそ数万で帝都の道という道は人で埋め尽くされた。

 それでも、未だ帝都には多くの民が残った。

 反乱軍は帝都に至る前に駆逐されるだろうと楽観する者もいれば、逃げ出したくても、逃げて行く場所もなければ、ここを出て行っても生きていける蓄えがない者もいたし、この混乱に乗じて持ち主の去った家や店に盗みに入り込む不届きな者もいた。

 少なくない民は、何故だかどこか安心し、余裕を持っていた。戦闘なんてのはどっか遠くの現実感のない話で、帝都は、自分は大丈夫だと妙な確信を持って思い込んでいた。何の証拠も担保もないのにも関わらず。台風などが来ているときに避難勧告が出ても避難しない人々の心理に近いものだろう。

 反乱が起きてから、数日の間、帝都はざわざわとした落ち着きのない静かな混乱とぴりぴりとした緊張に包まれていたが、概ねいつも通りの市民生活を送れる程度には平穏だった。

 ところが、今度の帝都におけるウェルバット男爵の決起は帝都でざわついていた混乱を一気に増大・波及させた。

 反乱軍は完全武装で白亜城を取り囲み、守備隊と銃撃を交わし、銃声は町中に響いていた。

 銃声は、人々がどこか遠くの話だと思っていた戦いを、いきなり目の前の現実のものとして突きつけることに大きな役割を果たした。その上、銃声とは比べ物にもならないほどの爆音が市民たちの逃げる背を後押しする。

 おまけに、帝都南門にはキスたち帝都逆戻り部隊が続々と集まってきていた。今は伸びきった陣列を整えるため、小休止がてら門の辺りで待機しているが、彼らがいつ動き出すかなんてことは庶民には全く予期できないことであり、数分後にキスたちが突撃を開始し、帝都の大通りで反乱軍と正面からぶつかり合うという事態が起きても何らおかしくないのだ。

 そんなことに巻き込まれては御免と市民達は我先にと、争うように帝都を脱出していく。その数たるや十万以上にも及び、帝都から人がいなくなってしまうのではないかとも思えるほどだった。

「ありゃりゃ、大変だこーりゃ」

 逃げ惑うおびただしい数の市民を見たワークノート卿が困ったような、ちょっと楽しそうな感じで言った。

 キス率いる黒髪姫騎士団はたった20人たらずの小集団であり、彼らは押し寄せる人並みに巻き込まれないようにその場に留まるだけで精一杯の状態だった。気を抜けば今にも人の波に流され、踏み潰されかねない。

 戦闘云々どころの話ではなかった。

「俺たちゃどーすりゃいいんだ? 交通整理でもするか?」

 カルボットが肩をすくめながら言った。騎士は顔をしかめ、傭兵は何人か笑った。

 そして、キスは、

「なるほど。それはいいですね」

 感心して頷いた。

 呆れ顔でキスを見る一同。

「え? な、何ですか……?」

 キスは全員に呆れたような目で見られて怯えた。相変わらず視線を集めるのは苦手らしい。恥ずかしい演説はできるのに。

 照れ屋で恥ずかしがりで人見知りなお姫様は隣にいたロッソ卿の背中に隠れた。

「……ねえ、何で、姫さんはエドの後ろに隠れるの?」

「いや、近くにいたからじゃない? てか、アンはどーして、そんな恐い顔で睨むの?」

「なんでもねぇよ」

「なんでそんなやさぐれ口調なのさ」

「なんでもねーよー!」

「キレないでよ……」

 2人のやりとりを騎士団の全員が呆れ顔で見ていました。こんなときにこんなとこで犬も食わねえ喧嘩をするなと言いたいところを我慢していた。彼らは場を弁えているのだ。所構わず雑談を始める2人とは違うのだよ。

「殿下。民にお優しいのは良いことです」

 痴話喧嘩をする2人は放っておいて、オブコット卿がキスに話しかける。

「しかしながら、今は戦の最中です。敵は目前にあり、気を抜けばこちらがやられるという状況です。一瞬の気の迷いが己や味方の命を失わせることすらあるのです。故に、今は民のことよりも戦の方策について考えねばなりません」

 彼の説教に他の騎士たちがうんうんと頷く。

「戦とは非情なものですからな。それに面と向かっている我々も、時に非情にならねばならんのです」

 クリステン卿が続け、再び騎士たちはうんうんと尤もらしく頷く。

 そこで、キスは恐る恐るといった様子で口を開いた。

「あの、でもですね? この人たちをどけないと敵は見えないし、戦うことも出来ないじゃないですか。今、私たちは全然動くことができないわけです。でも、私たちはいち早くに移動しなければならない。そのために、邪魔な、あ、えーっと、障害?になる皆さんに早く移動してもらう為に交通整理をしたらいいんじゃないかと、私は思うんですけど……」

 彼女の言葉に、一同は呆気に取られた顔をした。

 確かに、今の状況では動くに動けない。無理に動いて、市民に揉まれながら敵前に出てもマトモに戦えるとは思えなかった。第一、陣形も隊列も維持できないし、避難民の波に流され何処に出るかも分からないのだ。

 どーせ動けないならば、無駄に油売っているよりは、避難民をさっさと流すため努力をした方が良いと、彼女は主張するのであった。

 部下たちは一瞬唖然としたものの、すぐに気を取り直して、もっともだと頷き、さっそく交通整理に取り掛かることになった。

 彼らは口々に囁きあった。

「殿下はぼんやりしたお人好しのようで、中々合理的な方のようだ」


 とりあえず、たまたま後ろにいた軽騎兵隊も半ば強引に動員させ、避難民のこ交通整理を行った。交通整理とはいっても、大したことをしたわけではない。半開きだった門を全開にし、人々を誘導し、止まっている荷車なんかがあったら、さっさと動かせと命令し、動かない場合は強引に道の端に寄せたりするだけだ。

 それだけでも、無秩序に誰も彼もが勝手勝手に動くよりは格段に流れがよくなった。

 しかし、それでも、やっぱり人数は大層な数で、道路状況が落ち着き、部隊がまともに進軍できるようになるまでは数時間を有した。

 その間も銃声と砲声は止んでいなかったので、まだ白亜城は落ちていないようであった。

 キスは密かにほっと溜息を吐いた。

 交通整理をしようと自分から言い出してその間に白亜城が陥落したとあっては目も当てられない。

 ただ、白亜城が簡単には陥落しないということに彼女は少なくはない自信を持っていた。というのも、彼女は帝都にかなり近付いた段階で、モンを近くに呼んでいた。

「姉ちゃん。何ー?」

 この明るく元気な少女傭兵は慕っているようには思えるが、何の敬意も感じられない様子で言った。

 高貴な身分の者ならば誰もが不快に思いそうなものだが、例の如くキスは気にしなかった。気にするという考えは、ちらとも思い浮かばなかった。

「モンさん。あなたにお願いがあります」

 それどころか、彼女は普通に部下の傭兵にさん付け敬語調で話しかけ、その上、命令ではなくお願いと言った。指揮官としては、ちょっと問題なくらいへりくだっている。

「何だろー?」

「先行して、白亜城の様子を見てきて下さい。まだ落ちていないか。敵と味方がどの程度いるか。未だ攻防が続いていれば、それはどんな様子か」

「うん! 分かったー」

 モンはにぱっと笑って頷き、すぱぱーっと馬を走らせて行った。

「おい! こら!」

 事情を知らない騎士数名が怒鳴ったが、振り返りもせずに駆け去って行く。さすがは乗馬の名手と呼ばれるフェリス人傭兵だと改めて感心させるほどの速さだった。

 とりあえず、キスは、モンは自分の指示で先行したということを配下に伝え、そのまま駆け続け、帝都に付く直前にモンは再び合流した。彼女はキスの指示通り見事に偵察をこなしてきた。

「んっとねー。お城の門の辺りで銃を撃ち合ってたよー。まだ、お城の中にも入ってないし、門も破ってないみたい。敵は1500くらいで、味方は500だって聞いた」

「誰から聞いたんですか?」

「同じフェリス人の傭兵からー。そうそう、それで、もし、反乱軍が負けたら、こっちに加えてって言ってたけど、いーい?」

 キスは傭兵の抜け目なさに感心した。どうやら、彼らは負けた後のことも考えているようだった。それが戦争を飯のたねにしている人たちかと彼女は大いに感心したようだった。

「ええ、勿論です。隙を見て、こちらの騎士団に加われば、宜しいでしょう」

 それから、彼女はふと考えた。モンをちらっと見る。

「ところで、あなたも、約束してきたんですか?」

 キスの問い掛けにあどけない少女にしか見えない傭兵は「にへへー」と悪戯っぽく笑った。なるほど、やはり、彼女もこちらが負けた折には向こうに入ることになっているようだ。

 キスはそれが卑怯だとは思わなかった。例え、貴族でも、騎士でも、一般兵卒でも、負ければ相手の軍門に下るのだ。それを前もって約束しておいて、ちょっとでも待遇をよくしておこうというだけなのだから。その上、傭兵はフリーの軍人だ。次の就職先に目星を付けておくのは生きていく上では必要なことだろうと思った。

 まぁ、何にせよ負けなければ良いだけの話だ。負ければ全部終わり。勝ったら、今度はまた南に下る。ちょっと分の悪い勝負だが、仕方のないことだ。

「あなたも頭が良いですね。勿論、こちらが負けたら早く向こうへ行くべきです。何も私と一緒に死ぬ必要はないんです」

 キスはモンに微笑みかけて言うのだった。

「とにかく、ありがとうございます」

 彼女は深々と頭を下げて礼を言った。

 そして、やはり、このモンの情報は中々有用だったわけだ。

 白亜城攻防戦は銃撃戦に終始しているという情報があったから、キスは交通整理を行うことができた。

 もしも、焦って、人波の中を揉まれるように進んでいたら、敵前にバラバラと出て行って、狙い撃ちされるのがオチだったかもしれない。

 こうやって、慌てず交通整理をしたから、落ち着いて隊列を組んで進軍できるのだ。

 キスは少し上機嫌で進軍を指示した。

「前へー進めぇっ!」

 やっぱり、自分では大声を出せないので、クリステン卿に怒鳴ってもらった。




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