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三二 白亜城の門は固く

「やれやれ、参ったもんですね」

 椅子に座ったキレニアが呟く。

 まるで困っている様子がない軽い調子で彼女は言ったが、実際は非常に参っていた。気分としては頭を抱えたいくらいだ。

 キレニア他防衛軍の指揮官たちは帝都の中央にある宮廷にあった。その白亜城を反乱軍は包囲しており、彼らは外に出ることもできないでいた。ユーサーのメイドが外に出れたのは敵がまだ包囲を完成する直前のことであり、今、脱出は不可能だし、脱出しては意味がない。防衛軍が守るべき対象は白亜城に他ならないのだ。それを失っては元も子もない。今はひたすら敵の包囲と攻撃に耐え、応援を待つしかない。

 反乱を起こしたウェルバット男爵に率いられた兵は騎士100名。近衛兵300名。その他、何処から湧いて出たのか傭兵やら何やらが500名と少し。全部合わせて1000くらいだった。

 対して、帝都を防衛するキレニアが指揮する兵は、公安局と保安局の兵が殆どで、全部で1500名余。

 数の上では辛うじて勝っているが、手許にある兵は500名にも満たなかった。その他1000くらいはまるで役立たずだった。帝都にはあるが包囲されている白亜城からは指揮を取ることも連絡さえも取れない。そうならば、百人隊長たちが独自に判断して白亜城を包囲する敵を背中から突っつくべきであるのだが、公安局の百人隊長どもは揃いも揃って能無しらしく、帝都の何処かで道草を食っているらしかった。能無しだからこそ、戦も何もない超安全地帯の帝都の治安維持なんぞをやらされていたともいえよう。

「まったく、私が治安総監になったら、公安局の阿呆どもを片っ端から追い出してやります」

 キレニアはぶつぶつと粒やいた。どうやら、彼女は治安総監の地位を狙っているらしかった。治安総監は公安局、保安局を合わせて束ねる治安機関のトップたる職務である。

「デリエム卿! 戦闘の方はどうなっていますか?」

 彼女はさっきから幾度も同じことを尋ねていた。

「御安心下さい。未だ城内への侵入は許してございません」

 その度に、表情の薄い壮年の男は同じような言葉を繰り返した。

 彼の言うとおり反乱軍は反乱を起こしてから既に丸1日を経ているというのに白亜城への侵入を果たしていなかった。元々、白亜城は深い堀と高い塀に囲まれていたし、門は4ヵ所しかなかったのも、未だ白亜城が落ちていない理由だが、何よりも初動が良かった。

 城下の守備を担当していたウェルバット男爵の反乱を聞きつけた途端に保安局の兵たちは城門を閉鎖し、バリケードを築き、防備を固めたのだ。こうなっては反乱軍も容易には城内に入ることは出来ない。不用意に近付けば蜂の巣になってしまう。

 そんなわけで丸1日経った今でも守備側と反乱軍は城門の辺りでパンパンとマスケット銃を撃ち合うことに時間を費やしていた。

 銃声は聞こえるものの戦闘は激化する様子も戦火が広がる様子もなく、ただ煩い時が流れるだけだった。

 しかし、キレニアはどーにも落ち着かないらしい。動かない戦況を幾度も側近に尋ねているのもそうだし、行動もそれを如実に物語っている。先ほどから、何度も椅子から立ち上がったり座ったりを繰り返しているし、座ったら座ったでイライラと肘掛をとんとん指で叩いたり、立ったら立ったで部屋の中をうろうろと歩き回ったり。

 正直言って見苦しいこと極まりなかった。この部屋にいるのが彼女と彼女の股肱の臣と、気心の知れたユーサーだけだから、良いものの、こんな場面を他の人間に見られては、何と思われることか。

「キレー。落ち着け。見苦しい」

 見かねたユーサーが声を掛ける。こっちは余裕綽々の様子で、座り心地の良い椅子に深く座って、本を読んでいた。読んでいるのは、今の場面には全く関係ない大昔の文人たちの秀作を集めた詩集だ。

「ん。この詩なんかは良いな。うんうん」

 ユーサーは気に入った詩を見つけたらしく、嬉しそうにその頁を何度か読み返していた。相変わらずの眠そうでのんきな顔だった。

「むぅ、ユーさんは余裕ですね」

 キレニアは少し頬を膨らませて言った。いつも顔に貼り付けている例の仮面のような笑みは片鱗もない。

「余裕も何も、ここで取り乱してもうろたえてもイライラしても意味ないであろう。私たちの仕事は政治とか謀略とかで、荒事は将軍方たちの仕事だ。そっちのことは何も知らんからな。のんびり読書でもする以外にやることはない」

 そう言って彼は欠伸をした。

「そんなことは私も分かってます! でも、でもねぇ……」

 キレニアはそう言って、疲れたように椅子に身を沈め、眼帯に触れた。眼帯越しにべっこりと凹んだ空洞が感じられる。そこにあるべきものがないのが分かる。

「戦の気配を感じると痛むんですよ。じくじくとこの奥が……。眼球のない頭蓋の空洞の奥が……」

「ふぅん」

 ユーサーは全く興味を示さず、読書を続けている。

「ちょっと、私が何だかシリアスめいたことを言い出してるんですから、付き合って下さいよ!」

 キレニアは憤慨したようにぷりぷりと怒った感じで言った。

「じゃあ、何かね? 私は君のそのシリアス話を聞いて同情すればいいのか? 不幸を笑えばいいのか?」

「意地悪な人ですね」

 ユーサーの面倒臭そうな言葉にキレニアはむっとした顔で呟く。

「生憎と他人の不幸話を聞くのは趣味じゃなくてな」

 そう言って彼は再び眠そうに欠伸をしたのだった。

 その時、遠くで、とはいっても、さして遠くともいえぬ距離で爆音が響いた。

 さすがに、運を天に任せる余裕気分なユーサーもこれには吃驚してしまう。欠伸をする為に大きく口を開けているときにびくっとしたもんだから、微妙に顎関節が痛くなった。

「いひゃい……」

「やーいやーい! 余裕ぶって欠伸なんかするからですよー!」

 マヌケな声を出したユーサーをキレニアは大いに笑う。他人の不幸を笑う趣味のないユーサーとは違って、彼女には他人の不幸を大いに笑うという悪趣味があった。

 ユーサーは機嫌悪そうに閉口した。


 防衛軍の最高指導者とも言うべき2人が白亜城の一室でそのようなやりとりをしている時よりも数刻前、帝都で反乱を起こしたウェルバット男爵はいつまで経っても開かない城門にイライラしていた。

 白亜城へ侵入する4つの門にそれぞれ数百の兵をつけて一斉に攻撃させているが、中々上手くはいかない。

 一般的に城攻めをするならば、城に籠もる兵の3倍以上の兵が必要とされるが、反乱軍の擁する兵はそのギリギリだった。城内の守備兵は500名ほど、それに対して、寄せ手は1500名。何とかいけないではない数ではあるが、帝都内の各所や帝都の門にも兵を配さねばならないから、その1500全てを向けることはできないのだ。

 しかも、いつ援軍が来るかも分からない状況である為、悠長にやっている暇もない。

 つまり、ウェルバット男爵は城攻めにはギリギリ少ない兵力で強引にでも素早く門を打ち破らなければならないのだ。これは中々難しいことだ。

 更にマイナス要因はある。城内にいる兵はそう遠くない時期に援軍が来ると信じているようで士気は高いし、城内には500名の兵とその他城内にいる人々を優に1年くらいは養う食糧や水、また、家畜に菜園まであったし、武器弾薬の備えも十分だった。

 対して、寄せ手はといえば、いつ背後から襲ってくるかもしれない敵の援軍に怯えながら、しかも、元々、自分たちが守るはずだった白亜城に攻撃を仕掛けているという後ろめたさから士気は低かった。

 指揮官たちが盛んに「これは皇帝陛下と帝国のための戦いである!」と言い聞かせているが、一般の兵たちは半信半疑のようだった。もしかすると、自分たちは本当に帝国に弓引いているのではないかと思ってしまうのも無理はない。

「えぇい! クソッタレ!」

 ウェルバット男爵は地団駄を踏みながら吐き捨てるように怒鳴った。

 今、城門へ吶喊とっかんしていった数十の兵が城内からの一斉射撃でばたばたと倒れていったところだった。

 既に合わせて100名以上の死傷者が出ている。

「閣下。このままでは埒が明きません」

「そんなことは分かっておる!!」

 側に控える騎士団長の言葉に、男爵は怒鳴り返した。

 彼の心の中は殆どイライラに満たされていたが、しかし、その片隅では「こんなはずではなかった」という思いが離れなかった。考えても仕方のないことだとは分かっているのだが、どーしても考えてしまう。

 確かに、この反乱の計画は皇帝陛下と帝国の御為というのは偽りではない。しかし、それでも、彼にしてはあまり積極的に関わりたいと思うことではなかった。だから、帝都に残って、反乱軍の本隊(ホスキー将軍が率いる第8軍団)が帝都に来たときに帝都の門を内から開ける、若しくは、内部情報を伝えるという比較的消極的な立場を務めることになっていた。

 しかし、反乱軍は予想以上に苦戦した。白亜城の混乱がすぐに収まり、防衛軍が組織され、帝都の貴族たちは帝都を脱出し、更には反乱軍の先軍は灰色橋砦で少ない敵に追い散らされ進軍は更に数日遅れた。

 そこで反乱軍本隊からウェルバット男爵に密使が放たれた。曰く、

「帝都にて決起し、帝都を制圧し、敵本隊を背後より突くべし」

 断ろうと彼は思った。そこまで積極的に動くつもりはなかった。もし、そこまで動いてしまっては事が失敗したとき、どーなるかは明確だった。今ならば、まだ、事が失敗してもとぼけていられる。または、反乱軍本隊が帝都に到達したときは事が成ったときであり、その暁には存分に働いても良い。だが、まだ、事が成るかどーかも分からないうちに面倒臭い企みに足深く突っ込んで失敗の巻き添えを食らうのは嫌だった。

 しかし、彼の側には、今も隣にいる騎士団長がいた。

 この近衛騎士総団に所属する神聖なる盾騎士団の団長は、今回の反乱計画には根っからの賛同者で、最も過激な人間でもあった。既に、帝都内に密かに傭兵を招き入れ、暴徒に見せかけて、反皇帝派の貴族や敵の使者などを幾人も葬っていた。

 もし、ここで自分が動かなければ、自分は奴に殺され、奴が反乱を主導するだろう。

 しかも、この団長は周りを屈強な近衛騎士に警護されていて、こちらから手を出すこともできない。対してこっちは近衛騎士総団総副長なんていう大仰な役柄をもらってはいるが、それは長年、騎士として剣を振るってきた褒美のようなものだ。引退する前に貰った花と一緒だ。元々、家格も高くはない。求心力も影響力も少ない。既に体力も衰えている。後は、悠々と引退し、倅に男爵職を譲って田舎にでも引っ込みたかった。

 老い耄れた男爵に力などないのだ。彼は飾りだけの近衛騎士総団のナンバー2の地位と男爵の位を持っただけの、ただの初老の男なのだ。彼は反乱軍本隊からの指示通りに動くしかなかった。

「大砲を使いましょう」

 騎士団長は不意にそんなことを言った。

「な、何だと!? 貴様! 白亜城に砲弾を撃ち込む気か!?」

「それしか場内に入る術はありません」

 若い騎士団長は丁寧だがはっきりとした口調で言い放った。

「…………っ」

 男爵は何かを言おうとしたが、止めて、口を閉じた。自分が何を言っても意味はないだろう。結局、大砲は門前に据えられ、砲弾は城門を突き破るだろう。

 彼は溜息を吐いて、渋々と顔を縦に振った。もう好きにやってくれ。俺は知らんと言ってやりたいのを我慢した。


 大砲は吃驚するくらいに素早く門前に据え付けられたのだった。

 どうせ、自分に言ったときには既に大砲の用意はできていたのだろうと男爵はなげやりに考えた。

「撃てぇっ!」

 命令と共に大砲が火を噴いた。


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