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二 2人の騎士は急事を伝える

「殿下!」

「閣下」

 相変わらず黒髪姫は土を弄くり、兄王子と辺境伯が長閑のどかに豚と牛ではどちらが馬鹿かという至極どーでもいい世間話に花を咲かせていると、二方向から2人の騎士が藪を掻き分け、ほぼ同時に声を出した。

「おお、今、2人とも同時に声を出しましたよ」

「うぅむ。この偶然の確率は如何ほどのものか?」

 ユーサーとキレニアはどーでもいいことに感心していた。キスはまた人が、しかも一挙に2人も増えたことにまた居心地悪さを感じる。人の視線や話し声、更には気配さえも苦手なのだ。

 やってきた2人の騎士の格好は丈夫そうな皮服に簡素なマント、腰にはサーベルと、似たような服装であったが雰囲気は随分と違った。

 1人は鳶色い髪と立派な髭の日焼けした背の高いがっしりとした40代と思しき大男で、太い眉根をしっかりと眉間に寄せていた。外見は紳士な騎士というより蛮族の戦士といった風格だ。

 彼は藪を踏み潰すようにずんずんとベンチに歩み寄って、何の躊躇ちゅうちょもなくガツンとユーサーの頭に拳骨を食らわせた。声もなく呆気なく沈むユーサー。

「あらー」

 キレニアが頬に手を当てて何だかおばさん臭い反応をする。

「殿下っ! こんな時に何をやっとりますかっ!?」

 大男はベンチから崩れ落ち、地面に転がるユーサーを思いっきり怒鳴りつける。口調こそ敬語を用いてはいるが、やってることと態度には敬うような気配は微塵も感じられない。

「あんたは何しにここに来たか分かってんですかっ!? のんきにベンチでくっちゃべってる暇がありますかっ!? あぁっ!?」

 まるで奴隷農場の監督のような剣幕で怒鳴り散らす大男。あまりの大音声に、キスもキレニアももう一人の騎士も耳を両手で塞ぎ、辺りの木々から鳥が飛び立つ。

「おい! いつまで寝てますかっ!? さっさと起きんかっ!?」

「まあまあ、クリステン卿。彼、死んでますから」

 ぐったりしたままのユーサーの首を引っ掴む大男にキレニアが見かねて声を掛ける。

「は? 何? 死んで?」

 そこでようやく静かになる大男ことクリステン卿。彼は銀猫王国からユーサーの警護役兼お目付け役として派遣されている男だ。戦場に出ること50数度という歴戦のつわものである。

 クリステン卿が吃驚した顔でユーサーの顔を覗き込むと同時に意外と丈夫なユーサーは間合い悪く目を開けた。

「死んだふりかーっ!?」

 そこで何故だか怒り出すクリステン卿。ユーサーは首根っこを捕まれた状態でがくがくと揺さぶられ声も出ない。代わりに朝食べたものの成れの果てが出そうな気配だ。本当に死にそうだ。

 目の前で今まさに兄が死ぬか死なないかという場面にあって、キスは何かをすることもできない。ただくわを手にオロオロと所在なさげにすっかり掘り返された土の上に突っ立っているだけだ。

 すぐ側にいるキレニアも積極的に止める気配はない。暫く揺さぶられる青年と揺さぶる大男を見つめていたが、やがて、飽きたように視線を外し、もう一人の騎士に尋ねる。

「それで? デリエム。状況はどうですか?」

 もう一人の騎士デリエム卿は濃灰色の髪に黒い瞳の壮年の男だった。背格好は中肉中背。細面で控え目な口髭。外見は紳士のよう。ただ、彼に表情はなく酷薄な印象を受ける。彼はキレニアの側近に当たる部下だ。

「は。現状は赤です」

「ふーむ。では、丸2の数は?」

「1万は超えているでしょう」

 その後もキレニアが「兵装は?」「歩みは?」「○は?」「×は?」と質問を続け、それに対しデリエム卿は淀みなく数字や記号や単語を組み合わせた答えを述べる。暗号であることは言うまでもない。

「あー。オリ、うっ。オリバー。今は、うげっ。急ぎであろー? わ、わがっ。私を、つうっ。吊り上げて、いてっ。いる暇は、がっ。ないと、うっ。思うが、うっ。どうだろう?」

 ユーサーはがくがく揺さぶられながらも何とかそう言った。揺さぶられながら喋ったものだから舌を噛みまくってしまい、すっかり口の中は血だらけだ。

「おぉっ! そうでしたっ!」

 オリバー・クリステン卿は、思い出したように叫んで、ぱっと手を離した。ユーサーはベンチにけつをしたたかに打ち付けて泣きそうになる。

「おかえりなさい」

「ただいま。助けてくれるとありがたかったな」

 キレニアの言葉にユーサーは涙目で応じる。それに対し隻眼の若き辺境伯はにこにこと笑っているだけ。言葉のキャッチボールができていないと実感する王国第四王子。一連のやりとりを見てコミュニケーションとはむつかしいものだと勘違いする黒髪の王国第四王女(現在人質中)。

「それで、殿下。殿下にはお伝えになったのでしょうな?」

 ゴホンと咳打ちしてからクリステン卿はユーサーを見て言った。

 ユーサーは少し沈黙してから聞き返す。

「……殿下って私のことだよね?」

「勿論」

 クリステン卿が頷く。それ以外に誰がいようかとでも言いたげな顔。

「私が私に伝えればいいのかねー? 殿下が殿下にってことは、私が私にってことだろう? それは、無意味な気がす、イタッ!」

 ユーサーがちょっと馬鹿にするような口調でべらべら喋っているとクリステン卿の顔は驚く間に真っ赤に染まっていき、ユーサーが喋り出してから10秒もせぬ間に鉄拳が振り下ろされた。

「揚げ足を取るなっ!」

 ぽろぽろと涙を流すユーサーを怒鳴りつけるクリステン卿を見つめながらキスは畑仕事を止め、嫌な予感を感じていた。彼女は人質として長らくここにいた為、危機には人より敏感なのだ。今は平穏な帝国・王国間の関係が未来も永遠に良いとは限らない。今はもしものときの予備として扱われている彼女の立場がいつなんどき重要度を増すか分からないのだ。

 クリステン卿の言った「殿下」の一つが自分であるということは言うまでもなく分かる。何故ならここにいる者の中で「殿下」という敬称を用いられるのはユーサーと自分しかいないのだ。キレニアの敬称は「閣下」なので違う。

「それで? あなたはちゃんと伝えたのでしょうな?」

「うんにゃ」

「あんたは今まで何やってたんだぁっ!?」

 また落ちる拳骨。

「うぅ。頭痛い……。ああ、それでだね。君に伝えるべきことがあるのだよ」

 涙目のユーサーの言葉にキスは嫌な予感を募らせる。

「近所で反乱が起きてね。まあ、戦争だわなー」

「ですわなー」

 ユーサーののん気な言葉にキレニアも調子を合わせる。それから2人は不気味に「ふっふっふー」と笑い出す。

 何だか異常に嫌な予感がするキスであった。


戦記といえば戦争です。違うかもしれませんが、私的にはそうなのです。

その戦争なんですが、まだです。

いや、近くなってはいきます。はい。

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