二四 突撃強襲隊は進む
「やっぱり、姫さんも殿下の妹よねー」
キスと馬首を並べたワークノート卿がにやりと笑いながら言った。殿下というのはユーサーのことを示している。ユーサーも口上手として銀猫王国では有名だった。
「帝都の盾とならず、帝敵を貫く剣かぁー」
「……止めてください」
キスは顔を恥ずかしそうに俯いた。何だか義務感と気分とノリで喋ってしまったが、今、思い返すとかなり恥ずかしい。あの時の自分はどーかしてたんだと悔やみつつも、ちょっと気分良かったなーって思ったり思わなかったり。
「結構ええ台詞だったと思いますよ。私は好きだな」
ワークノート卿は微笑みながら言った。
「そ、そーですか?」
「ええ。で、そのええ台詞を言える姫さんにもう一仕事頼みますよ」
言われて彼女は困ったようにむぅっと唸ってから、溜息を1つ。
それから馬首を180度返す。砦の北門の前に居並ぶ1000を超える兵卒を前にして、キスは身震いした。
准将の前で、きっぱりと帝敵を貫く剣の切っ先と称した彼女は、切っ先の更に先端を任じられることになってしまったのだ。先陣は武人の誉れであるが、初陣の姫には少々荷が重いような気もする。
しかし、今更、先頭は嫌だとは言えない。臆する心を叱咤するように自分の頬を思いっきり叩いてから、彼女は馬上に立った。落馬してはマヌケなので、十分に気をつけながら己の後ろに連なる兵士たちを眺める。
無数の視線に身を貫かれるが、ここまでくると、もう緊張の度合いが凄くて、感覚が麻痺してしまう。
大声を出すのは苦手だが、ここは思いっきり叫ばなければならないところだ。そうしないと後ろの兵士に聞こえない。キスは喉から血が出るんじゃないかってくらいに叫んだ。
「騎士及び兵士諸君っ! 我々は帝敵を葬る剣の切っ先だっ! 我々が斬るのは百姓どもなどではないっ! そんなものに構う必要はないっ! 真っ直ぐに突き進み、反乱を首謀した恩知らずどもを切り伏せよっ!」
それから、何を思ったか、彼女は被っていた銀色の兜を打ち捨て、黒い髪を振り乱した。
「私の髪を見たまえっ!」
キスは誰もが恐れる悪魔の色の髪を掴んで叫ぶ。
「御覧の通り悪魔の色の髪だっ! 帝国と教会を守る為に戦う諸君には帝国の歴代の皇帝や戦士たちと、そして、神の加護があるっ! 尚且つ、諸君の先頭には魔女が立つのだっ! 神を背にし悪魔を先頭に立てた諸君に敵がいようかっ!?」
未だ世界では教会の教えは強い力を持っている。人々は教会の教えを忠実に守っていた。そんな彼らが最も恐れるのは神と悪魔に他ならない。それよりも恐いものがあるかと問われれば明確にないのである。そして、その両者が味方と言われれば臆するわけにはいかない。
「思い上がった百姓どもに目にもの見せよっ! 戦いは我らが仕事であるっ! 戦のプロである我々が戦の素人である百姓なぞに敗れてなるものかっ! この黒髪に続き、敵を蹴散らせっ!」
キスは馬上に立ったまま、器用に手綱を操って、馬首を元の通りに返し、サーベルを抜いて前を指した。
それと同時に門は開かれた。
灰色橋砦北門から黒髪姫を先頭に飛び出したのは黒髪姫騎士団、アーガスロット王子騎士団、天馬の羽騎士団のいずれも騎士としては軽装の3騎士団200名余、続いて、近衛軍団所属の4個騎兵隊200名強。騎兵を先頭としたのは、強襲には打撃力が重要であるからだ。
騎兵の後を近衛第3歩兵連隊500名が続く。その他にいくらかの傭兵や砦守備兵の一部などが加わって、合計は1000ほど。砦の守備兵お大半と砲兵隊は灰色橋砦に残って、砦の守備と砲撃を行う。
この場における最高位指揮官はユットニール准将であるが、彼は元々砲兵将校でもあることから、砦に残って砲撃の指揮を執る。としても、その行動はあまりにも消極的と言わざるを得ない。
元々、彼は突撃作戦には消極的であったし、彼の頭にはこの作戦が失敗した場合の考えがあった。彼はこの作戦は6割程の確率で失敗すると思っているのだ。
最初の一撃は上手くいくとは思う。しかし、その後、態勢を立て直した敵軍に巻き返されると彼は思っていた。その時、自らも最前線にあって、混戦の中にいては態勢を整え直す後方の敵を見渡すことができず、退却のタイミングを見誤る可能性がある。それらの理由により彼は後方の見晴らしの良い塔の上で全体を見て指揮を取ることにしたのだ。
また、本音を言えば、自分が考えたわけでもない作戦が失敗して自分が責任を取らされるようなことは当然ながら御免被りたいものだった。自分は砦を出ず、「突撃作戦は騎士どもの拙速だった」で処理すれば、自分の責任は比較的軽くなるという目論みもある。
「やれやれ、汚い大人は嫌だな」
准将は、真っ直ぐと正論、大義を言い放ったキスの演説を思い出しながら呟く。
「ひょっとすると、奴は軍人向きなのかもしれんな」
「閣下?」
彼の呟きに、傍らに控える副官が怪訝な顔をする。
「なんでもない。全砲斉射させろ」
准将の指示から数分後、砲兵百人隊長の声が響く。
「全砲斉射ーっ!」
ユットニール准将が砦にいる為、突撃隊の指揮は3騎士団長と第3歩兵連隊長である千人隊長が共同で指揮をすることとなった。
ちなみに、この千人隊長という地位は主に連隊長などの役職に就く者の地位なのだが、この千人隊長は必ずしも千人を指揮するとは限らず、多くて2000人、少なくて500人ほどの兵卒の指揮をする。これは百人隊長にも云えることで、こちらは多くて500人、少なくて50人の指揮をしている。
元々は言葉通り、千人隊長は1000人を、百人隊長は100人を指揮する士官だったのだが、時代と共に、軍隊の組織や編成、戦術が変化し、士官は最大2000人〜最低50人の部隊を指揮する必要が生じたのだが、階級はそのままにされた為、このように名前と実態に齟齬が生じる結果となっている。
こーいったことは、古い国には、よくあることだ。貴族の爵位である伯やら辺境伯やらも、そうなのである。そもそも、伯は地方長官の役職であり、辺境伯は文字通り辺境にある伯よりは領地や権限が大きい地方長官といったふうに、階級というものは元々役職であることが多い。
これより先はまるっきり余談であり、読み飛ばして頂いても構わないが、私が述べたいので述べる。
先に伸べたような名前と実態が異なるということは、現実に結構あることである。
例えば、英国海軍の階級なのだが、日本でいう佐官相当の階級は、キャプテン(直訳すれば船長)、コマンダー(指揮官)、レフテナント・コマンダー(指揮官代理)というふうに何の脈絡もなく並んでいる。キャプテンはいつも軍艦艦長をしているわけではないし、コマンダーやレフテナント・コマンダーが小型艦の艦長をやっていることもあり、何だかわけが分からなくなってくる。
これは元々役職だったのを階級名称にしてしまったせいで、とにかくイギリスは何でだか古い名前や制度を大事にする習性がある。そのくせ、重要な海戦の総指揮をヴァイス・アドミラル・オブ・ザ・ホワイト(上から6番目の階級)の位にあり、将官序列に至っては74番目というあまり高くもない階級の提督に一任してしまったりするという実利能力主義も持っていたりするのでイギリスという国はわけが分からない。
以上。
とにかく、4人による共同指揮の中で、キスは先頭指揮官を任されることとなった。
一番槍は武人の名誉というものの、今回、初陣のキスに先陣をやらせるというのは、かなりおかしな話だ。これも、やはり、准将同様に騎士団長や千人隊長の保身が働いたものだろう。突撃作戦を声高に支持していても、やはり、彼らも失敗の可能性を考える。そして、一番、危険な役所は当然ながら、真ん前なのだ。
しかし、あれだけ大声で「ここでいかねー奴は臆病者に決定! やるったらやるんじゃーっ!」めいたことを言ってしまえば「じゃあ、お前、先頭ね」と言われて「いやいや」なんて断ることができようはずもない。
キスは1人貧乏くじを引かされた感もあるし、自業自得ともいえる。いや、キスはワークノート卿の考えに従って、何だか流されるままに、大演説をぶちかましただけだから、悪いのはワークノート卿であって、キスのせいではないような気もする。しかし、まぁ、部下の責任は上司の責任であるから、やっぱり、仕方ないといえば仕方ないことだ。
と、本当ならば不満だらだらであろうところだが、肝心のキス本人は不満を感じてはいなかった。理由は簡単。彼女は自分自身がとても理不尽な状況にあることをそんなに認識していなかったのだ。とにかく、彼女は世間も常識も知らず、ただただ、周りや自分が信用できると思った人の言葉に唯々諾々と従っているだけなのだ。極めて受身な態勢でいながら、極めて積極的なような演説を行い、極めて積極的な行動を流されるままに行うという何とも不可解なことになっていた。
それでも、彼女は流されていることにも不満もなく、ただ、彼女は期待に応えようと、成果を挙げることだけを考えていた。良い子だ。
彼女の頭上を、まるで、流れ星のように砲弾が飛んでいった。
久し振りの更新です。
かなり関係ない話が混ざりこんでいます。
本作にはなんか関係ない豆知識めいたもんとか、多数の地名、役職、人間が出てきて、面倒かつ読み辛いかと思われます。面倒だったらテキトーに読み飛ばして下さい。
読み辛くて申し訳ないです。