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一八 初陣は突然に

 黒髪姫騎士団がアーヌプリン公の護衛を務めることになった。

 理由は簡単である。黒髪姫騎士団は数が騎士団にしては、かなり少ないし、進軍位置も軍列の中央に位置しているのでちょうど良い感じだったのだ。

 黒髪姫騎士団の騎士や傭兵たちはアーヌプリン公にだいぶ近いところにいながら、ちらちらと彼女を見やる。

 誰にしたって、帝国でも最も高い位置に近い大貴族のお嬢様が、何故に、こんな前線にまで出張ってきたのか気になってしょうがないのだ。

 それは他の騎士団も砲兵隊も新たに合流した教会軍も同じだ。

 しかし、誰もが疑義を抱きながら、それを尋ねることができないでいた。アーヌプリン公という地位は一回の騎士や士官が話しかけるにはあまりにも高過ぎる。

 ユットニール准将やクローディ教会軍上級監督官だって、話しかけ易いとは言い難いのだ。しかも、その2人は合流してからずっと話し合っているのだ。准将はとっても不機嫌そうに、クローディは何だかご機嫌に小声で話し合っている。一体、なんだというのか。

 とにかく、その2人が問うことができないとなると、お鉢は自然とキスに回ってくる。立場や実情はどうあれ、彼女は一国の姫であり、表面的な地位だけでいえば、アーヌプリン公に劣らないのだ。

「てなわけで、聞いてみて下さいよ」

「えぇー……」

 キスはワークノート卿にせっつかれ嫌そうに呻く。

「アン。殿下が困ってらっしゃる」

 そこで、キスの横にいるロッソ卿がしかめ面で言った。

「えぇー。だって、気になるじゃない」

 ワークノート卿は口を尖らせてぶーたれる。

「だからといって、詮索することでもないだろう。それに、殿下を困らせるなんてもってのほかだろ」

「むー。残念無念」

 ワークノート卿はそう言いつつもキスをちらっちらっと見る。目で聞けって訴えてきている。

 でも、キスは気付かない振りをした。見知らぬ人に話しかけるなんて大それた行為は彼女にはできない。できない。できないんだってば。だから、できないって。


「あのー」

 アーヌプリン公は声を掛けられた俯いていた顔を上げた。

 声をかけてきたのは、教会が悪と教える黒も黒、真っ黒な髪の少女。教会が説教する話に出てくる魔女のようだ。

 黒髪の少女キスは少し馬を寄せて、次の言葉を考えつつ、離れたところにいるワークノート卿を睨む。結局、キスは彼女にゴリ押しされて話しかける羽目になってしまっているのだ。

「な、なんでしょう?」

 アーヌプリン公は少しどもりながら言った。それはキスの髪が黒いからか、キス同様に人見知りだからかは分からなかったが、まぁ、どーでもいいやとキスは思った。さっさと目的を果たしてしまおう。そうすれば、ほとんど初対面の彼女と会話することも、彼女の部下たちの不躾ぶしつけな視線からも逃れられる。

「え、えぇっと、アーヌプリン公は、何故、今回、一緒に来られたのですか?」

 キスはできるだけ丁寧に言おうとしたが、なにぶん、あまり話したこと自体がないので、仕方なく何となく丁寧ふうに言った。

「あ、えーっと、んーっと、あの、えと……」

 尋ねられたアーヌプリン公は明らかに狼狽していた。視線をじゃぶじゃぶ泳がせたり、明後日や明々後日の方向を見たり、手綱をぎゅっと握ったり、もじもじしたり、キスを上目遣いに見上げたり。

「あ。言えないなら、いいです」

 そう言ってキスは馬の歩みを速めさせた。

「うー……」

 去っていくキスの背中を見つめながらアーヌプリン公は複雑な表情を浮かべていた。


「聞けなかった」

「役立たず!」

 戻ってきたキスの言葉に、ワークノート卿が叫んだ。

「アン!」

「ワークノート卿!」

 彼女の無礼極まりない言葉にロッソ卿と近くにいたオブコット卿(娘)が叫んだ。

「何ということを言うのですかっ!?」

「殿下に対して役立たずはないでしょ!」

「えー? そんな怒ることー?」

 怒鳴る2人にワークノート卿は耳をほじくりながら面倒臭そうに応じる。どうやら、彼女は騎士としては規格外な人物のようだ。

「いやいや、怒ることだよ!」

「場合が場合では追放処分ですよ!」

「まぁまぁ……」

 怒る2人をキスがなだめる。いつの間にかキスは怒っている人間を宥めるという技を覚えていた。おめでとう。

「大したことじゃありませんから」

「いいえ! そんなことはありません! 大したことなんです! そもそも、前々から思っておりましたが! ワークノート卿は!」

「そのワークウンタラは良いよ。姫さんの前だからって正式名称でなくても良いじゃない。いつも通りと呼んで」

 ワークノート卿はそれから大きな欠伸をした。

「姫さん姫さん。さっきの欠伸凄く大きかったよね?」

「はぁ……」

「アン先輩!」

 オブコット卿(娘)は顔を真っ赤にして怒っている。血管切れるんじゃないかとキスは心配になった。


 行軍を始めて数刻が経っていた。

 部隊は一貫して帝都より南へ下る南方街道を進んでいて、途中いくつかの町や村、砦を過ぎ、時折、休憩しながら前進を続けた。

 時刻は夕刻に至り、そろそろ集合地となっている双子鷲城に近寄ってきた時期であった。

「敵斥候を確認!」

 伝令が駆けて来てユットニール准将に報告した。

 戦場とは当然限られた狭い範囲ではなく、軍隊が展開できる範囲というのは限られている。大まかな勢力図が定まっていたとしても、数騎の軽騎兵や数人の偵察兵が相手の領有する地域に進入することは結構容易なのである。当然、数騎や数人で行える戦闘行為は限られているし、進入した斥候は見つかれば直ちに殺される。それでも、互いに互いの勢力の方へ斥候を放つのは重要なことだ。戦闘はまず、相手の位置と行動を把握することから始まるのである。

「軽装の歩兵です! 南東方向に逃走しております!」

「追撃に適格な軽装の騎士団は?」

 ユットニール准将は参謀に尋ねる。

「前衛にあるアーガスロット王子騎士団又は黒髪姫騎士団が適任かと」

「では、両方に追わせろ。できれば捕らえよ。逃げられそうであれば殺せ」

 准将の指示に伝令は直ちに馬を駆けさせる。


「黒髪姫騎士団はアーガスロット王子騎士団と協力し、南東方向に逃走している敵斥候を追撃せよ!」

 伝令が持ってきた命令に騎士団は少なからず緊張に包まれる。

「え、えーっと、どーすれば?」

 首を傾げるキス。

「とりあえず、出陣の命令を。それからは、まぁ、追いながら」

 ロッソ卿が口添えしてキスは頷く。

「騎士団! 出陣!」

 とりあえず叫んで、馬の腹を蹴った。



さて、いよいよ初陣です。

しかしかしかし、任務は敵斥候の追撃という軽いのです。

まあ、得てして最初の戦闘ってこんなもんです。

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