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一六 南進雑談

 ユットニール准将が率いる帝南迎撃隊砲兵隊は帝都中央通を南へ進軍した。ノース・ユリー子爵准将の騎兵隊及び参謀長格のパーマー准将とバス准将がそれぞれ率いる歩兵隊は先行していて、帝南城砦のほぼ中央に位置する双子鷲城ふたごわしじょうで合流する予定となっている。

 帝都中央通はその名の通り帝都を南北に走る幅100mもの道路だ。帝都の大動脈であり、道路の両側には官公庁や劇場、銀行、大きな商店などの堂々として立派な建造物が立ち並んでいる。

 砲兵隊の横を荷物や家財を満載した馬車や、荷を背負った大勢の市民が慌てた様子で駆けていく。

 既に帝都ではホスキー将軍反乱の噂は広まっており、噂に敏感で行動的な市民たちが大挙して帝都を脱出しているのだ。

 民衆はこの手の噂には敏感である。反乱の報告が貴族達を叩き起こし、彼らが驚愕に呆然としているのとほぼ同時刻に行商人らによって帝都には噂が持ち込まれ、この国の首脳が議会でギャンギャン騒いでいる時には、ほぼ全ての市民の耳にその噂は入っていた。

 この逃げ行く市民たちを臨時帝都防衛軍や治安維持の職務を持つ公安局は敢えて制止しようとはしなかった。ただ交通整理をして無用な混乱が引き起こらないようにしているだけだ。無理に抑えようとすれば余計に混乱が広がるとキレニアが判断したためだ。

 逃げる市民の中には少なくとも4頭、最大で10頭立ての豪奢で立派な貴族や大商人の馬車が幾台も見える。その巨大さゆえあまり進みはよくないようだ。

 ユットニール准将の砲兵隊は100の砲、弾薬、兵卒を全て馬車に積まれている。というのも、准将はせっかちな性分で、歩みの遅い歩兵や牽引砲のせいで行軍が遅れるのを好まないのだ。

 ユットニール准将とキスは馬を並べていた。キスは馬に乗ることはできる。剣術と同じようにユーサーが気紛れな感じに教えてくれたのだ。

「いいかね? 騎士という輩は目立ちたがり屋で功に焦る奴ばかりだ」

 准将は険しい顔でキスに言った。

「奴らときたら敵が来たら突撃するしか能がない連中だ。迷惑極まりない」

「そうなのですか?」

 キスは首を傾げた。そして、ちょっとだけちらっと背後に付いてくる自分の部下の騎士たちを見た。

「いや、君の忠実な部下たちは違うかもしれん。しかし、我が帝国の騎士どもはそうだ」

 キスの視線に気付いた准将が補足するように言った。

 2人は出陣してからずっと会話を続けていた。会話、というよりも、ユットニール准将が今回の作戦のことや、軍事の基礎知識、兵器について、とか、あとは貴族や騎士に対する不満めいたものをぐちぐちと言い、そこにキスがたまに控え目に言葉を挟むというほぼ一方的なものである。

 それでも、2人があまり感情少ないながらも結構温和に話しているのを、誰もが奇異の目で見ていた。

 キスが人のことを苦手に思っていて、会話をするどころか側に人がいるだけでも、いつも緊張をしていることを知っている者は、何故だか自然と准将の隣で話を聞いていられる彼女の様子を不思議思っていたし、准将の部下はいつも不機嫌で無愛想な准将が他国の姫相手に愛想よくはないが普通に、しかも、結構積極的に話しかけていることを奇妙に思っていた。

 それは、実際、2人にとってもそうなのだ。何故、こんなにも話がスムーズにできるのか程度の差こそあれ不思議であった。

 キスは自分が人と接することが苦手だと十分に自覚しているが、何故だか、ユットニール准将と会話するのはそう居心地悪くないと思っていた。准将は愛想はよくないが、それが彼女には都合が良かった。愛想の良い相手は何だか苦手なのだ。どう対応したらいいのか分からないのだ。しかし、准将の話を聞いているのは何だか気が楽なのであった。

 ユットニール准将にしても、何故だか、彼女には話しをしやすいと自身不思議に思っていた。それは、たぶん、彼女のような純真な存在が彼の側には少なく、常に彼を引き下ろそうとするライバルたち相手に緊張を強いられてきたからだろうか。政治も何も分からない世間知らずで素直な彼女相手には好きなことを好きなように言えるという開放感があったのだ。また、准将には娘が1人いるのだが、キスはちょうどその娘と同じ頃合の年であり、このことも准将のいつになく上機嫌な饒舌に拍車をかけたといえよう。


「ここには全部で4種類の砲がある」

 ユットニール准将は何だか少し愉快そうに言った。キスも興味深げに聞いている。

「まず、カノン砲。これは42ポンド(1ポンドは0.45359237kgなので、42ポンド弾は約20kgの重さ)以上の砲弾を撃ち出す大口径の滑腔砲かっこうほう(つまり、ライフリング。施条のない大砲のこと。滑空砲ともいうが、正式には滑腔砲)だ」

 キスはふむふむと頷く。

「カノン砲よりも一回り小さいのは、カルバリン砲だ。こちらは18ポンド(8kg程度)クラスの砲弾を撃ち出す中口径の砲だ。これで騎兵や歩兵を攻撃する。カノン砲より威力は小さいが長射程だ」

 ちなみに、このカルバリン砲をアルマダ海戦においてフランシス・ドレーク卿が使用して大きな戦果を上げている。日本においても大阪の陣を控えて徳川家康がイギリスより4門を購入している。

「最も小さいのはセーカー砲という。砲弾は5ポンド(2.3kgくらい)以下で威力は小さいながら装薬量を増やし長砲身にすれば長射程を可能とする。小型船に多く積まれているな。我が隊にはない」

「ふむふむ、それで、あの砲は何ですか? 臼みたい……」

 キスが馬車に積まれた1つの砲を指差した。砲身長に対して口径が非常に大きく、肉厚の砲身で、何だかずんぐりむっくりした砲だ。キスの言った通り臼のようである。

「あれは臼砲だ。射角が大きく、ゆえに弾道が高く初速も遅いので命中精度は悪いが、見た目よりもずっと軽量だ。また、遮蔽物しゃへいぶつを挟んで敵を攻撃できるという利点もある」

 英語ではこの臼砲と迫撃砲は同一の単語であるが、実際は明確に別のものである。

 2人はずっとこんなことを話し合っていた。

 他の者たちの「こいつら何でそんなに楽しげに軍事・兵器雑談してんねん」という疑問が大きくなっていっていることは言うまでもない。


殆ど大砲の話です。

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