一二 騎士と傭兵
「じゃあ、あと頼む」
「「は?」」
頭にたんこぶをこさえたユーサーの言葉にキスとクリステン卿が声を合わせた。
「へ? あの、兄上は?」
「私には他にやることがあるのだ。あとは君らでこの騎士団をまとめて何とかしてくれ。後に指示が下るであろうから、それまでここで待機していてくれたまえ。まあ、おそらく、数刻もせんうちに指示が下るであろう。クリステン卿はキスの面倒を見てやってくれたまえ。ほんじゃ」
ユーサーは片手をひょいと上げて、キスやクリステン卿が止める間もなく風のように部屋を立ち去ってしまった。
残されたキスとクリステン卿は狐につままれたような顔を見合す。
「とりあえず、私はどーすればいいんですか?」
キスは向かいにいる、唯一見知った顔であるクリステン卿に尋ねた。彼とだって顔を合わせたことはあまりなくて、たまに剣の鍛錬に付き合ってもらった程度で、そんなに私的な会話もしたことがない人だ。普段なら、人見知りなキスから声を掛ける対象からは遥かに遠いのだが、今の不安定で不透明な現状では口を利かざるを得ない。
「ん、んー。どーしたもんでしょうな……」
クリステン卿は困ったような頭をぼりぼり掻く。そもそも、彼は見ての通り現場一辺倒で来た生粋の軍人であり、こーいった指揮官の補佐みたいな仕事とか少しでも頭を使うような仕事は大の苦手なのだ。まあ、少しばかりユーサーから話を聞いてはいたのだが、それにしたって、ついさっきちょっと教えられたばっかりだし、途中でユーサーがぽーんと丸投げしてくるなんてことは露ほども思っていなかったのだ。
「と、とりあえず、連中と顔合わせといいますか、自己紹介等を済ませた方が良いでしょう」
クリステン卿は少ない知恵を絞ってそのような意見を導き出した。
キスは、まあ、確かに人間関係は大事だよな。と、今まで人間関係らしい人間関係を持ってもいなかったくせに、一丁前にそんなふうに思って頷いた。
まずは、キスらは上等で丈夫そうな甲冑に身を包み、長剣や短銃を腰に提げた騎士たちに歩み寄った。
騎士たちは白や銀、灰色の鎧の上から、緋色、青色、緑、黒など地色に家紋や文様を織り込んだマントを羽織っている。また、剣の鞘にも複雑な紋様を刻み込んでいる。これは精強で知られるカロン人騎士に特有のもので、彼らのプライドと誇りの象徴である。
このやたらと目立つマントのせいで、カロン人騎士は銃撃での負傷率を格段に増やしており、王国陸軍本部ではマントの廃止も検討されたが、貴族・騎士たちの大きな反対にあい問題は棚上げになっている。こればっかりはしょうがないらしい。騎士の誇りってやつである。
キスが近付いて来るのに気付いた騎士たちは即座にその場に片膝を突いて頭を下げた。
「え? え? な、何?」
見苦しいほどにうろたえるキス。
キスには全く自覚はないが、一応、彼女は騎士たちの母国である銀猫王国の王女であり、騎士たちにとっては敬愛し、尊び、奉仕すべき相手なのだ。片膝頭下げの騎士ポーズも当たり前の行為だ。
「我ら銀の猫の国の騎士どもは、ただ今より姫殿下にお仕えし、姫殿下の剣となり、盾となり、身命を賭して戦いまする」
騎士の中の1人。最も年長と思しき40代後半の立派な髭の騎士が口上を述べた。
キスは何だか恥ずかしい気分なんかで、おろおろとして、
「あ、あ、あの、ど、どもです」
などと雰囲気ぶち壊しな台詞を吐いたりした。
微妙な顔をする騎士一同。
立派な髭の騎士は「こほん」と咳を1つ吐いてから言葉を続ける。
「こちらに参りたるは、6名の騎士と4名の従士であります」
「ん? あれ? カロン人騎士と従士は合わせて11人じゃありませんでした?」
キスは兄の言葉を思い出しながら呟く。
「我輩を含めて11人です」
横からクリステン卿が口を挟み、「ああ、なるほど」とキス納得。
「ごっほん! いいですか?」
「あ、すみません。どうぞ」
立派な髭の騎士は話を邪魔されて不機嫌そうだ。キスは慌てて先を促す。
「拙者はハルマン・オブコットと申します。後ろに控えるは、カール三世・メーン卿、イーゼル・ケントベック卿、エドワード・ロッソ卿、アナスタシア・ワークノート卿、クレディア・オブコットの各名であります」
立派髭騎士ことオブコット卿が紹介し、後ろの騎士たちが軽く頭を下げていった。メーン卿とケントベック卿は30代くらいの男。ロッソ卿、ワークノート卿は20代の男女で、もう1人のオブコット卿はキスとあまり変わらないと思われる歳の少女だ。
「えーと、クレディアさんはオブコット卿の娘さんで?」
「さようです。それと、我らを呼ぶ際に、さんや卿は不要でございます」
ぴしゃりと言われてキスは閉口する。何だか堅苦しくて嫌だなーと思ってみたり。
騎士たちの更に後ろに4人の少年少女が控えていた。彼らは軽く安い皮の鎧に、短刀を吊っている。騎士とは明らかに違う。従士だ。
「あの、従士の方は?」
「殿下。従士は騎士に仕える戦場における使用人のような者です。殿下が名を覚える必要はございません」
横からクリステン卿が忠告するように言い、キスは何だかなーという気分になった。
彼女は殆ど人と関わってこなかったので、イマイチ、階級とか立場とかの違いというのに違和感を覚えていた。だって、教会では「人は皆等しく神に愛されている」と謳っていたのに。全然嘘じゃんと思ってみたりした。思っただけだが。
続いて2人は傭兵たちが集まっている一角へと近付いた。
マントや鞘の家紋・紋様以外はほぼ統一されていた騎士たちと違って、彼らは各々が独自の格好・装備をしていた。
傷や錆だらけのずっしりした鎧の男もいれば、軽そうななめし皮の鎧を身に纏った者、或いはすっぽりと布で頭から足元まで覆っていて姿が見えない者までいる。
彼らはそれぞれ勝手勝手に雑談したり、むっつりと黙っていたり、部屋の調度品や置物を興味深げに眺めたり、あまつさえ触って持って投げたりしている。壊したら大変なのでキスはハラハラした。
「あ、あー。諸君、ちょっと、聞いてくれるか?」
クリステン卿の言葉に、とりあえず、彼らは視線をこちらに向けた。
「おぉ、我らが団長殿だぞ」
そう茶化すように言ったのはずんぐりした体つきの小さな男だった。背丈はキスよりも少し小さい。頬から鼻の下から顎までというか顔のほぼ下半分がもじゃもじゃの髭に包まれた男だ。
「俺ぁー、カルボットっつんだ。カルボでもボットでも、まあ、好きなように呼んでくだせえや」
カルボットと名乗るラクリア人傭兵は髭をくりくりと三つ編みにしながら言った。
彼のように大概の傭兵はあまり礼儀作法や言葉遣いが宜しくない。そもそも、傭兵は戦いのプロであることが第一に求められている為、雇う方も礼儀や言葉遣いを重視しない。戦えれば、強ければ良いのだ。
「んで、こいつは俺の相棒のオルガーだ」
カルボットが紹介したのは、先ほどまで彼と会話していた鼻の大きな強面の大男だった。
オルガーは黙って頭を下げた。
あとのラクリア人傭兵は、それぞれペド、ロック、ズニーと名乗った。いずれも髭面で筋肉質で古い鋼の鎧を着た男たちだ。
「あったしはモンだ!」
突然、ひょいとキスの前に現れたのは、ずっしりしたラクリア人とは違い、小柄で細身で軽そうな短い黄土色の髪の少女だ。軽装のなめし皮の鎧にいくつものナイフを提げている。
「にひひー。姉ちゃん、よろしく!」
モンというフェリス人傭兵の少女は人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「こら! 貴様、殿下に向かって姉ちゃんとは何事かっ!?」
「あ、まあまあ、いいですから」
クリステン卿が怒鳴ったが、キスは庇った。キス自身あまり自分が偉いという自覚がないし、彼らと仲良くするにこしたことはないと思うのだ。
残りのフェリス人傭兵は2人ともモンよりは年上の少年で、それぞれヤンとヨスと名乗った。ヤンは生意気な自信家で、ヨスは落ち着いていて慎重な印象を受けた。
そして、残りの1人は一際異彩を放っているムールド人傭兵だ。何でもキレニアが送ってきたらしい。
頭の先から足まですっぽりと薄汚れた茶色い布を被り、更に顔には目の辺りを除いて白い布を巻いている。茶色い布で全てを隠しているので装備も見えないし、顔も分からないので男か女かも不明だ。ただ、背丈はあまりない。
「あー。キスです。どうも」
キスが挨拶するも彼(または彼女)は黙ったままだ。
「まあ、戦ってくれれば問題はないでしょう……」
クリステン卿が自らを納得させるように呟いた。キスも頷く。
キスの心には言い知れぬ不安が立ち込めていた。これで大丈夫なのか?
無駄にキャラが多いですね。
なんとか分かりやすいように善処します。