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一〇 黒髪姫騎士団


「何ですか?」

 キスは怪訝そうな顔で言った。

 ところで、物語の本筋とは全く関係ないし、こんなところで述べるべきことでもないし、作中にこんなことを言うのも何なのだが、あれだ。主人公目立ってないね。この話の主人公はキス嬢ちゃんですよ? 隻眼の腹黒い辺境伯じゃないのです。

 とにかく、その目立っていないキスは言った。

 キスは会議の最中に兄であるユーサーに連れられ会議の場となっている謁見の間を出たのだ。

「会議に出なくていいんですか? 逃げていいんですか?」

 口下手を自認しているキスにしては珍しく問いを重ねる。いつもなら遠慮がちに問いを発してからは相手が答えるか5分以上沈黙が続くかしなければ次の言葉を足すことはまずない。

 それでも、彼女が問いをいくつか重ねたのは、相手が他人よりは幾分も慣れた相手であるユーサーであることも大きいが、それよりも何よりもこの面倒臭くて厄介で物騒で、そして、何よりも人がたくさんいる空間から離れられることに期待感を持っているのだ。

「うん。いいや」

 ユーサーはぽてぽて歩きながら全く相反する言葉を続けて口にした。

「???」

 首を傾げるキス。

「つまり、詳しく言うと、会議には出なくてもいい。だけど、逃げてはいけない」

 ユーサーはてくてく歩きながら説明した。

 逃げれないと知ってキスは明らかに機嫌を損ねる。眉間に皺を作って唇を尖がらせる。ちょっと可愛い。

「そもそも私たちが会議に出たってしょうがないではないか。さっき、ちょっといたのは顔見せと幹部連中を見るため。覚えておいて損はあるまい」

 ユーサーはそう言ったが、キスは何も反応せずただ黙っていた。口下手なので何を話せばいいのか分からないという理由もあるが、それよりも何よりも見るべきだった幹部連中の顔を殆どを見ていないし、ちょっと見た人も顔を覚えていないなんてことを今更どー言えばいいというのか彼女には分からなかった。とりあえず黙っておく。

「君にはやって欲しいことがあるのだ」

 ユーサーは何だかご機嫌らしくふんふん鼻歌を歌いながら言った。それでも顔は無表情なのでちょっと不気味だ。

 以前、ユーサーが言っていたには、

「たぶん頭と顔を繋ぐ神経がちょっとおかしいのだよ」

 ということだ。本当かどうかは不明だ。かなりの高確率で嘘なのだが人間経験が浅いキスにはそれを見破る術はない。そうなのかもしれないと何となく思っていたりする。

「やって欲しいことですか?」

「うん」

 キスは先を促すようにユーサーを見るが彼は黙ったまま何も言わずすたすた歩いていく。

「ここ」

 いい加減、もう一度聞き直そうかどーしようかでも話すの苦手だしなーとキスが迷っていると不意にユーサーが立ち止まって部屋のドアを指差した。

 そこの部屋は、勿論白亜城には初めて足を踏み入れたキスには分からないことだが、その部屋は白亜城内に多くある「無名の部屋」の1つだった。

 そもそも、白亜城は帝国と皇帝の権威を示すものとして建てられ、その大きさと華麗さが大いに重要視された。機能性とか利便性、節約なんてことは二の次だった。

 よって、とりあえず白亜城はでかく華麗に作られた。その結果生まれたのが「無名の部屋」だ。この部屋は文字通り名前がないのだ。名前がないというのは、つまり、役目がないということだ。どういうことかと言えば、例えば会議の為の部屋は「会議室」、謁見の為の部屋は「謁見の間」というように部屋はそれぞれ役目があれば名前もある。しかし、白亜城はあまりにも巨大なせいで「第10会議室」とか「第38倉庫」とか無意味な部屋を大量に生み出すことになった。それでも、名前を付けることができなかった部屋が「無名の部屋」だ。金と空間の無駄遣い以外のなにものでもない。しかも、白亜城内に大量の迷子を出す主要な原因の1つにもなっている。

 実際、さっきまでユーサーとキスは迷子だった。キスは気付いていなかったが、ユーサーは目的の部屋が分からなくなり、お得意の詭弁やお喋りができないほどに焦っていたのだ。

「ここに君がやって欲しいことの全てがある。私とキレーの希望であり、そうすることが君にとっても良い結果になるであろうことを私は期待している。故に君がそれをやってくれることを大いに希望する」

 部屋が見つかった安心感からか急に雄弁になるユーサー。それをうざったそうな目で見るキス。

「で? 部屋開ければいいんですか?」

「そゆこと」

 ユーサーが頷くのを確認したキスはさっさとドアを開けた。

 無名の部屋とはいえ帝国宮殿の一室である。床には庶民の一年の給金にも匹敵する上等な絨毯が敷かれ、壁紙が張られ、透き通るように白い花瓶には鮮やかな花が瑞々しく咲き誇っている。足の細い白テーブルの上には少し手荒に触れただけで割れそうなティーセットが置かれ、お茶の用意は万端。

 そんな上品な部屋の雰囲気とは相容れぬ無骨な人々がそこにはいた。

 煌く甲冑、鈍い光を放つ剣はまだ良いにしても、薄汚れたなめし皮の鎧、錆だらけの兜、ぼうぼうの髭、傷のある肌、汚れた服と、まあまあ、そこにいるだけで空間が汚れていくような錯覚さえも抱かせるような奴までいるのだ。

 キスはユーサーをみる。目で語りかける。

「何これ? 何すればいいのさ?」

 そのアイコンタクトに対してユーサーは的確に答えた。兄妹だからだろうか。

「彼らは今日から君の部下だ。彼らを構成員とした騎士団を設立し、君には反乱軍と戦ってもらう。黒髪姫騎士団の誕生だな」

 キスは沈黙した。それ以外に何ができようか。いや、できない。


久々の更新です。

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