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九 防衛軍の閣下たち


 臨時帝都防衛軍本部は白亜城謁見の間に置かれた。

 謁見の間は呼んで字の如く帝国皇帝が拝謁しに来た諸国や地方の使節や陳情に来た市民の代表なんかを謁見する間である。階段のような壇上に皇帝の御立派な椅子があり、そこで皇帝が踏ん反り返って、眼下に平伏ひれふす者どもを見下ろして悦に入るような構造の部屋だ。

 その部屋に本部を置いたことにはそれなりの理由がある。

 まず、そこは白亜城の正面中央前方にある為、正面入り口からかなり近いということ。これは一秒でも早く伝令が来れるようにという配慮からである。また、結構な広さがあり、会議には十分であること。そして、後々皇帝が戻られたときに壇上の席に臨席して頂き、御前に本部を置くことで臨時帝都防衛軍が正当であると内外に納得させる為。

 そこに集うのは臨時帝都防衛軍の幹部たちだ。

 つまり、臨時帝都防衛軍を立ち上げた張本人であるユーサーとレイクフューラー辺境伯キレニア、おまけに巻き込まれたキス。更には帝都防衛に責任を持つ近衛長官アンレッド伯、近衛軍団軽騎兵団長ノース・ユリー子爵准将、近衛騎士団総副長ウェルバット男爵を筆頭とする帝都に駐在する騎士団長ら、あとは数人の将軍とやはり数人の千人隊長ら、合わせて十数人と人数はまあまあだが、爵位を持つ貴族はレイクフューラー辺境伯とアンレッド伯、ノース・ユリー子爵、ウェルバット男爵の4人しかいない。ユーサーとキスの兄妹は同盟国の王族であって貴族ではない。

 そもそも、ここにいるべき人物ではない。そこにアンレッド伯が噛み付いた。

「我が帝国の一大事にして秘匿すべき作戦会議の場において王族とはいえ他国の者がいるのはどーいうことだっ!?」

 広い広い謁見の間に響き渡る高音の怒声にキレニアは苦そうな顔で耳に指を突っ込んで耐えた。他の者も耳を押さえたり顔をしかめたりしている。

「そもそも、この帝国の重大事において貴族の大半が帝都から退避するとは如何なることだ!? 陛下が留守の間に帝都を守るのが帝国貴族の役割ではないのか!?」

 そう言ってテーブルをガンガン殴る。テーブルの上の地図やら部隊を記した駒がバラバラと落ちる。キスがせっせと駒を拾った。

「大体、あの糞野郎も皇帝陛下に仕え、帝国に奉仕する身でありながら反乱を起こすとは言語道断! 死ね! てか、殺す!」

 1人喚き散らすアンレッド伯を貴族や騎士たちは醒めたというか引いた感じで眺めていた。

「まあまあ、落ち着いて下さい。てか、何であたしが敬語なの? あたし辺境伯なのに……」

 キレニアはアンレッド伯をなだめるように言ってから何だか納得いかないようで首を傾げる。辺境伯という位は伯の上に位置する。

 つまり、この中では実質的にはキレニアが最も偉いわけだ。

「しかしですなっ!」

 アンレッド伯が怒鳴る。

「まあまあ……」

 キレニアがやんわりとなだめにかかる。

 再び同じやりとりが繰り返されるのかとキスはウンザリした。はっきり言ってさっさと安全な場所に行きたいし、一番いいのはこの辺りが平和で、畑仕事ができれば文句はない。贅沢言えばもっと畑の面積を広げて美味しい野菜や果物をわんさか作りたい。花壇もあったら良いかも。

 しかし、現状は理想から程遠い。

 やることもなく暇なキスは少し離れた場所から会議を観察することにした。

 さっきから、怒鳴ってばっかりいて会議の進行を妨げているアンレッド伯は、短い赤髪に大きな黄金色の瞳、貴族らしからぬ赤茶けた肌の大柄な女性だ。そう。女性だ。かなり男らしいが。

 ノース・ユリー子爵准将は鋭い切れ長の猛禽もうきんのような赤い瞳に白い長髪をポニーテールにした背の高い細身の女性だ。こちらは貴族らしく肌は肌理細かく白いし、髪も綺麗で、顔立ちも美しい。ちょっと厳しい顔だが人形のようだ。軍服も抜群に似合っている。

 その彼女は会議の進行を、腕を組んでただ黙って眺めている。何もしていないが、それだけで絵になりそうだ。絵にはなるが、実際、何もしていない。

 そして、もう1人の爵位持ちであるウェルバット男爵は、いかにもって感じの逞しい体つきの男だ。ヒキコモリで世間知らずなキスは知らないことだが、彼は一兵卒からの叩き上げの生粋の騎士であり、幾多の戦場に立ち8人の将軍の首を上げたとして有名な勇者であった。しかも、皇帝の側近でもある。

 まさに防衛軍の最前線に立つに相応しき存在と言えよう。

 しかし、彼もまた発言することなく、まるで教会で説教を聴くときのように律儀に沈黙を守っている。

 他の将軍たちや千人隊長らは、居心地悪そうに沈黙したまま。

 まあ、アンレッド伯が怒鳴り散らしているところに口を挟むことは一介の軍人には気が引けることだ。だからこそ、ノース・ユリー子爵やウェルバット男爵が積極的に発言するべきなのだが、肝心の2人は黙ったまま。

 その辺のことはキスにも何となく分かる。貴族と軍人の身分差くらいは分かる。たまに教会に行けば貴族は恐い者なしに踏ん反り返っていたし、貴族身分の軍人は別として、爵位を持たない軍人たちは貴族にへいこら頭を下げていたからだ。

 この人たち、本当に帝都を守る気あるんだろうかとキスは首を傾げた。人事ひとごとのように心配しているが、既に彼女はかなり当事者の域に入っている。そのことを彼女だけが知らない。というか分かってない。

「あー! もう、いいですか? アンレッド伯! 今は敵を罵ったり、ここに部外者がいることを咎めたりしている場合ではありません! 重要なのはこれからどーするかということです! それを決めねばならんのです!」

 我慢の限界を通り越したらしくキレニアが怒鳴る。

「君は、このまま、怒鳴り散らしていて、何になると思っているんですか? 何か生み出すものがあるのですか? 敵が立ち止まるのですか? 兵隊が集まってくるのですか? そうじゃないでしょう?」

 キレニアは隻眼を鋭く光らせてアンレッド伯に詰め寄るような勢いで言った。

「う。うぅ……」

 押されるアンレッド伯。

 気のせいか、今は大柄なアンレッド伯がとても小さく、小柄なキレニアがとても大きく見える。

「もうちゃんとして下さいよ! 子供じゃないんだから!」

「す、すみません……」

 すっかりシュンとしてしまったアンレッド伯。それを叱り付けるキレニア。2人の姿はまるで母子だ。

 そんな2人の高位の貴族の姿にキスは目を丸くする。将軍たちも目を丸くする。あんまり見られるような光景ではない。貴族って奴はどんな奴でもプライドだけは高くて、どんな時でも格好と外聞を気にする生き物なのだ。

「さて、アンちゃんも落ち着いたことですし」

「アンちゃんって何ですかー!?」

「作戦会議といきましょうか」

 アンレッド伯の叫びは無視してキレニアはニヤリと妖しく不敵に笑って見せた。



久方ぶりの更新です。

中々進まずむつかしいです。

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