魔王様、ダイエットをする。
魔王は、暇だった。
勇者達が始まりの町を出発したという情報を聞き、幾星霜。
勇者達が魔王の居る城に辿り着く気配は無かった。
魔王の力は、他魔族とは比べ物にならない、絶大の力を誇っていた。
その拳は光速を凌駕し、敵の欠片も存在を許さない。
その指の動き一つで、魔族達は絶命の危機に陥る。
その胆力に、全ての生命は淘汰され、歩いた後には草木一本残らない。
魔王の訪れた場所の変わり果てた様子から、魔物や魔族達はその恐ろしさを思い知る。
そんな魔王に逆らえる者が存在しうる筈も無かった。
何時しか魔王の側には、その魔王の権力によるお零れに預かりたい魔族達が集まり始め
「魔王様の為」と、他種族相手にも勢力を上げるべく奮起し始めていた。
魔王は荒ぶる力を振り翳し、本能のままに暴れ回る事は出来なくなっていた。
魔王が動くと、魔物、魔族が万単位で消滅するからだ。
魔族の減少は、多種族支配に多大な損害を与える。
魔王にしてみれば、己一人の力の誇示で十分であったが、それでは魔王の配下に下った魔族の恩恵が減ってしまう。
小賢しい魔族達の策略に気付けるほど、魔王の頭は賢くなかった。
暴れる事が大好きな彼を、いつの間にか存在していた側近達が戒める。
「魔王様は、こちらで構えていらっしゃればいいのです」
敏腕側近達により、魔王の城に殴り込む者もいなくなった。
ここに辿り着く前に、側近達の策略により、絶命してしまうようだ。
玉座に威風堂々と鎮座ましましている魔王は、不意に己の二の腕を掴んだ。
ぷにょん。
柔らかな皮膚に指が食い込む。
弾力が有りながらも柔らかさを極めんとするその腕は、引力に抗えず、地面に向かって垂
れ下がる。
続いて、腹の肉を摘んでみる。
たっぷん。
自らの指で腹肉を持ち上げ、指を離す。
二の腕とよく似た感触で、その肉は弾むように下腹部へと落ちていく。
よく引き締まった、頑強なかつての筋肉は、対照的な物体に成り果てていた。
「…これは…いかんな」
魔王は己の日常を思い返す。
贅を尽くした豪華な食事。
暇を潰す為だけの娯楽書を読み耽りながらの摘み食い。
ベッドで微睡みながらの飲食。
所謂、ダラダラゴロゴロ食っちゃ寝の日常を。
魔王は徐に立ち上がり、玉座の前で腕を振り回した。
足を肩幅に広げ、腕を伸ばしたまま、体毎左右に振る。
「ラジオ体操第1ー!」という声が聞こえそうな動きであった。
が、そんな微笑ましい情景に映るには、魔王の力は強すぎた。
腕を振る度に豪風が吹き荒れ、側にいた守衛達を吹き飛ばす。
突然の強風に兵士達は為す術もなく、悲鳴にも似た叫び声を上げながら壁に叩き付けられ
るが、その力はそれだけに止まらず、壁を破壊させ、その奥の間の部屋の壁も破壊し、虚
空へと放り出されていく。
「ま、魔王様!如何為されたのですか!!」
魔王側近の一人が、強風に身を捩らせながら、魔王に懇願する。
が、魔王の発した風音のせいか、魔王の耳には届かない。
それどころか、魔王の腕は更なる動きを足し、体をくねらせ始めた。
右上やや後方に上げた両手を体毎左下に向かわせ、そのまま左上後方に回しつつ、右下
へと向かう。
∞の字を描くその動きは、やがて巨大な竜巻を発生させた。
竜巻は調度品を巻き込みながら側近をも飲み込み、轟音を撒き散らしながら城内を駆け
ずり回る。
その圧力に天井も崩れ出し、瓦礫を飲み込み、空へと舞い上がった。
「な、何事ですか、魔王さ…ま?!!」
城内に響き渡る不穏な破壊音を聞きつけた側近達が、魔王の居る謁見の間へと集まって
きた。
が、その奇妙な現象に慄き後ずさる。
魔王様が、体をくねらせ竜巻を起こし、破壊の限りを尽くしている、だと?!
魔王の量産した竜巻が己の身を引き裂かんとする。
側近達は豪風吹き荒れるその場で身を縮ませながら魔王の様子を窺っている。
魔王の体は、前後左右に激しく身を捩らせ、更なる力を発揮せんとしていた。
「ま、魔王様!!!お鎮まり下されエエエエエエ!!!」
側近達の声も虚しく、竜巻の群は全てを飲み込んで、虚空へと消え去っていった。
「…うむ、久方振りの運動は気持ちの良いものだな。…ん?」
次の運動をしようと、魔王の体が一時的に静止する。
魔王は何気に入った視界に違和感を感じ、辺りを見回した。
「…城がない、だと?」
魔王は、全てを吹き飛ばされ城の跡すらもなく、魔族一匹いない果てしなく続く荒れ地
に、一人、佇んでいる。
「……そうか。少々真剣にやりすぎた様だな」
現状を把握すべく、魔王は己の行動を思い出す。
気持ちの入った行動は、得てして攻撃にも繋がるのだ。
「…では、ダイエットがてら、久方振りに暴れるとするか」
魔王は何も残らない荒れ地を後にした。