ブイオ
輝く一つの太陽の光を受けて、二つの月は輝ける。
表舞台に立つ者はユールだが、陰で支えるシュリンとセオドの存在があって、リーレが成り立っていた。
しかし、ジェーンの知らぬ内に魔術界は一変してしまった。
「おい、こら!待ちがれ」
怒鳴り声が響き渡り、人の間を縫って進む少年がいた。片手にパンを持ち、薄汚れた身なりをしている。
後を追う者は髭を生やした厳つい男だ。
人々は捕まえる振りをし同情する目で、少年を逃がしてあげた。
気になるジェーンは密かについて行く。
人家の狭い路地に曲がっても男のしつこい追跡は続いた。
運悪く少年は蹴躓いて転ぶ。パンが手から落ちる。
男はむずと後ろ襟を掴み、引っ張り立たせた。
「金を払わない盗人にただで恵んでやる、ものなんてねぇ」
「離せ。パンを返せばいいんだろ」
「笑わせんな。売り物にならない、落ちたパンをか」
男は少年を押し倒して暴行を加えようとした。
「おっさん。子供相手に本気になるなよ」
姿消しを解き、男の肩をジェーンは掴んでいる。
「嬢ちゃん。関係ねぇだろ。引っ込んでな」
「嬢ちゃん」と言われた少年が眉間に皺を刻む。
「……これをやるから、立ち去れ」
開いた手の中には銀の指輪があった。
「俺が貰っていいのか」
頷いた途端、指輪を取って男は笑みを浮かべる。得した上に欲念が満たされたからだ。
少年とジェーンには目も呉れず、上機嫌で鼻唄を歌いながら去ってしまった。
銀の指輪がとっさにつくった物で、三十分くらいは形を保てるだろう。
呪文なしで魔術を使う行為は精神力が必要だ。使いすぎると神経をすり減らす。脱力して疲れる。
男が角を曲がりきった所で声をかけた。
「あのおっさん、いなくなったぞ」
両手、両膝を地に突いて伏す少年は未だ怯える。恐る恐る上体を起こして凝視した。
「剣の魔術師……。しかも女」
剣の魔術師、名高い通り名。自分が属する血族。
純血である証の所為で、すぐに人は区別してしまう。
思考を無理に打ち切り少年を睨みつけた。
「俺は女じゃない」
「こんな女顔の男を初めて見た」
「女顔の男に対して失礼だぞ」
見た感じ目立った怪我は見受けられず、しゃがんみ一回り小さい手の平を返した。
皮がめくれ血が滲み砂で汚れている。
「傷口は綺麗に洗わないとな」
集中して言葉に力を込める。
「チュレア・ヘン・ダ・ヨミ・ヨスズ」
宙に浮かぶ球体の水が現れ、一つから二つに分裂した。少年の両手に落ち、飛散して水が流れる。
「わあー。すげぇー!」
瞳をきらきらと輝かせ、興味で高揚する。
最初に魔術を目の当たりにした時、自分もこの子と同じ顔だったと思う。
「こんな魔術、大して凄くない」
落ちているパンを拾って砂を払い渡した。
受け取った彼は顔を曇らせる。
「僕が悪いと知ってて、何で助けたんだ。咎めるんなら咎めろよ」
「道理を説くのは真っ平御免だ。善悪なんてどうでもいい。俺はただお前を助けただけ。それに、教えなくても心が分かっているだろ」
六、七歳ぐらいの少年。身なりから判断して生活は豊かではなくお金に困っている。家族が亡くなった可能性もある。
「世界はどのように変わってしまった。お前が理解する範囲でいい。答えろ」
「あんた、知らないのか」
「答えろ」