大通り
リノの声音にはすぐ消えてしまいそうな悲しみがあった。
「俺はそんな世界、嫌だ」
「リミュエールとして世界が成り立つ、そこに問題は生じないだろ」
ジェーンは言葉なく黙り込む。レンテの冷めた考えに反論したかった。だが、間違いだと否定できず、暗澹とした気分にさせる。
『大通りからいい匂いがするぞ』
宙に浮くフィネメズが頻りに腕を引いた。無駄な心配をかけたようだ。
「街中では歩けよ。宙に浮いていたら、目立つからな」
「露出度の多い服の方が、断然目立つと思うけど」
『さては、フィズの美貌に嫉妬しているな』
「嫉妬なんかして…ない」
最後に近づくにつれ、言葉は消え入った。じっと見つめ、笑みが深くなる。
『お前、分かりやすいぞ』
「精霊の分際で少し生意気だわ。主たる者、しっかりしつけなさい」
「俺に不満の矛先を向けるな」
三十分くらい経てば大通りに着く。たくさん品物が売られる場所は、さすがに朝でも客と呼び声でにぎわう。
見つけた雑貨屋で自分とフィネメズの櫛、ブラシを手に入れた。
殆どの日用品は無償で支給される。そのお陰で昨日、風呂の時にタオルがあり、歯磨きに困らなかった。
服屋にはティーシャツ、ズボン、靴下、装飾品などたくさん揃っていた。
『これなんかお前に似合いそうだぞ』
ふざけたフィネメズが手に持って見せる。桃色のワンピースだ。
「女顔にふさわしいな」
「試着してみたら?」
「お前等、一発ずつぶん殴られたいのか」
拳に力が籠もる。生まれながらの顔が酷く恨めしい。
必要な分だけを買い、荷物は送り先を自室に指定して送魔術で送った。力に頼るのはどうかと思うが、魔術はとても便利だ。
『この甘い匂いは、フィズが嗅いだもの。こっちだ』
「おい、どこに行く」
『匂いの元だ』
精霊に手を強く引かれ、ジェーンは走らされている。
「ちょっと待ちなさい」
リノとレンテが人混みを避け追って来る。
『ここから匂うぞ』
店の中へ入った。ドアのベルが鳴る。棚や台にかごが置かれ、様々なパンがある。ジャムもあって室内はパンの香りに満ちていた。
「いらっしゃいませ」
間もなく奥から女性が姿を現した。愛想がいい。
「無駄に走らせないで!」
「僕も同感だ」
直に二人が追いつく。
「貴方達、シヴェルティアの魔術師ね。お若いのに凄いわ」
本来、シヴェルティアの魔術師になる為、三回の試験に合格し、優秀な成績を収める必要がある。
滅多に試験は行われず、王の判断で行われる。過去の希望者は百人以上にも上った。
ジェーンがシヴェルティアの魔術師になれた事は異例だ。
『ドーナツが食べたい』
「何個欲しいんだ」
『二十個』
「食べられるのか」
こくりこくりと頷いた。甘い物が大好きで食いしん坊だ。
「済みません。ドーナツを二十個下さい」
「はい、暫く待っててね」
大きな紙袋に一つずつ並べて入れた。会計を済ませ店を出た。
『ドーナツ、ドーナツ、ドーナツ~』
フィネメズは上機嫌である。歩きながら一個、二個、三個と食べていく。
『美味しい』
「お前の精霊はよく食べるな」
「食い意地が張りすぎじゃないの」




