悔やみ
目が覚めて額に手を置く。現世界にいる時はこの悪夢を見る機会が減った。
俺はずっとあの人を死なせた事を悔やんできた。
起き上がりうずくまる。手が震えて震えが徐々に酷くなった。
元々血は嫌いだが、更に嫌いになった。微かな血でさえダメだ。
『起きたのか。ジェーン。……震えているぞ。大丈夫か』
「起きたら寒くてな」
『フィズに気を使うな。嘘をつくな。あの夢を見たいんだろ』
肩を掴む指の感触にびっくりして首を動かす。
「魔術界に戻って来たから、たぶん夢を見たんだ」
ディアが死んでから繰り返し、過去の出来事を夢に見るようになった。
朝日の光で銀のように白く輝く髪、清かに澄む鋭い瞳。色白な肌は綺麗で容貌に華がある。
布団に潜っていた所為で、長い髪がくしゃくしゃだ。
精霊に決まった性別はなく、好きで少女の姿をとっている。見た目は十六、十七歳くらい。
フィネメズが人形をとる訳は、人間の感情豊かな表情が羨ましい為だ。
「寝ぼけて人形になる癖は健在だな」
その癖は昔から。抱きついてきて首を絞められた事がある。危うく死ぬ寸前だった。
『気づけば朝起きると、フィズは人形になっている。変わらず美しいだろ』
「そうだな」
適当に同意し、手櫛で髪を直してあげた。
「櫛とブラシも必要になるな」
『毎日、フィズの毛並みをブラシで、手入れしてくれるのか』
嬉しそうな光が双眸できらめく。
「ブラシはやってやるが、櫛は自分でやれよ。手を使え」
『意地悪だ。ジェーンがやればいい』
頬に空気を含む。ベッドから下り、立ち上がった。
揺れる首飾りは水晶だ。右は袖なしで左は着物みたいな袂があり、左に深いスリットが入る。足がちらちら見えた。踵の高い靴を創り出した。
『人形はいい。指先が動く。二本足で歩ける。回れる』
その場を歩き、くるくる回りはしゃいだ。均衡を崩して尻餅をつく。
『痛い。むぅー。痛いぞ』
涙が浮かぶ。助けて欲しいのか視線を送ってくる。
「仕方ない」
手を引っ張り立たせた。踵の高さがなくても、今はフィネメズの身長が少し高い。
負けた悔しさで無意識に眉を寄せてしまう。
『背の事を考えていただろ』
「お前の方が高いなんておかしい」
『フィズはジェーンより背が高い』
偉ぶった態度で腕を組む。机上にシヴェルティアの制服が畳まれ置いてある。
空間魔術や移動魔術を使えば、人を介さなくても部屋にものを運べる。
小さな紙には『約束通り、ジェーン・ルウファスに制服と指輪を支給する』と流麗な筆跡で書いてあった。
衣類もブーツも指輪でさえぴったりだ。少年のサイズを知らないのに、オレゴン恐るべし。
「昨日も着たけど自分には、やっぱり似合わない気がする」
全体像を見れる鏡の前で、シヴェルティアの魔術師になったんだと改めて実感した。
『どちらかというと、レースやフリルがついた服が似合うもんな』
「ふざけた事を抜かすな。一生口を利かないぞ」
時計は四時四十分示す。朝はまだ早い。部屋にいても時を持て余すだけだ。
「今から蔵書室に向かう」
『つまらない!』
相棒の中では蔵書室+本+静寂=つまらない。そんな方程式になっている。
「嫌なら部屋にいればいい」
『一人はもっとつまらない。寂しい』
迷惑な事に背中へ飛び乗った。柔らかな体が密着する。
人形は重い……。
「分かったから下りろ」
『フィズを蔵書室まで運べ』
潔く下りようとはせず命令した。




