望まない死
ヤーハオには優しい言葉すらかけて貰えなかった。
ディアは必要な時にしか目を合わせず、親子らしい会話を望んでも無駄だった。
エイラだけが毎日笑顔で必ず話しかけてくれる。ただ嬉しかった。でも、一切「父さん」とは呼ばなかった。
二人がどんな関係かを知っていた。呼べるはずがない。
好きな相手とできた子なら心底から愛せる。彼は親としての責任に囚われ、育てようとしているのだ。愛はあるように見せかけた偽り――。
幼いジェーンは大抵自室に籠もり、部屋の片隅でうずくまった。
心臓がどくん、どくんと脈を打つ。日々生きている事が息苦しい。
感情を無くせる器用さは持っていない。死が怖い反面、しがらみを断ち切り楽になりたいと願う。
「何で俺は…生まれてきた……」
数知れず震える声で己へ問いかけた。答えは決まって、生まれてこなければ、よかったになる。
静かな足音が近づく。一瞬エイラだと期待してその思いを仕舞い込む。扉が軋み開いた。
「顔を上げなさい」
耳に聞こえた女の声音に硬直した。恐る恐る顔を上げ、緊張感に息を呑む。
長い黒髪を肩と背中に垂らし、美しい容貌は無表情。同じ玉虫色の瞳は純血の証。
片手にナイフを持っている。殺す気だ。
双眸が冷たく光り、総身に粟立ち射竦められる。
「どうして生まれてきたの?お前なんかおなかの中で死んでいればよかった。死んでさえいれば、私はこんなに苦しまずに済んだ。忌々しい。憎らしい。厭わしい。穢らわしい」
耳を塞ぎたくなる言葉。祝福されなかったのだ。言われて当然だと諦めて受け入れた。弱い故に心が痛む。
「私は愛しい人の子が欲しかった。血が原因で生めなかった。生みたくもなかった、お前の存在に今まで、耐えて耐えた。もう限界なのよ」
ディアが左手で首を絞めてくる。圧迫され苦しい。息を吸いたい。
「消えてしまえ」
遂に殺されるんだ。抵抗せず無気力に眺めた。
生の執着はなかった。このまま楽になれるならいい。
刃の先が皮膚に突き刺さる。浅くても血は流れ、服が赤くなった。
手が小刻みに震えてナイフを下ろした。ぼんやり立ち尽くす。
「情が湧いたか」
囁き口元が微かに笑ったように見えた。
「私はお前を愛せなかった」
唐突にナイフを心臓に向け、勢いよく刺して苦痛の余り叫ぶ。力を振り絞り引き抜く。
飛び散った生温かい血がジェーンの頬にかかる。
糸を切った人形のようにディアは倒れ、見る見る血だまりができた。
血が、血が……。体や手足が震え、歯の根が合わず動けない。
今、助けを呼びに行けば助かるだろうか。
座った状態で少しずつ進み、脈を確かめた。
弱いがまだある安心したのも束の間、完全に脈が感じられなくなった。
「何か、話せよ。おい、おい!」
さっと涙が頬を伝う。悲しみよりも自分の存在が、彼女を死へと追い立てた。その罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
俺の所為だ。俺の所為で死んだ。
暫く経ち状況を知らないエイラがやって来た。瞬時に全てを悟った目をしている。
「お前は悪くない。彼女は現実を否定し続けた。ジェーンの存在を息子だと認めなかった。死を選んだのは、己が弱かったからだ」
「あんたは俺が一切悪くないと言い切れるか」
「……」
「ほら、できないだろ。俺なんか生まれてこなければよかった!」
嗚咽が漏れる。ジェーンはディアが嫌いだった。好きになれなかった。でも、死は望んでいなかった。
感情がなければ、こんな思いをしなくて済んだのに。
顔を伏せて狂ったように泣き叫んだ。
背中に手の温もりが生じた。涙は止まらず声が嗄れるまで泣いた。




