光る蝶と光る花
「あんたは絶望して俺の事が嫌いになったかもしれない。でも、俺は変わらずセシェムが大好きだ」
涙を拭って立ち上がった。
悲しみは人に痛手を与える。立ち直るのも困難な痛手を与える。人はそれに立ち向かい、乗り越える強さが必要だ。
「なあ、記憶にあるか。光る蝶と光る花を見てみたいと言った事」
光魔術と造形魔術を必死に勉強した。一つの魔術にもう一つの事を組み合わせる。それは用意ではなかった。
密かに練習して何度も失敗した。成功にこぎつけたが見せるとなると、恥ずかしく結局見せられなかった。
「遅くなった。でも、見てくれ」
集中して心を落ち着けた。自分を信じる。
「レワ・ト・ユゲ・ササウ・ルヒカ・ナジニンナ・チョウハ・カヒル!」
黄色い光は花の形をとり、瞬きの間に辺りに花畑ができあがった。蝶は夜空を乱舞する。美しい光が幻想的な世界をつくり出した。
「俺はこの感覚を忘れていた」
気分が高揚している。成功の達成感。晴れ晴れと喜ばしい。
魔術の力をどれだけ引き出せるかは、術者の魔力と才能だ。いつか努力は必ず実を結ぶ。
誰しも腕を磨けば立派な魔術師になれる。少年はそう思うのだ。
「ずっと隠れているつもりか。サロフ・ナイシエ」
最初から存在には、気づいていたが敢えて放置した。
「アハハ、ばれてたんだ」
以前隠れていた時と同じ反応である。
「闇に紛れて去ればよかっただろ」
「ついつい君の話に聞き入っちゃったんだ」
サロフは消え始めた蝶と花を惜しむように見つめた。
「泣いた事を誰かにばらすなよ」
「日の下だったら、ジェーンの真っ赤な顔が見られたのに残念だな」
「馬鹿言ってると殴るぞ」
腕を組んで外方を向く。恥ずかしさに火照って口元を下げる。
「何でここにいる」
「セシェム様のお墓参りだよ」
「こんな夜にか」
「そっくりそのまま君に同じ台詞を返すよ」
「偶然ってあるんだな。俺の前にナイシエが墓参りをしていたなんて」
彼がセシェムに墓参りをする理由はなんだろう。試しに考えてみた。
シヴェルティアの魔術師で関わりがあったから。世話になったから。ジェーンと同じように王妃が大好きだから。
「本当にこんな偶然があるんだね。セシェム様は誰とも、分け隔てなく接してくれた。皆に必要とされた。思いやりの心を持った優しいお方だった。時早くお亡くなりになられた事がただ信じ難い。僕が代わりに死ねばよかったんだ」
サロフの口から零れ出た言葉が気に障る。
「お前には命がある。容易く死ねばよかったなんか言うな」
「何、本気になってるの。冗談、冗談だよ」
乾いた笑声は悲しげでもあった。
向きになりすぎた。暫し黙って心を落ち着かす。徐に口を開く。
「ナイシエが笑った時、ある人の顔が脳裏で浮かんだ。誰だと思う」
「うーん。誰かな」
「アクミス」
「僕と王子は全然似ていない」
強い否定口調だ。取り繕うようにサロフは和らげて言う。
「容姿も性格、生まれも異なる」
「確かに違うな」
同意して不可解な気持ちが胸に居座り、もやもやする。ずっと内に棲んでいた疑問を本人へぶつけた。
「俺、お前とは初対面のはずなのに、会っていたような矛盾した、感覚をずっと感じてた。理屈を抜きにして、俺はサロフ・ナイシエを知っている」
「気の所為だよ。僕とジェーンは初対面だ……。お休み」
表情は闇に隠れ、少年が早足に立ち去る。まるでこんな話を聞きたくない、しないで欲しいと伝えているようだ。
足音が完全に遠退いた。サロフの存在が気持ちを揺らし、不安定にさせる。
自分がそう思うだけで確証はなく、正直な所分からなかった。
風魔術を使い、体を宙に漂わせ、二階のバルコニーに立った。
目が覚めた上、中々寝つけず、幾度も寝返りを打った。
無理に寝なければよかった。後悔するのは朝になってからだ。
家に居場所がない。いつから感じたか不確かだが、気づけばそんな答えに行き着いた。




