白い石碑
生まれてこなければよかった。どれだけ思い、願った事か……。
『エイラはジェーンを大切に思っているぞ。お前はずっと後ろを向いているのか』
心に痛みが生じる訳は、フィネメズの言う事が的を射抜いていたから。父さんと呼ばないのは、自分の存在を負い目に感じ、愛情に気づかぬ振りして逃げ続けた。
愛情を与えて貰っても尚、未だ信じられない。胸宇では疎ましいと考えているはずだ。人間の本心は分からない。そう思ってしまうのだ。
前を向けたらどんなに楽か。愛情を喜んで受け入れられたら、どんなにいいか。存在自体が息苦しい。
『ごめん。一番苦しいのはお前だ。フィズは苦しみを分かち合えない』
「何で謝るんだ。今日は色々あって疲れた。もう寝る」
心配してくれた精霊を撫で腰を上げた。
「リヨ・アカキ・エヨ」と呪文を唱え、明かりが消えた。
ベッドに入り目を閉じる。
布団に入ってきた。寝る時は一緒。離れ離れになる前まで、一緒が当たり前だった。
『ジェーン。お休み』
『お休み。フィネメズ』
暫く寝つけなかったが、少年の意識は失われていった。
突然、目が覚めて辺りはまだ暗い。深夜だろう。
眠気はなくゆっくり上体を起こす。フィネメズの寝息が聞こえた。すやすや眠る。
『もう食べれないぞ』
声にどきっとして寝言だと気づく。夢を見ているようだ。
『こんな大きな…プリンは……』
食べ物の夢を見るなんて、本当に食い意地が張っている。
相棒を起こしてセシェムの所に行けるが、それはまた今度にしよう。起こすのが可哀想だ。
「行ってくるな」
ベッドを軋ませないように注意を払い、探り当てた靴に足が入る。
アーチ状の窓を片方開けっ放しにした。魔術を使ってすぐ行ける手段はある。だが、自分の足で向かいたい。
バルコニーの柵に立って見下ろす。外灯は深夜でも照らし、地が見にくい程闇は色濃い。
これくらいの高さなら平気だ。ジェーンは迷わず飛び下りた。束の間の浮遊感が終わり、重力に引っ張られる。
風を感じて髪が逆立ち、完璧な着地体勢で動きを止めた。
歩み出す。帰りは風魔術に頼ってバルコニーに戻ればいい。
草と地を踏み締める音が静けさで際立つ。闇に染まると同じ風景に見えた。
道をまっすぐ進めばやがて奥に到達する。一歩一歩、確実に彼女の元へと近づく。逸る気持ちを抑えた。
城の庭園は昔花で溢れていた。それに引き替え現在は少ない。
「花の園、寂しくなったな」
そして辿り着いた。月光でぼんやり輝く白い石碑の前にしゃがみ込む。
彼女の名前と永久の愛を貴方にと刻まれる。
石碑に手を置き、冷たさが伝わる。
「まず何から話そう」
もう胸が苦しくなり始めている。こんなに早く泣きそうになって、どうするんだ。堪えろ。
「俺、色々あったけど、魔術界に帰って来たんだ。現世界はとてもいい所だぞ」
セシェムに現世界を見せてあげたかった。住む人間が違っても美しい世界を――。科学というすばらしい技術があると話したかった。
「ユールからあんたが亡くなった事実を聞かされた。一瞬で頭が真っ白に染まった。信じるのを頑なに拒んだ。激しい衝撃を受け、目の前が暗くなった。嘘だ。嘘だと半狂乱になって叫び出したかった」
王の面前で恥を晒す真似は控えた。自分は十六だ。幼くない。
「俺が現世界にいるうちに、死ぬなんて有りえない。あんな元気で風邪一つひかなかった。誰よりも長生きすると意気込んでいた。信じられるか。今でも突然肩を叩いて、微笑んでくれるような気がするんだ」
彼女の微笑みが大好きだった。初めて出会った時から優しかった。
アクミスとのつき合い方が分からず、悩んでいたジェーンの相談にのってくれた。彼女がいなければ、王子とは友達みたいな関係になれなかった。
「ユールが会いに行ってくれとお願いしたんだ。約束したから約束を果たしに来た。遅くなってごめん。今度はフィネメズと一緒に来るよ。これはあんたとの約束……。退屈な話しかできなさそうだ。でも、聞いてくれるよな」
視界が歪んでいく。目頭を押さえても涙は溢れた。
「セシェムは恨んでいるか。リーレ崩壊の原因をつくった俺を恨んでいるか」
あの日の事は断片的に思い出せるだけだ。覚えているはずなのに、思い出せず歯がゆい気持ちになる。
アクミスを庇って胸に傷を受け、二日間程、呪いの影響もあって昏睡状態に陥った。奇跡的に目が覚めた。
次の日は大事な神力の受け継ぎが、行われる日だった。
強い力と荒れる魔力を感知して不安になった。ジェーンは安静の言いつけを破り、ベッドから抜け出した。
受け継ぎの儀が行われる神殿に向かった。儀は関係者以外の立ち入りが禁止とされていた。
割とここまではっきり覚えている。
それ以降があやふやで、しかも霞みがかり断片的なのだ。




