深まる溝
猫みたいに丸まって尻尾を上下に動かす。安心している。
フィネメズが自ら眠りについた訳は、寂しさに耐えられなかったから。
「お前とはずっと一緒にいる。もう離れたりしない。約束だ」
『約束だぞ』
「ああ」
手の甲をぺろっと舐めた。
相棒と共に過ごす一瞬一瞬を大切にしよう。ジェーンの胸中に温かい気持ちがじわりと広がった。
部屋にいてもやる事がなかった為、指定の時間より三十分も早く来ている。
「フィネメズ、剣の姿になってくれ」
『剣嫌いのお前がやる気だな』
「違う。鈍りすぎているから、せめてもイメージトレーニングをしようと思っただけ。張り合いがないとカノヴァントに申し訳ないだろ」
オレゴンが強いか、弱いかなんて知る由もない。わざわざ挑むくらいだ。
剣術には自信を持っているらしい。フィネメズの姿が光る煙となり、手の中で剣の形をとった。
白刃は雪を集めてつくったみたいに白い。
剣を構えて玉虫色の瞳を閉ざす。闇が存在する。想像上のエイラが剣先を向け立っている。
男から動く。剣が振り下ろされ受け止めた。
柄を握り重みを感じてきた。想像に入り込み始めた証拠だ。
押しやると攻撃が脇腹を狙う。
躱して刃を弾いた。剣の魔術師として一族に恥じぬよう鍛えられた。
エイラが稽古で本気を見せた事は一度もない。急所で寸止め、些細な切り傷でさえ気をつけた。
それと打って変わり祖父は容赦なかった。
体の至る所に痣ができた。切り傷も殆ど毎日作った。死にかけた事もしばしばある。
エイラの治癒術が上手だったお陰で、どこにも傷は残っていない。
ヤーハオと父の仲は元から凍りついていた。事務的な会話で笑顔は一切なかった。
厳しいを越した稽古のやり方に意を唱え、どんどん溝は深まるばかりだった。関係を改善するなんて甘い考えを抱かず、エイラは無理だと、不可能だと諦めていた。
十分な愛情なく育ったから、ジェーンには愛情を注いでくれた。たとえ望まね息子だとしても……。
気づけば不必要な事を考えて、集中できなくなっている。
精霊剣を下ろす。
(集中できないのか)
脳裏にフィネメズの声が響いた。
「もし戦いだったら、俺は死んでいるよな」
思考を停止させ、今度は自分のしたいようにやる。
斬って、斬って。突く、突く。斬って、斬って。突く、突く。
守って、避けて、受け流す。守って、避けて、受け流す。
ひたすら基本を繰り返した。呼吸に乱れが生まれ汗を拭う。こんな様ではダメだ。
「貴公より早く来るつもりが先を越されてしまった。剣の扱いはブランクを忘れさせる程、鮮やかだな」
いつの間にかオレゴンがいた。
「偉そうに時間を指定しておいて申し訳ない」
「どうせ八時前だろ。詫びなくていい」
既にジェーンは緊張を感じていた。
「もう始めろよ。あんたの武器は?」
「私の武器は闇だ」
「カノヴァントは闇属性を扱う魔術師なのか」
「そうだ。その美しい精霊剣はフィネメズか」
(美しいだなんて、照れるぞ)
少年とオレゴンの脳裏に直接伝えた。複数でも同時に思念を伝える事は可能だ。
「勝負は剣を落とすか、急所に寸止めされた場合に負けとする。よいか?」
頷いて男と向かい合う。
裏庭を照らす光はバルコニーから見えた外灯だ。草葉が黄色っぽく光っている。
「ひょっとして人払いでもしたか」
誰一人来る気配はなく、話した後の静けさが寂しい。
「勝負に見物人がいれば、互いに集中できなくなるであろう。特にナシャアがいたとなっては」
「確かに……」
ナシャアがいたら頻りに声援を送っていそうだ。




