考え事
手すりに両肘を突き、ぼんやりと裏庭を眺めた。
空が闇に塗り潰され、光魔術で点る光がいくつもある。
セシェムが大好きだった場所は裏庭だ。
自らの手で色とりどりの花を植えて、庭師と共に水をやり、手入れもした。ドレスが汚れても気にせず、四六時中、花の事ばかり考えていた。
絶対会いに行くから。約束する。
レンテの視線に気づき、ジェーンは前を向いたまま聞く。
「お前はいつもバルコニーで、夜景を眺めているのか」
「僕がいつも無駄に夜景を眺めている訳がない。偶にだ」
言葉の端々が癪に障る。
「人を見下したような喋り方をやめろ」
「女顔が相手だと勝手にそうなるんだ」
「俺に敵意があるからだろ」
否定せず微かに笑みを含む。冗談なのか、本当なのか。どちらにせよ楽しんでいる。どんなにむっとしても、彼を嫌いになれないのは何故だろう。
「マカレルはリーレが終わった事、どう思っているんだ?」
気づけばまた口を開き話しかけた。
葉と葉は触れ合い、ざわざわ音が鳴る。風に頬を撫でられた。
「終わったから終わった。それだけだ」
「俺もお前みたいに、単純に考えられたらいいな」
少年は世界の終わりを認めている。皆も認めたのか。
「その言い草だと、まるで僕が単純みたいじゃないか」
「複雑より単純の方が分かりやすくていいだろ」
変な所にこだわる子供っぽい奴。口にすると文句を言うので飲み込む。
不満げな表情が消えて真顔になった。
「人が治める世だ。何が起こってもおかしくない。これから先も――」
一瞥した後、レンテは部屋に戻った。
話し相手がいなくなり、静けさが際立つ。これから先の未来は漠然として、考えても不明瞭である。
『ジェーン、ジェーン。ベッドの跳ね心地は最高だぞ』
てくてく歩きフィネメズがやって来た。
『今、フィズの可愛さに見惚れていただろ』
「お前が呼んだから見ただけだ」
すっと目前まで浮かび上がり、『もう少しフィズを愛でるべきだ』と拗ねる。
指先で耳を優しく撫でて、徐々に機嫌がよくなった。
『気持ちいい』
窓は開けっ放しにしてベットに腰掛け、背中から倒れた。布団はふかふかで目を瞑ると寝てしまいそうだ。
色々な事が起こり、現世界の事を考える暇がなかった。
魔術界がこんな時間だから、仕事を終えた灰花はもう帰宅している。
十年前、レベイユから逃げ、エイラが時空の扉を開き、共に現世界へ来た。
ジェーンがこの世界で生きていけるようにする為、偶然通りがかった灰花の記憶を操作し、法魔陣という偽りの息子をつくった。
彼女と関わりのある人達も、記憶を手がかりに遠隔操作を行い、理解の魔術で忽ち言語が分かるようになった。
当分、魔術界に帰れない。幼くても聡い方だった。あの時から法魔陣を演じ始めた。傍目には不自然な家族に映ったはずだ。
きっと帰って来ない俺を心配している。
偽りの息子の帰りをひたすら待ち続けていた――。
彼女のお陰で母親の温かみを知った。実の母親からジェーンは、存在を認めて貰えず拒絶された。
記憶操作を解いた瞬間、すぐある魔術が発動する。それは忘却と消滅だ。
灰花の記憶から陣が消えて記憶は別のものになる。
法魔陣と関わった人間、見た人間。どんな些細な記憶でも残らず忘れ、そこで生きた痕跡が完全に消滅してしまう。
自分がもう一度、全世界に行かなければならない、目的は偽りを終わらせる為。それが本当の最後となる。
時はまだだ。近いうちに必ずやって来るが。
「重い……」
フィネメズがおなかに乗って銀色の目と合った。
『考え事か』
「ちょっとな。下りろ」
『嫌だ』




