色を取り戻した世界
無言だが囁きに微かな反応を示す。
「シュノールの瞳は紫水晶みたいだった」
「僕の瞳に生まれつき色はありませんよ」
「見苦しいぞ。観念しろ。漸く此奴は思い出したんだ」
知ったような口振りで言う。見て経験もしていないが話を聞き、そこから得た事を共有し、ソリクは記憶に留めている。
「僕は君を逃がした罪で〝色奪いの罰〟を受け、瞳の色を失った。目に映る全てが白と黒で、構成されております」
「ユールを恨んでいるのか……」
「いいえ、あの時の王は余裕がなく、ちょっと人が変わっていましたから。最初は鮮やかな色が消えた、世界を見る毎日が苦痛だった。どうにかなってしまいそうで嫌気が差しました。今では生活に支障なく、すっかりなれましたけど」
諦めきった苦笑を漏らす。ブルームはどこか悲しげだった。
「俺の所為だな」
生きる意味を見失ってしまう程、精神的に辛かったはずだ。彼の苦しみをジェーンが味わう事はできない。
「君は悪くありませんよ」
慰めの言葉を無視して怒りを封じ込める。知らず知らずのうちに過大な迷惑をかけていた。
「色奪いは解けないのか」
「悔やんだユール王自ら幾度も解呪を試みました。複雑で強力な為か、他に何か理由があるのか。魔術は解呪できません」
不似合いな笑声が零れた。単なる決めつけを嘲笑うかの如く。
「約束する。絶対、お前は瞳も世界の色も取り戻す。俺に解けない魔術は存在しない」
手を差し伸べて重なる瞬間を望み待つ。
ゆっくりとためらいがちな手を握り、ブルームに意識を注ぐ。
全神経を研ぎ澄ませ、聞こえてきた呪文をただ唱える。
「汝は罪過を犯した。故に目から色を奪おう。汝は罪過を犯した。故に目に映る世界から鮮明な色を奪おう。我はしかるべき制裁を下した。終生罪を償い続け内省せよ」
微かな震えが手を介して伝わってきた。
ジェーンが唱えたのはユールと同様な呪文だ。恐怖が蘇り表情が凍りついている。
「人は罪と過ちを犯す。ユールがあんたにした事は消えない。けれど、あんたは人を許せる広い心の持ち主だ。今更だけどあの日、エイラに協力してくれて有り難う。俺の為に有り難う」
彼がエイラに協力しなければ、自分は牢屋から出られず、神力を欲したレベイユに捕まっていた。
震えが止まり、穏やかな眼差しに魅せられる。
解呪の糸口を了した。少年の瞳には絡まった糸みたいな魔術を構成する紋様が三つ空間に見えた。呪文に反応して現れたのだ。
考えながら指を走らせ、紋様を書き換え単純化していく。これで魔術の効果が弱まり解けやすくなる。
「ルイジュ・イイ・カ・スバロウ!」
直ちに解呪が働き、紋様は消えた。ブルームの透明な双眸に色が戻り、紫水晶を思わせる瞳からさっと涙が流れた。
「信じられません。僕の周りにたくさんの色が溢れています。目に痛い程鮮やかです」
声も体も震え片手で顔を覆い、喜びに感激する。あの日を最後に見ていなかった、美しい色が心に訴えかけぐっと迫る。
「泣くなよ」
「嬉しくて涙が止まらないんです」
指先で拭う。拭ってもとめどなく溢れ伝い落ちた。
ハンカチを持っていれば、差し出したが生憎持っていない。
「男が無様な顔で泣くな。吐き気がして不愉快だ」
「ひねくれ者のソリクは、泣いているブルームが見たくないんだって」
「勝手な妄想だな」
頬杖を突きソリクはサロフを一睨みした。憎まれ口は彼なりの気遣いで、隠れた仮面の下はたぶん赤いだろう。
漸く涙が止まって目が合い、にっこり微笑む。聞こうと考えていた問いを投げかける。
「シュノールとホティオはいつ知り合ったんだ?」
二人の性格は相反している。互いに反発し、N極とS極みたいだ。
不釣り合いでも文句を言いながらも結局は仲良しである。
「僕の両親は元々ソリクの両親と仲が良かったんです。住む家も近くで物心がつく以前から遊んでいました。まだ幼かったので何歳の頃に知り合ったか、残念ですが記憶にありません」
「私はお前と遊んだ記憶なんてない。うっとうしいお前が絡んできただけだ」
彼等が楽しそうに遊ぶ光景が想像できず、言い合いう光景なら思い浮かぶ。幼い姿も全然想像できなかった。
「友達は大切にしろよ」
「何故、偉そうな小僧に言われなければならん」
「見放されるぞ」
「見放されるも何も私に友人はいない」
ここまで性質や考え方がねじけた男がいると、逆に見事だと誉め称えたい。疲れを感じて吐息をついた。
「大変だな。シュノールは」
「分かって頂けますか」




