引っかかりの理由
焦るソリクが「やめろ」と必死に抵抗を試みる。余程見られたくないのだ。
「頑張れ。僕は君を応援するよ」
サロフも彼の顔が見たいようだ。
「私を助けろ。ブルーム」
「ルウファスくん、頑張って下さい」
恐らくブルームはコーヒーの件で友人を恨んでいる。
「八年ぶりに彼の顔を拝見したいです」
本音を漏らした。八年もの長い年数を隠していたなんて驚愕の事実だ。
「そろそろ観念しろ」
「私は諦めが悪いのだ」
負けじと抗い続ける。有りっ丈の力を出して、少年はどうにか仮面を奪い取った。
見開かれた瞳は黄緑色。睫は長く手入れされ整う。柳の葉を連想させる柳眉。
高い鼻梁、色艶と形もよい唇。余りに非の打ち所がなく、麗しい容貌はまさに美姫だ。
「隠すなんて勿体ない。せっかく綺麗な顔立ちをしているのに」
「口、説いても…無意義だぞ。男とつき合う趣味はない」
「別に口説いていない。思った事を率直に話しただけだ」
心なしかソリクの頬が赤くなった。ジェーンから仮面を無造作に取り、顔を背けながら被る。
「ルウファスくんは素直ですね。彼は大変惚れ込みやすい質なので、言葉にはお気をつけ下さい」
「男に好意を寄せる阿呆な変人が、この世にいる訳なかろう」
「ジェーンはダメだから!好意を寄せるなら違う人にしてよ」
何故かブルームが忠告してソリクは、不機嫌な低い声で打ち消した。サロフに至っては頭がおかしい。真の馬鹿だ。
本来静かなはずの蔵書室は騒がしい。
やれやれと本を書棚へ返しに向かった。元ある位置にちゃんと戻す。この棚以外にも魔道書が見渡す限りびっしりと並ぶ。十年間が経過して更に数を増した。
魔術は型に収まるものではない。呪文、形式、条件、発動の仕方、属性の種類。その組み合わせなどつくる人によって、無限も世に生み出す事が可能だ。
魔道に於て制限という言葉は存在せず、魔道学者達は新たな魔術を誕生させる為、未知の領域を探求していた。
ジェーンも自分だけの魔術をつくりたい。強い気持ちがある。
「魔術こそこの世の全てであり俺の全て――。人生から切っては切り離せぬ程、密接に繋がっている。本当に好きなんだ」
口にして嬉しく思う。時間をかけても蔵書室にある、全部の魔道書を読んでやると心に決めた。
ここまで三人のうるさい声が聞こえてくる。
足を踏み出して立ち止まった。記憶は予測されずふとした拍子に蘇る。
ブルームと会った時、記憶に微かで不明瞭な何かが引っかかった理由を知る。
過去に間違いなく彼の姿をこの目で見ていた。
癖の強い菫色の髪、瞳は紫水晶を思わせる。彼は『大丈夫。僕を信用して下さい』と微笑んだ。
何で忘れていた。自身に怒りを感じる。急ぎ走った。
「どうしたのですか。そんなに急いで……?」
微動だにせずジェーンが見据えてブルームは首を傾げる。
ソリクは落ち着いた態度であくびを噛み殺し、サロフが成り行きを見守る。
「あんたは俺を知っている」
「それは知っていますよ。アクミス王子に仕える幼き、剣の魔術師は昔から城でも有名でしたからね。でも、こうやってお話したのは、今日が初めてです」
「嘘だ」
笑顔で話す様は偽りなく、述べられたかのような錯覚を生じさせる。
牢屋に閉じ込められ日にちの感覚を失い、過去の自分は絶望していた。
『死んでくれ』と卑劣に笑った。オルターが誰かの足音に気づき姿を消した。後に男が来た。
『あんたも俺に死んで欲しいのか』
すると驚いた顔をして真顔になり否定した。
『違います。そんな事、微塵も思っていません。ここを出ましょう。まだ歯車が静寂を守っているうちに』
会話はまだ続く。一言一言はっきりと言葉が思い出せる。
「俺はあの日からお前を知っている」
「何を仰りたいのです?」
分かっているにも拘わらず惚ける。
「紫水晶」
「……」




