仮面の理由
空間に歪みが現れ、ブルームはその入口から蔵書室に戻って来た。
トレイの上にはティーカップ四つと壷状の容器がある。
「お待たせ致しました」
「遅い」
「済みません」
頭を下げてソーサーごと持つ手元がぶれた。
ティーカップが倒れ、中身が広がっていく。コーヒーの匂いが漂う。残念な事に本の裏表紙が濡れた。
「やってしまいました」
「偶にどじをしでかすよね」
「そうでしたっけ?」
コーヒーが染み込んだ本を見てサロフは眉を寄せる。
「ソリク、貴方の得意な時間魔術で何とかして下さい」
「お前の為に何故、私がやらなければならん」
「お願いします」
首を縦に動かさなかった。頑固者で妥協知らずだ。
「俺が何とかする」
空のティーカップを持ち上げ、脳裏でイメージを繰り返す。
「リセット《零に戻す》」
液体が自ら浮かび、ティーカップの中へ戻り、段々と一杯になる。
零れた事実を完璧にリセットした。本も机も無事で最初と同じ状態に戻った。
驚くブルームとサロフを余所に一口飲む。豆の香りはいいが、砂糖とミルクの所為で甘い。
「ルウファスくん、有り難う御座います。僕の友人がもっと優しければよかったのですが」
「ホティオに優しさを求めても無駄だろ」
シュガーポットから幾つもの角砂糖を取り、コーヒーに入れるおぞましい光景。今ので十五個目だ。
「どれだけ砂糖を入れれば、気が済むんだ」
「私は大層甘い物を好む」
「限度があるだろ」
手首を使いスプーンで運ぶ。ソリクの素早い動きは手慣れている。砂糖を混ぜ続けた。
見るだけで吐き気が込み上げ口元を押さえた。
「ひょっとしてジェーンは甘い物がダメなの」
「大嫌いだ」
「顔に似合わずだね」
確か爽夜にも同じ事を言われた。顔に似合わずはかなり余計である。
ブルームが選んだ紅茶をサロフは美味しそうに飲み干す。
仮面を少し外してコーヒーがドロドロ化した物を口に含む。
何個の砂糖があの中に……。
「今更だけど、仮面で顔を隠す理由はあるのか」
びくっと無言で固まり、ぎこちなくティーカップをソーサーに置いた。
「教えても宜しいでしょうか」
彼はとても言いたそうにする。
「ダメだ」と低く言う小さな声は間に合わず、ブルームが話す方が早かった。
「彼が仮面をつけ始めた発端は昔好きだった、女性にふられたからです。『自分より綺麗な顔をした男性とはつき合えない』と。ソリクと一緒にいる女性はいつも、劣等感に苛まれるのでしょうね。失恋したショックで顔を隠すようになりました」
女が男にコンプレックスを抱く程の顔を見てみたい。ジェーンは好奇心に駆られた。
「仕様もない理由だな」
「僕も初めてブルームさんに教えて貰った時、同じ事を思ったよ」
「お前達に何が分かる。勇気を振り絞り告白した結果、この顔の所為で一度ならず二度までもふられ、心に相当な痛手を受けたのだぞ」
失恋が余程トラウマなのか、声が微かに震えていた。
「失恋の要因には、性格の悪さも関係しているだろ」
彼の性格を理解して好きになる人は物好きだ。
「ジェーン。そんな正直な事を口にしちゃダメだよ。ソリクが可哀想だ」
「ナイシエの同情などいらん」
もはや飲み物かどうか怪しい、コーヒーを一気に流し込む。漂う雰囲気がやけくそだった。
募りに募った好奇心に負け到頭仮面を掴む。
「何の真似だ。小僧」
「お前の仮面を剥いでやろうと思って」




