懐旧の念
今度は背に深く入れ冷たがる、黒髪の少年を癖毛の悪友は反応を面白がる。
こんな馬鹿をやっている時が、一番楽しくて仕方ないのだ。どうでもよくて呆れる日常は、自分の思う以上に恵まれ、幸せで少しだけ感謝したい気持ちだった。
仮初めの居場所でもないよりか、あった方がいい。
当てもなく歩き回り、隣街まで来てしまった。
数えきれない雪が視界を悪くし、さすがに耐えられず、フードを被っている。
「あそこの公園で足を休めよう。そうと決まればレッツゴー!」
元気よく拳を上へ伸ばし、明らかに滑る事が予測される道でスキップを始める。
陣の承諾を得ず、公園で足を休める、それしか奴の頭にはない。
「スキップは危険だ。滑って転ぶぞ」
言っているそばから足を滑らせ尻餅をついた。背中から倒れて後頭部を強打し、激しい痛みに頭を押さえなら悶絶する。
「痛い、痛い。死ぬ、死ぬ……」
体をくねらせて目に涙を浮かべ、少年は道路のど真ん中にいる。
現在は車の往来がなく安全でも、通行の邪魔になるのは明白だ。
「大丈夫か」
爽夜のコートついた雪を払いつつ背中を摩る。
「大丈夫じゃない」
「はしゃぐから滑ったんだ」
十六歳の少年がスキップして、挙げ句の果てに滑り後頭部を強打した。自業自得の出来事である。
「陣、お願いがあるんだ。痛いの痛いの飛んでいけって。やって欲しい」
うるうるさせる瞳で期待していた。
「嫌だ」
すぐさま要望を拒否した。
「友達が痛みに苦しんでいるのに、なんて薄情なんだ。痛い、痛いよ」
「はい、はい。言えば満足なんだろ」
投げやりな態度になってもごもご口にする。
「痛いの…痛いの、飛んでいけー……」
顔が火照るのを感じて、今なら恥ずかしさで死ねる。
「次は大きな声でもう一度、せーの」
「図に乗るなよ」
怒りで火照りが急速に引いていく。歩き去ろうとする、陣の足首を腹這いになった爽夜が掴む。
「お願い。見捨てないで。この先、君に見捨てられたら死んだも同然だ」
振り返った少年は無造作に手を差し伸べる。
「上体を起こせ」
ぶっきら棒に言い、身を起こした彼の手を握り、立ち上がらせた。
「有り難う」
まじめにお礼を言われ、どきっと視線を逸らす。同姓から見ても恰好言い容姿が、羨ましいと同時に憎たらしい。
公園はこぢんまりして滑り台、鉄棒、砂場、バスケットゴール、ブランコがある。どれも雪を被っている。
屋根つきのベンチへ座りに行こうと進む。
所が、「ブランコ、ブランコ!」と連呼した少年が袖を引っ張る。勝手に誘導された。
「ベンチから見ててやるから、一人で寂しく乗っていろ」
「ダメダメ。隣に友達がいなきゃ」
ブランコの雪を落とし、陣をそこへ座らせた。
爽夜は腰掛け勢いをつけて前後に揺り動かす。揺れる度に軋む音と心から楽しげな声。
「子供っぽいって、お前は自覚しているのか」
「俺は無邪気なだけさぁ」
「邪心ありまくりだろ」
雪が降る中、遊びに来る無謀な子供は存在しない。二人だけで貸し切りの状態だ。
皆、暖房が利いた室内、あるいはこたつで温かくのんびり過ごしている。
寒い空気と冷たい雪がかなり恨めしい。
「初めて出会った頃の事を覚えているか」
「懐旧の念に浸りたいのか」
ブランコの動きを止め此方に視線を投げかける。
「両親の仕事が都合で、空き家だった隣へお前が引っ越してきた。ある日、俺のクラスに転校生がきて、自己紹介の時に偶然目が合った。確か『君は俺と見つめ合ったから友達だ』と言ったよな。本気で頭がおかしい奴だと思った。相も変わらずだけど」
「酷いな。頭は正常に働いている時点で正常だ」
「爽夜の正常を一般人と比較するな。お前の場合は既に手遅れなくらい、おかしくなっている」