蔵書室
嫌な予感がして体が強張り尋ねた。
「彼には城と街にもたくさんのお食事候補がいて、因みに皆、女性でしかも美女らしいよ。日や気分によって吸う人を代える」
知りたくない情報を聞き、少年の女好きに唖然とげんなりする。
「しつこいぞ。ついて来るな」
「それ程までについて来て、貰いたいのか」
「はあ。頭、大丈夫か。つ・い・て・来・る・なと言っている」
癪に障り睨みつけると澄まし顔を近づけた。
「美しく可憐だ。男にしておくのがもったいない」
頬を撫でて顎を親指と人差し指で挟む。
「馬鹿にするなよ」
抑えていた感情が煮え立ち怒気を孕ませた。手首を乱暴に掴み下ろさせた。
「俺はお前みたいな気障で、むかつく奴が大嫌いだ!!」
早くここから去りたい一心で上へ向かう。荒々しい足音が響き、三階の角を曲がり漸く足を止めた。
生まれもった顔を馬鹿にされ、一気にジェーンの怒りが膨れた。冷静になれば仕様もない事に、理性を失い情けなく感じる。
「きっと落ち込んでるだろうな」
あからさまに大きな声が届く。興奮が冷めた頃合いを見計らい、話しかけてきた。
「会ったら謝ればいいんだろ」
「物分かりがいいね。誉めて遣わそう」
サロフは仏頂面の少年の頭をぽんぽん叩く。人を思いやれる心。彼は大切にしている。
「人を気遣ってばかりだと疲れるぞ」
意表を突かれたのか、言葉は返ってこず暫く経った後。
「君の言う通りだ」と同意した。
人を大切にする事は必要だが、自分を大切にする事も必要だ。
「疲れた僕を君の愛で癒して欲しいな。……無視、無視は傷つく。せめても何か反応してよ。寂しくて、悲しくて、死んじゃう」
首に腕が絡みつき、絶妙に体重をかける。構って構ってと主張した。
「重い。離れろ」
「嫌、嫌、嫌だ」
蔵書室まであともう少しだ。ジェーンは確信する。此奴の相手は琴爽夜と同じくらい疲れる。
翼を広げた鳥が左右に彫り刻まれる扉を押し開けた。壁と床は白大理石で統一され、明るく広々として開放的だ。
紙特有の匂いが空間に満ち、この匂いを嗅ぐと気が安らぐ。
高い書棚は整然と並び、主に魔道書、文学、歴史など。ありとあらゆる書物と記録、その他の資料や情報を収集し保管している。
書物を見渡した。十年前と配置は当然変わり、分類が記された銀プレートを頼りに探す羽目になる。しかも、魔道書の量が膨大すぎて、魔力封じが載る物がどれか分からない。
「探さなくてもブルームに聞けば分かるよ。彼には超人的な記憶能力がある」
「シュノールは蔵書室の管理を任されているのか。いつからだ」
「君が生まれる以前から」
彼を見た瞬間、記憶に微かな引っかかりを感じた訳は、蔵書室で目にした事があったのだろうか。
場所を書見台に移動し、二人の姿がある。
一人は真剣に本を読み、もう一人は繋げた椅子で横になり寝ている。
「あれ、どうしたのですか?サロフくんとルウファスくん」
読書をやめて好意的に微笑む。
「魔力封じについて、詳しく載る魔道書が何巻目か、教えて欲しい」
「9巻目と12巻目、他にも28巻目、41巻目、87巻目、156巻目、323巻目……」
「どれだけあるんだ」
ジェーンは言葉を遮り更に質問した。
迷わず即答する。
「40冊はありますね」
「お前の記憶力って凄いな」
「このような面では役に立ちますが、記憶力はよすぎてもいい事はありません」
表情が翳る意味を察した。人は忘れて行く生き物だ。悲しみ、苦しみ、痛みを細部まで記憶する。耐え難い程、精神面の負担は大きく辛い。
「嫌な思いをさせたな」
「いえ、楽しい思いでも忘れず、覚えていられるので結構便利です。ソリクとのどうでもいい会話とか」
慮る気持ちに気づき、心地よさそうなブルーム。彼にとってソリクの存在が大事であると窺える。
「俺はお前とした会話など記憶に残さん。何故なら無価値だからだ」
むくりと起き上がって頬杖を突く。仮面を被っていても、不機嫌なオーラは刺すように伝わる。




