剣の魔術師
何故かアクミスも加わり、フィネメズは此方を興味津々に観察していた。
「王子、やりましょうか」
「うむ」
壁に追い詰められ、逃げ場がなくなった。息ぴったりに絶妙なタイミングでこちょこちょする。
「おい、やめろ」
「可愛い声でお願いしてくれたらやめてあげる」
「ふざけんな」
脇腹を刺激し笑いたい感じを起こさせ、余りのくすぐったさに力が抜ける。
「ハハ、アハ。二人がかりは卑怯だ」
気づけば腹が痛くなる程、不思議と笑っていた。床で仰向けになり荒い呼吸を吐き出す。
「少しは元気になった?」
「まぁ、一応」
今この状況をレンテが見たなら、ねちねちと文句を言いそうだ。ローブを払って起き上がった。
いつもセシェムは『笑顔、笑顔』と口にしていた。魔術界が変わり果ててしまった時、彼女は……。
考える事を中断した。答えは一つ。笑えるはずがない。
暗い光を双眸から消し去った。
「今まで大切にフィネメズを預かってくれて有り難う」
率直な気持ちを受けてアクミスは無言で俯き、恥ずかしさと嬉しさに照れる。
『あのな。ジェーン……』
目と鼻の先でフィネメズが宙に浮く。ためらった末、決断する。
『フィズはお前に魔力を返す。魔力も帰りたいって、ずっと騒いでいるしな』
「いいのか」
『もう決めた』
「返してくれるなら受け取るよ」
精霊は人間には感じられない事を色々見たり感じられる。
ただ漠然と少年は思う。漸く戻ってくるのだと。
『レリョク・ドモ・チヌシモ・ジュマ・フウラ・レタノニナ・ワレカ』
静かな声音で呪文を唱え、開けた口から光が放出される。
ジェーンの周りを渦巻く。眩いばかりに魔力は鮮やかだ。
美しい宝石と似た輝きは間もなく、すっと体内へ入って消え失せ、魔力封じの所為ですぐ抑制された。
今まで欠けていたものが戻った。
「君の魔力は瞳と同じ玉虫色をしてるんだ」
無邪気に笑う。サロフは未だ興奮気味だった。
「皮肉だよな。嫌いな色が選りに選って」
彼に届いたか定かではない呟き。
人々は圧倒的な強さを誇る、剣の魔術師を目の色で認識した。
剣の魔術師が王族に伝えられる条件は、玉虫色の瞳を持つ純血である事。
混血は緑色、黄緑色など玉虫色から徐々に懸け離れた、色となってしまう。
明らかに混血だと天性の魔力が弱まり、純血同士で子を生すとより魔力が強くなる。双方が優秀なら子もまた優秀。
最後の条件は剣術と魔術が飛び抜けている事。
今となっては誰が決めたか、不明だが無価値で下らない条件である。それを律儀に守ってきた一族にも驚きだ。
純血として生まれなかった者は、今も昔もその条件が原因で、王族に使える事を断念していた。
純粋な血統は『混血は劣等種だ』と嘲笑い、勝手に劣位だというレッテルを貼る。
さぞ彼等は不満だったに違いない。だが変わらぬ事実、古くから純血が王族に従属しているのだ。
耳に呟きが聞こえたらしく、応答が返ってくる。
「僕は大好きな色だ」
心を掻き乱すこの言葉は確かアクミスに言われた。偶然だ。そう結論づけた方が妥当である。
「長居は悪いから、じゃあな。アクミス」
頃合いを見計らい、告げたつもりが王子は不服そうな顔つきになる。
「もう行ってしまうのか。まだいいだろ。どうせ、暇なんだろ」
「確かに俺は暇だが、蔵書室に用がある。十年の間に進歩した魔道の知識を僅かでも吸収しておきたい。魔力封じを解く方法も考えたい」
一緒に行くと言い出す前にジェーンは身を翻す。
除け者にする気はなく、ただ彼がいた場合、勉強がはかどらない事は目に見える。よく幼い頃、読書を妨害された覚えがあった。
案の定、肩を掴む。
「ジェーンは僕の剣だ」




