悲しい事実
「リーレを取り戻したいと本気で願うのなら、俺は全力で命を賭けても王の助けとなる」
毅然として瞳はどこまでも強い。芯の通った意志は眩く輝く。
「反対する者がいたとしてもか」
諦念に達したユールの眼差しは冷めて瞳が空虚だった。
リーレを捨て遥か昔と同じリミュエールとして歴史を刻む。国も希望も捨ててしまったようだ。
「八歳だったアクミスは十八になったんだろ。王位継承はどうなっている」
彼の固まった心を溶かし、響かせる力は今のジェーンは持っていない。
最初から理解していただけに悔しさが虚しい。
「十二歳になった日、アクミスは王位継承を拒んだ。神力を身に宿していなかった事が謂れではない。己が王に即位する時は世界が戻り、一つとなった時。それが絶対条件だと申した」
アクミスは第一王子で兄弟はおらず一人っ子である。
ムーラン家のしきたりは初めに生まれた、第一が王位を継承し、異例のみ第二、第三が認められる。
「あんたは仕方なく王を続けていた訳か」
鋭さのなかった目が怒りに光る様を見た、ジェーンは笑声を漏らす。
意図を悟ったユールが眉宇を寄せて聞く。
「試したのか」
「さあ」
侮辱に反応する元気があればまだ大丈夫だ。
失ったものは余りにも大きいが、たとえ少しずつでも取り戻していけばいい。
「俺をシヴェルティアの一員に認めてくれて有り難う」
前方に深く体を曲げ謝意を表す。
複雑な色が浮かぶ顔は懊悩を乗り越えた後だった。
「オルターはそなたを一員にすべきでないと断固反対した。理由は……」
少年が遮り続きを口にする。
「リーレを壊した元凶だからだろ」
男は肯定も否定もなかった。これでオルターが向けてきた軽蔑と憎しみの理由がつく。
「いつか選択を迫られるのは予測していた。きっとこんな日を待ち倦ねていたのだろう。そなたは必要で欠けてはならぬ人材だ。再び我と共に歩んでくれまいか」
支える人がいるからこそ王は成り立つ。一人では限界があっても数が増え力は未知数となる。それだけ人が与え合う力は大きいのだ。
「ジェーン。剣の魔術師として変わらない忠誠を。変わらない誓いを我は望む」
縋るように差し出された手を握り首を振った。
驚きで瞬きを止め、問い質したそうに菫色の瞳が細くなる。
「シヴェルティアの魔術師としてだ」
幼い頃から剣を嫌い、自分が剣の魔術師である事を皮肉に思った。
ユールはそんな彼を知っている為、咎めず片笑み手を離した。
「セシェムは元気にしているのか」
セシェム・サード。国王の妃であり魔術師でもある。婚姻しても魔術師は姓を変えない。
古来からサード家は魔術師の家系で、ウィザー・シャナ・ムーランとも深い関わりがあった。
それに加え、セシェムの祖先は魔道研究の先駆けで、輝かしい功績を残している。
四元素魔術の土、風、火、水以外に新たな属性を魔術として確立させた。
天、氷、光、闇などをつくり出し、飛躍的に研究成果を上げていった。
魔道研究者が存在したからこそ研究が進み、歳月を費やしどんどん新たな魔術が生まれた。今では夥しい程の種類と性質が様々な魔術で溢れている。
ジェーンが知るセシェムは優美で心優しい人だ。
「お茶会」と称して彼女は紅茶とお菓子を用意し、度々昼下がりに誘ってくれた。
必ずテーブルの花瓶には毎回花が飾られ、よき香りと美しい色彩を持つ、花々を何よりも愛する。
「ずっとそなたに会いたがっていたが、それは叶わぬ願いだった」
ユールの表情が翳り、平淡な声音は感情を押し殺す印象を与えた。
「どういう事だよ」
頭は真っ白になって悟り始めた事実を拒み、打ち消しを心底から切望する。
「彼女は五年前に亡くなった。最後の最後まで変わり果てた世界に絶望して、気を病み、嘆き悲しんだ」
激しい衝撃を受け目の前が暗くなる。記憶の中で微笑む王妃が死んだと俄には信じ難い。
「大好きな場所に埋葬され、今は安らかに眠っている。いつでもいい。我から頼む。会いに行ってはくれぬか」
「分かった。絶対会いに行くと約束する」
広大なブローズの敷地内にある、庭園をセシェムは「花の園」と名付け、その日から魔術で咲かせた花が辺り一面に溢れた。
そこが間違いなく大好きな場所を示している。
大切な人を失った悲しみに今も囚われ、ユールは心を癒せないでいた。




