会いたい気持ち
「百合、綺麗だな」
「花のよさが分かるなんて、さすがは女顔」
「それは貶してるのか、誉めてるのか」
「後者だ」
誉められても全然嬉しくなかった。動揺が嘘のように消えて彼は取り澄ます。
白木のクローゼットから次々と紺色のローブ、銀色の縁取りがある黒い制服、ワイシャツ、ベルト、ズボン、ブーツを取り出した。
とたとた寄ってレンテは衣類などを押しつける。
「不本意ながら僕はオレゴンさんの頼みを承諾したんだ。何が何でも汚すな。指輪だけは予備がないから貸すのは無理だ。君は僕の優しい親切心に感謝しろ。それと、今着ているものを室内で脱ぎ散らかせば処分する。靴も揃えておけ。僕は会議室へ戻る」
ジェーンにお礼を言う隙を与えず、早口で伝え、ローブを揺らし出て行った。
「ほんの少し感謝する」
腰に巻きついたダウンジャケットを外し、一先ずソファーに掛けておく。
ティーシャツを脱ぎ、ワイシャツに腕を通してボタンを嵌める。袖と丈が長い。劣等感に苛まれる。
同じ男なのにこの差は……。
多少緩かったウェストはベルトで解消されたが、余った裾を踏んでいる状況だ。あえなく裾を曲げてブーツを履き、試しに足踏みする。
足のサイズが合わない事は分かりきっていた。歩ければ差し支えない。
黒い制服を着てローブの留め金をとめ、袖に腕を通さなかった。
靴はソファーの端に揃え、脱いだものを全て丁寧に畳む。
廊下の壁には会議室に戻ると言った、レンテが凭れていた。
「俺の私物を勝手に捨てるなよ」と一応釘をさす。
「フッ」
「小さいからって馬鹿にすんな。一年後にはお前を踏み潰せるくらい、大きくなってやる」
「無理だな。諦めろ」
遠ざかる足音がしなかった為、彼がまだいると知っていた。
仏頂面でジェーンは問う。
「会議室に戻るんじゃなかったのか?」
目線を下げ彼は小声で囁く。
「翠玉の間への行き方は覚えているか」
肯定して進み始めた。
「玉座がある場所を忘れたら、ただの阿呆だろ」
気遣いを嬉しく思う。肩越しに振り向き、ジェーンは言い放つ。
「マカレルは嫌な奴だけど、いい奴でもあった。有り難う」
どんどん離れていく。少年の後ろ姿をぼんやり見つめる瞳が一瞬揺らいだ。
時はジェーン・ルウファスが救出される以前に戻る。
男が頬杖を突き、無為に時を過ごす。
瞳を閉じると、
『レベイユ、レベイユ』
そんな声が思い出された。
まっすぐな眼差しを注ぎ、輝く笑顔で様々な事を知りたがった。黒髪で優しい心の持ち主。
晴れ渡った空の下、草原に寝そべり、無気力に流れゆく雲を飽きもせず眺めていた。
彼の隣に座してよく一緒に空の様子を見たものだ。
些細な過去を心に蘇らせ、気持ちが温かくなる。
彼との思い出がそれだけ、計り知れぬ程の価値があるからだ。
「ジェーン、お前は私に会いたいか。私はお前に会いたい」
現在、ルアによって捕まった少年は牢獄に閉じ込められている。
こんな真似はしたくないが逃がさない為だ。
エイラを目にして真っ先に何を考えるのだろう。父親がここにいる理由を知れば、怒り、憎しみさえ覚えレベイユ・セナードを嫌悪する。
それでいい。姑息な手段を用いた当然の報いだ。ジェーンの抱く感情なら受け入れられる。
出会った当初からレベイユに、特別を認識させてくれた。確かに存在するのにどこか儚く、内なる眩い光を宿していた。
この光に触れてしまった者は心を奪われ、夢中になってしまう。
彼自身は光に気づいていない。会いたい気持ちが募っていく。
十年間は余りにも長すぎた。
扉を軽く叩く音が聞こえ、思考を打ち切った。
「失礼します」
空中へ足を踏み入れた少年はすらりとした長躯。鮮紅色のローブを身に纏い髪は火色だ。それに対し暗い赤色の瞳は地味だが、整った容姿は目を引く。
「侵入者が現れました。どう致しましょうか」
ジェーンを捕らえておけば、ブイオにシヴェルティアの魔術師がやって来る事は想定していた。
オレゴンか、ナシャアの差し金か。どちらにせよ……。
「放っておけ」
今は見逃してやろう。
どんどん会いたい気持ちが募っていく。相見えるのはまだ先――。それは近い未来だ。
胸が喜び期待と興奮で高鳴る。
一度回り始めた歯車は容易に止まらず、人の運命をねじ曲げる。
現世界にいたジェーンが魔術界に戻り、不完全だったピースが嵌った。




