肩書き
絵画の裏に動きの変化を与える、動の術式が記され、半永久的に発動し続けるのだ。
「女顔、置いていくぞ」
何メートルも先にレンテがいて背を向け行ってしまう。置いて行く気満々だ。
「お前、待つ行為の必要性を理解しているのか」
「じゃあ、教えてくれ。君を待つ利点はあるのか」
「忍耐力が上がる」
「フッ。馬鹿馬鹿しい」
この会話はジェーンが駆け足で追っていた時に展開された。むかっとなり理性を抑える。
「廊下を走らず歩け。見苦しい」
「見てないのによく言えるな」
乱れた息を吐いて手を伸ばし腕を掴んだ。
少年は硬直して後に、
「馴れ馴れしく、僕に触るな!!」
冷淡な口調で振り払う動作は拒絶を表す。
「ちょっと掴んだだけで大げさな反応だな」
親しくするつもりなんて更々なく、冷たい態度で突き放されても心は無感なはずだ。動揺しかけて戸惑う。
レンテはどこか他を寄せつけぬ、人と距離を置く雰囲気を纏う。
勝手な想像だが殻に閉じ籠もっている。
俺も同じだったから分かるんだ――。
身近に誰か一人でも信じられる存在がいるのだろうか。
お節介に心中で彼を案じる。げんなりして思考を中断した。
無言の圧迫感に耐え忍びながら階段を上がった。
足音が静寂を際立たせ、彼奴はわざと気まずい空気を作りだし、内心満足し嘲笑っている。疑ってみたが違う。
気分をすっきりさせたい。投げやりな態度で躊躇を捨てた。
「止まれ、マカレル」
「……」
心なしかレンテの階段を上がる足が速まった。
「止まれって」
一気に二段跳んで前へジェーンが立ち塞がる。それでも擦り抜けようとするので両手を広げた。
「先は不愉快な思いをさせて悪かった」
「……」
沈黙を守って鋭い睨みを刺してくる。どかなくても通過できるにも拘わらず、端にどいて彼を通した。
三階に着き左側へ曲がった。現世界の生活に慣れてしまった為、広大さに精神的な疲労を感じる。
目前からしずしずと数人のメイドがやって来て、左右に分かれお辞儀をした。警備兵も擦れ違い様に敬礼する。
「顔が広いんだな。何年前に一員になったんだ」
「……」
無視に悪意がある。溜息を飲み込み歩行を続けた。
「シヴェルティアの魔術師、その肩書きが敬わせるだけだ。初対面の奴に個人情報は話さない」
やがて押し殺したような声音で伝えた。
「確かにそうかもしれない」
否定せず苦く笑う。
ジェーンは生まれながらにして剣の魔術師だった。呼び名、称号、肩書きがどんな力を齎すか知っている。
細長い廊下の中央辺りで止まって、扉にある紋様に手を置いた。トランプのダイヤを象った形の内に小さなダイヤがあり、上下左右を半円が繋ぐ。
黒かった紋様が白く輝き、がちゃりと音が鳴る。
普通、部屋主の魔力が鍵の役割を果たし、開閉が可能となっている。部屋主が許可した者は特別に出入りができる。
「埃を持ち込むなよ」
「はいはい」
一応服とズボンを払い、神経質野郎を蹴り飛ばしたい衝動と戦った。
室内は一人で暮らすには広すぎる程だ。正面の窓は見晴らしがよく高さと幅がある。バルコニーまでついていた。
カーテン、ソファー、ベッドは全て白い。左側の書棚にはきちんと本が整頓され、家具はシンプルで品も兼ね備える。
テーブルの花瓶には百合が生けられ、甘い芳香が漂う。
「花なんか生けるんだ」
「わ、るいか。花を生けて。男でも自由だろ」
言葉に詰まって頬を染めるレンテ。ジェーンはからかいたくなるのを堪えた。




