現れた統率者
穏やかにサロフは宥めた。
「僕は普通に接しているつもりだが」
「普通ねぇ」
真意を測るように呟き目が合うとにっこり微笑む。
「やっぱり君とは気が合うのかな」
「お前の勘違いだ」
「勘違いだなんて酷い」
空いた隣の椅子にわざわざ移動して口を寄せてくる。
「そんなに張り詰めなくても大丈夫。君はきっと僕達の一員になれるから」
初対面の相手が心情を見透かし親身になり心配する。不安を悟られ気づけば渋面していた。
「ふぅ~」
「何するんだ!!」
突如、息を吹かれたこそばゆさにぞわっと鳥肌が立ち、しかめるジェーンは耳を押さえた。
「どう?少しは緊張が和らいだ」
「和らぐか!!」
「あれ、おかしいな。じゃあ、もう一回……」
椅子から即座に立ち上がってナシャアの体を盾にする。
「人目を憚らずよく平気でいちゃいちゃできるな。サロフとジェーン」
「冗談で言ってんだろ。本気だったら許さねぇぞ」
ナシャアの胸座を掴んで怒る。危機感なく平然とした顔つきだ。
「目上の胸座を掴むなんて、礼儀知らずにも程がある」
いちいち突っかかってくる。俺に恨みでもあるのか。
手を離して扉の方に向いた。これでむかつくレンテの姿を視界に入れなくて済む。
不意に苛々が収まって、記憶の片隅に追いやっていた父親を思い浮かべる。
「エイラはナシャアかオレゴンに心配するなって言付けを頼んだ。身勝手だよな。無理に決まってる。分かりきった事だ。……ごめん。俺の所為なんだ。エイラが捕らわれのままなのは」
ずっとためらっていた事を口にした。直視して言えない臆病な自分を許して欲しい。
ナシャアとエイラは心を理解して信じ合う仲だ。互いの実力を認め合っている。ちょっぴり羨ましい関係である。
「俺がお前の所為だと言ったか?自分を責めるな。一人で抱え込むな。彼奴なら大丈夫だ」
振り返れば晴れ晴れとした笑顔が、少年を安堵させてくれようとしている。彼は心配と不安を胸の内に封じ込め隠す。
唇を引き結び拳を握り締める。
ジェーンは「まだ来ないな」と不自然な明るい声で言い、視線を先程と同じ扉へ向けた。
玉虫色の瞳を閉ざして揺らぐ心が落ち着くまで待つ。押し潰されそうな胸は苦しく、弱さが恨めしい。
受け入れ難い現実が重くのしかかり、気を抜けば心の平静を失いそうになる。
どんな言葉を投げかけられたとしても、やっぱり俺の所為だ。
微かな足音を聴覚が捉えてどんどん近づく。かなり急ぎ足で一旦音が扉の前で鳴りやむ。左右の扉が開いた。
瞼を上げて真っ先に目に入る。息を乱した男だった。
焦茶色の髪、凛々しい眉。彫りの深い目元に暗い青色の瞳は知性を宿す。
鼻筋はまっすぐで、軽く引き結ばれた唇が気難しく見せる。
精悍な顔立ちだ。彼が親指に嵌めた指輪は金で作ってある。
「貴公がジェーン・ルウファスか。過去に姿を目にした事はあった。このように話しかけたのは初めてだな。私はオレゴン・カノヴァントだ」
挨拶として握手を求めてくる。オレゴンの手を握って、信頼に値する人だと、ジェーンは推理や考察に頼らず直感的に知る。
「随分、時間がかかりましたね」
ナシャアが敬語を使う時は初対面の人か、自分より地位、階級、年齢が上の者と決まっている。
オレゴンの見目は三十代後半だが、実際の年齢は高い。
「王に話ができた所までは、順調な滑り出しであったと言えよう。しかし、ガストが反対した。その所為で王が迷われ判断が下せず、苦悩しておられた。中々此方の思うように進まなかった」
失敗か成功か、勇気を出して聞くべきだろう。尋ねたい事柄が頭をぐるぐる回って、結局口は違う言葉を話す。
「あの男を王は信頼しているんだな」
「シヴェルティアの魔術師なって以来、ガストは王に並ならぬ忠義を尽くしてきた。有能且つよき理解者だ」
あの男が誰かを察した彼は短く説明して本心で誉めた。
幾年にも渡り築き上げてきた関係は強固なものである。
ジェーンはユールとの溝を思い知る。あの頃は溝なんて考えもしなかった。
「有能さなら貴方様も劣っておりません」
一心に視線を送る先にはオレゴンがいて、あんな様子のナシャアを初めて目の当たりにした。理想の人に心が引かれ、憧憬を抱いている。
「私は有能とは程遠い。才能も能力もまだ未熟だ」
「何を仰るのです。魔術学校を首席で卒業し、二十一歳の若さで統率者に任命され、それから王と人々の信用を得て人望を集めた。リーダーとしての資質、カリスマ性……」
「ナシャア、誉めそやすのはやめて貰いたい」




