友達
法魔灰花。彼女にとって陣は血の繋がった我が子となっている。
十年前、偶然の運命で灰花が選ばれ、記憶は嘘と偽りで埋められた。
自分は陣として生きてきたが、この名前は真ではなく、この世界に生を授かった人間でもない。
原因と結果があって自分はここにいる。
灰花は毎日笑顔を見せてくれる。魔術でつくった記憶の所為で、別世界の人間、即ち他人を愛してしまった。
俺には温かい心を感じる資格なんかない――。
彼女が笑うと胸が痛くなった。そんな時は内にある感情を一度も外へ表さず隠した。
独りだと色々考えて思い出す。気づくと戻れるか分からない世界の事を懐かしむ。
「だーれーだ?」
急に視界が真っ黒になり心臓が跳ねた。ドアが開いた音、近づく足音も気配すらしなかった。
「目を隠すな。馬鹿爽夜」
「ブッブゥー。ハズレ。俺は馬鹿爽夜ではありません。正解は琴爽夜です」
肩に触れた手がくるりと陣を回してお互いが向き合う。
痩躯で背は高い。毛先は遊ぶように撥ねて、優しげな目元、すっとした鼻梁。口元を笑わせている。
ただ笑みを作っていれば、此奴は恰好いい部類に入るのだ。
灰花は爽夜に陣の友達だからという理由で家の合い鍵を渡していた。
「待ちきれなくて、上がっちゃいました。てへ」
「お前、恥ずかしくないのか」
「とっても恥ずかしいよ」
「じゃあ、やるな」
今時子供みたいな振る舞いができるのは此奴くらいだ。
「いい加減、肩の手をどかせ」
彼の手を除けてまっすぐな視線が突き刺さる。
「陣の瞳はどんなものより綺麗だ」
少年と出会い、初めて言われた言葉。未だ口にし続けていた。
爽夜には瞳が茶褐色ではなく、本当の色が見えているのだ。そう思ってしまう。
ここは魔術なんて存在せず、科学が進歩した世界。魔力のない者にはただの平凡な茶褐色に見える。
決まって同じ言葉を返す。
「異性に言え。爽夜なら一ころで落とせそうだな」
「落とせるかな」
肩を竦ませ声を立てて笑う。
「俺、これから朝食と昼食を兼ねたご飯の時間だから」
「早起きは三文の得ってことわざの意味は?」
「早起きするといい事があるだろ。そんな訳あるか」
存分に吐き捨てた。
おかずとスープを温め、ご飯をよそう。無事おなかは満たされたのだった。
片づけ終えた後、二人で外に行く。
暖房をつけていない室内も寒かったが外は倍寒い。吐く息は白色で寒気が身に沁みる。
体は震えて手と足がもうかじかむ。さっと吹いた風が顔面を冷やす。
道路は車が通過したタイヤの跡が残り、固くなった雪は凍っている。滑りやすくなっていた。
「暑いのは我慢できるけど、寒いのは無理だ。やっぱ、家に帰る」
寒さに縮こまる陣は家へ帰ろうとする。手首を掴まれ、爽夜によって動きを止められた。
「今更、怖くなったのかい?」
急に口調が変わった。
「はあ?」
始まったか……。
「僕達が結ばれる為には、駆け落ちしか方法がないんだよ。さぁ、行こう」
意味不明、理解不能な彼の劇が幕を開ける。
げんなりした目で見つめていると、冷えた手を頬に添えてきた。苛立つ。
「君は何も心配しなくていいんだ。僕を信じて、一緒にいてくれさえすれば」
手を剥ぐように取り陣は帰るべく歩き出す。
「待って、ちょっとふざけすぎた。ごめん。お願いだから家に帰らないでぇー!」
前を泣きそうな爽夜が阻む。左へ行き右へ行っても、潜り抜けようとしても邪魔された。
断念して家とは反対の道を進む。
「家に帰るとか言わないよな」