生意気な少年
映るもの全てが最高の造形美だ。
何も言わずリノは歩き出し、サロフが「こっち」とさりげなく腕を組み、引っ張ろうとしたのでジェーンは離れる。
少年が苦笑気味にくすっと笑う。
左右は長ったらしい廊下が続き、三人は右側の方を歩いていた。
アーチ型の窓が整然と並び、内部に明るい光が降り注ぐ。部屋数は城であるが故に数えきれない程、無駄に存在する。
十字架が彫られた扉の目前で二人がやっと足を止めた。
音を聞いていたのか、勢いよく開き男が姿を現した。
「リノ、サロフ。ご苦労だったな」
黒い制服の丈は長目だ。茶色の髪、瞳は葡萄酒を思わせ、濃い赤紫色をしている。
見た目は二十代後半だが、実年齢はエイラと同い年。
ジェーンと出会った頃から容貌が全く変化していない。
ぼんやりナシャアを目にして何か言葉を探す。どれが適切なのか迷い、表現できずにいる。
「おかえり。ジェーン」
その言葉が張り詰めていた心を溶かし、どんなに嬉しかった事か。だが、声を出さず黙っている。
ただいまと言った所で自分の居場所にはならないから――。
ナシャアは存在を確かめるように肩へ触れて抱き締めた。
「ただいまは?」
「苦しい、苦しい。離せ!」
どうにか手足をばたばた動かしても、きつく両腕で締めつけてくる。
「早く離して欲しければ、素直に〝ただいま〟と言うんだな」
「嫌だ」
「あくまで反抗するか。そんなお前をこうしてやる」
わざわざティーシャツの中へ手を入れて頻りに指を動かす。
脇腹の皮膚を刺激してむずむずする、笑い出したい感じを起こさせる。
リノは隠そうとせず「阿呆らしい」と呟き、サロフが「ナシャアさん。楽しんでるな」と見ている。
「ふふ、ハハ。こそ、ばゆい。やめろ」
「そろそろ言いたくなってきたか?おかえり」
「……」
くすぐるのをやめて「中へ入れ」と促した。
ナシャアが背を向き、とっさにローブを掴んでしまった。
「た、だいま……」
つっかえながらも少年は言葉にして俯く。大きな手が頭を撫で回す。髪がくしゃくしゃになった。
「あんたもエイラも変わっていない」
「いや、俺も彼奴も変わった。この国もな」
男の顔を見れなかった。きっと希望を忘れて絶望している。心が虚しくなる。
きっかけは何であれ時が人を国を変えた。
リーレだったリミュエールは変わった。
「皆、此奴がジェーン・ルウファスだ」
行き成りにやつくナシャアに背後をとられ、扉が開く入口から結構な力で押された。
前のめりに転びそうになって、足と体でバランスを保ち、体勢を立て直した。
数人の視線が自分へ注がれ、決まりの悪い思いをする。
室内は十分すぎる程広く、大きな磨かれた円卓をぐるりと彫刻入りの椅子が囲む。
壁には特別目を引く横長の風景画が掛かっている。
細かにたくさんの建物が描かれ、訪れた夕闇に染まる街並み。恐らくリーレだった頃に描かれたものだろう。
十年が経ち自分が知る景色がどれだけ、残っているのかこの目で確かめたい。圧倒的に変わってしまったものが多いはずだ。
ある少年と偶然目が合った。椅子に腰掛け清冽な雰囲気を漂わす。
癖のない淡く黄色い髪、冷たく光る青緑色の瞳。
顔のパーツが絶妙な位置に配置され、きりっとした美しさ、同時に男らしさを兼ね備えている。
「無遠慮に見つめ続けるな。女顔」
ぷつりとジェーンの中で何かが切れて、気づけば足が動いていた。
「お前、俺のコンプレックスを分かって言っているだろ」
鼻で笑い顔を背けた。彼の態度にかちんと来る。
胸座を掴むと、
「無駄な争いをけしかけるなんて、頭の悪い人間がやりそうだ」
哀れみと呆れを含む声音で言われた。




