予期せぬ再会
人体に及ぼす作用の所為である。甘い眠りは魔道書で知り、実際に初めてかけられた。
ジェーンは床を手と足を使い這って進む。
薄暗い牢屋の中に閉じ込められている。青黒い床と壁。
一本一本の鉄格子には魔術無効化の呪字が螺旋を描くように印される。あらゆる魔術の攻撃と破壊をも防ぐ。
右手の甲には魔力封じの印が浮き上がっていた。これを自力で破るか、誰かに解いて貰わなければ魔術が使えない。
魔術は魔力あって発動する。
「大きくなったな。ジェーン」
少年の正面には壁へ凭れる男がいて口元を笑わせた。
自分とは血で繋がる人。エイラ・シュラニフ。
ジェーンの父親。剣の魔術師でユールに仕える。
ウィザーが治めた時のリュミエールから、剣を持つ一族が王族を守り仕えていた。
強い魔力を身に宿す者達は生まれながらに、魔術師となる運命を義務づけられ、いつしか剣を持つ一族は〝剣の魔術師〟と呼ばれるようになった。
魔術師は掟に従い、最初に親がつけた名を捨てる。故に家族でも姓は異なり、例外は王家の人間だ。
魔道の心得がある者でも元より祖先から、代々姓を重んじて改名しない。
「あんたはあの時から少しも変わっていないな」
口は開き声を発した。
魔術界の人間は現世界の人間と違い、二十を過ぎると老化が緩やかに進む。四十代となっても二十代の時と見た目は、変わらず同じである。
老化が遅い為、その分寿命は長い。
「現世界はいい所か?」
ジェーンとは正反対の金髪。玉虫色の瞳は純血である証。目元はきりっとして女顔ではなく端麗である。
袖無しの青いローブに白と紺と金色を基調とした衣服。好みで着用していた。
「ああ、いい所だ」
「退屈しなかったか」
「5824冊の魔道書の御陰で退屈しなかった」
別れ際に無限に本が収められる、キューブを渡された。その中には蔵書室になっており、外から見れば立方体だが、呪文を唱え内へ入れば広大無辺な空間がある。
時間の余裕な時は必ず魔道書を読み、勉強だけはやった。
七歳の誕生日に向けて早くから用意してくれた贈り物だった。大量の魔道書を集めてくれた事が嬉しい。今は現世界に置いたままだ。
時空の扉に複雑な術式で封印を施した者こそエイラであった。
「どうしてブイオにいるんだ」
「おお、偉い。情報収集をしたのか」
牢屋内なのに平然として、くつろいでさえいた。
「昨日、セナードが『時空の扉が明日私の力によって破られる』とわざわざ僕の元へ教えに来た。『私とジェーンを繋ぐ楔になれ。おとなしく捕まれば、穢らわしい王族の命は一時の間だけ安全だ』彼は本気で王の命を奪おうとした。僕の力でも荷が重い程、魔術は強力になっていた」
「要するに何だ。早く話せよ」
口調を荒げた少年は苛立ちを押さえ、歯を噛み締めた。
エイラは口を閉ざしている。
「王の命を守りたいから仕方なく、人質になってるのか」
男が左右に首を振った。
「じゃあ、何の為に」
「ジェーンの為だ」
「……」
言葉を失って心臓が掴まれたような痛みを感じた。
「セナードは僕が役目を放棄すれば、黒呪を発動させると告げた。お前をあんな忌々しい呪いで苦しめたくない」
レベイユは王子を殺める為、ナイフに黒呪を組み込んだ。王子を守ろうと代わりに刺され、ジェーンの腹部には黒い紋様として呪いが表れている。
「人質なんかやめて逃げろ。あんたなら力が抑えられていたとしても、こんな檻なんか壊せる。レベイユは神力の器である俺を殺せない。力を欲しているからだ」
現世界に逃れる前、レベイユは『腐った世を変えられるのはお前だ』とジェーンを守るエイラから奪い去ろうとした。
エイラの方に分があり、あの時はレベイユを負かす事ができた。
言葉の意味は全部理解している訳ではないが、神力を手にしたがっていた。
「責任を感じているだけだ。血が繋がった俺という存在の所為で……。楔の役目なんか放棄しろ。黒呪の苦しみなんか耐えてやる」
ジェーンをブイオに寄せつける、あるいは足留めさせる理由で、入念にエイラを楔、人質として用意した。
「お前は優しいな。自分の心配より僕の心配か。有り難う」
そんな言葉をかけられると胸が息苦しく痛む。昔も今もその言葉をかけて貰える資格はない。
エイラを父親だと思っているが、一度も「父さん」と呼んだ事はなかった。あの人に関して母親だと思わなかった。
「せっかくまた会えたのに再会の抱擁ができないな。とても残念だ」
「さらっと気持ち悪い事を言うな」




