二人目の追っ手
「ジョベンヌちゃん。宙吊りにしなさい」
無情に引っ張り、地でしたたか体を打ち手を握る。
宙へ上がっていき服が捲れた。腹部に浮き出る黒い紋様が露わになる。
開いた目みたいな形を六つの六芒星が囲み、二重でびっしり表れる呪字は全て呪い。
所々にある白い呪字は呪いを抑える、清らかで神聖な意味を持つ。
ウサギはジェーンを持ち上げ微動だにせず、小さな体で立つ。あれは魔力を想像で具現化させたものだ。常軌を逸している。
頭に血が上り始めた。
「羨ましいですわ。細くくびれたウェストが」
「……じろじろ見るな。変態」
「まあ、変態だなんて心外ですわ。ただ私はルウファス様の美しさに、目を奪われていますのよ。艶やかな黒い髪、玉虫色の瞳、均整がとれたお顔、潤いある肌。どれを見ても素敵で眩しく目眩がします」
こめかみを押さえ、わざわざ膝を折り座り込む。
一言も話す言葉が脳裏に浮かばない。声が左から右へ通過していく。その理由は単にリブルについていけないからだ。
「降参して下さい。これ以上、手荒な真似をしたくありません」
「俺は諦めが悪いんだ!」
身を捻り投げつけた。宙吊りにされる寸前に手の中で握った、煉瓦の欠片はウサギの耳に当たる。それだけで十分だった。
巻きつく手が緩まって、ジェーンは真っ逆様に落ちる。両手を突いて軽く跳ぶ。体を丸めたまましゃがみ込んだ状態で着地。
着地した影響で手の平がじんと痛む。どうにか体が動いた事に安堵して、精神の集中を高める。
「リョマ・ツオ・キクセノ・レグン」
宙に赤色の五芒星が形成され、幾つもの紅蓮の炎がウサギを襲う。
火魔術に部類され、紅蓮炎と呼ばれる。
あっという間に炎に包まれて、原形を失い魔力を焼き尽くした。
「よくも私が、お気に入りのジョベンヌちゃんを消し去りましたわね」
怒りで頬を紅潮させ口が動く。直に呪文を言い終え、攻撃系の魔術が発動してしまう。
ジェーンは紅蓮炎を成功させたが、魔力のコントロールを誤って予測より、消耗してしまった。
気づけば自分は魔道の勉強に明け暮れて、様々な魔術を特訓して収得した。
こんなに早く疲れは感じなかった。魔力が半分しかない事が影響していると思う。やはり感覚は大切なのだ。
一度目は防ぎきれるが二度目はきつい。
甘い香りがして危機感に従い息を止める。
ふらついたリブルは呪文の途中で、ぱたりと倒れ眠ってしまった。
少し吸ったジェーンは眠気に襲われる。まだ意識は保てられた。
「リブル、手柄は俺が頂いた」
近づいて来る少年は水色の髪で声に覚えがある。
挑戦的でどこか小馬鹿にした響き。鼻筋と顎がしゅっとして目つきは鋭い。
ルア・ソナタだ。
「息を止める抵抗なんて長く続かない。苦しいだけだろ」
甘い眠りは術者以外を甘ったるい香りで眠気を催させ、体と意識の活動を一時的に休止した状態にする。
「息を吸って楽になれ」
その言葉は魅惑的で誘惑している。
苦しい。ただ苦しい。
ルアは満面に笑む。確実にジェーンが息を吸うと分かっているからだ。
気づけば苦しさから逃れる為に息を吸い込んでいた。
香りが頭をぼんやりとさせ、思考が停止する。頭がくらくらしてその場で膝を折り倒れた。
少年は激しい睡魔に負けてしまった。
誰かが必死で名前を呼ぶ。
「ジェーン、ジェーン」と。
意識ははっきりしていたが、重い瞼を意思で開けたくても、薄目にすらならずもどかしい。少しでも気を抜けば、意識を手放してしまいそうで、甘い眠りの効力は強力だ。
この声を知っている。とても心配げな声――。
あの日、最後に聞いた声と同じだった。
「起きろ。ジェーン」
かっと瞼が開き頬と手に当たる床は冷たい。
起き上がろうとし、手に力が入らず無理だ。
眠らせた相手をすぐに行動させない為、暫く動きを封じる。




