休日
うるさい音が鳴っていた。携帯電話が着信を告げる音だ。
少年は目を覚ます。それでも無視した。
一旦着信が切れて再び鳴る。うっとうしい程繰り返され、遂に我慢の限界を超えた。
起き上がりベッドから下りて、わざわざ机上にある携帯に出た。
啜り泣く声が聞こえてくる。
『どうして…どう、して。もっと早く出てくれないの。貴方を忘れられない。昨日まであんなにも、愛し合っていたじゃない』
「朝っぱらから何のようだ?爽夜。しつこい嫌がらせの電話を飽きず毎度毎度しやがって……。留守電に残して置けばいいだろ」
琴爽夜。同じ高校に通うクラスメート。しかも家が隣近所である。
『だって、愛しの陣様のお声を携帯越しからでも、聞きたかったの。ダメ?』
わざと高く可愛らしい声音を作る。爽夜は根っからふざけた人間だ。
「あっそう」
冷え切った口調の法魔陣が携帯を切ろうとする。
『今、ひょっとして切ろうなんて思った。せっかく繋がったのに。お願いだからそれだけはダメ。絶対ダメ』
慌てた彼は〝あっそう〟と言われたら、危ないと学んでいた為、取り返しがつかなくなる直前に釘をさした。
「で、何の用だ」
即刻切りたいが渋々繋いだままにする。
『用件を述べる前に一つ訂正。現在は朝っぱらではありません。午後12時30分を回っています。陣はお寝坊さんだね。いけない子!』
「その言葉のチョイスをやめろ。聞いたこっちが恥ずかしい。高校に行く日はしっかり起きて、遅刻なしだから問題ない。休日に遅くまで寝ているのは俺の勝手だ」
部屋の時計で確認した時間は確かに午前ではなく午後だ。爽夜から休日に電話がかかってくると、大抵似たような話になる。人の話はたわいない、とりとめない繰り返しだ。
『昨日、俺が遊びに行こうって誘っただろ。でも、無情な陣は断ったよね。今日は出かけよう。いいよな』
「どれだけ俺と遊びたいんだよ。小学生か。昨日は断ったけど、大抵の土曜日は爽夜に譲歩してるつもりだ。基本的に日曜日は家から出ないと決めている。明日学校だし、ゆっくり自室で過ごしたい。何より面倒くさい」
陣が断る時に使う言葉だった。
『平然とよくも本音を述べられるな。誘う方の身になれよ。純粋な心が何度割れた事か。友達と共に過ごす時を大切にしたい、そんな俺の思いは通じず……。ああー。なんて皮肉』
爽夜は悲しみに嘆き、落胆している。
今すぐに携帯電話を切りたい。できない訳は憎めないからだ。溜息をついて自分の甘さが恨めしく嫌になる。こんな気持ちは数知れず経験した。
「どこへ行きたいんだ」
『なんて君は優しいのだろう。感激して涙が出てきた』
「お前、大げさな言い表しが本当に好きだな」
出会った当初から変わらず、不真面目でふざけた態度。頭がおかしいはずなのに成績はそこそこいい。
「えっ。陣、俺の事が好きだって!?」
「やっぱ、家でゆっくり過ご……」
『今のは冗談。聞き流せよ』
「笑い難い冗談だな。行く当ては?」
『ない』
一言の即答に頭が痛くなる。琴爽夜という人間は殆どノープランで生きている。
『当てはなくても自由奔放な散歩をしよう。よし、決まりだね』
行き先を定めない少年は陣の返答を聞かず、自分からかけておいて一方的に切った。
待ち合わせ場所も時間さえ決めていなかった。どうせ、数分後には家へ押しかけて来る。
考えなくても目に見えた。
「彼奴は勝手な奴だ」
小さく呟き吐息が出る。
カーテンから光が漏れ、開けると窓の外は雪が積もっていた。屋根や道もどこもかしこも。
道理で寒い……。
昨夜から降り始めた雪はいつやんだのか、白く染まる空はその内また降りそうだ。
身震いして寝巻きからティーシャツ、ジーンズに着替え、ダウンジャケットを羽織り自室を出た。
あくびを噛み殺して陣は洗面所へ入った。
故意に冷たい水で顔を洗い、眠気が一気に吹き飛ぶ。
伸びた黒髪にできた寝癖を直し、嫌でも鏡に映る自分が見えた。
男らしさのない女顔だ。艶やかな髪。ぱっちりした目と鼻は整い、柔らかそうな頬に唇。
背は低く体つきはほっそりし、どちらかといえば華奢だ。
以前から街中へ行くと女に間違われ、同姓に異性と見られる屈辱は耐え難い。
無理やり思考を打ち切ってドアを開けた。
キッチンは静けさに支配される。それもそのはず今、家にいる者は陣だけだ。
テーブルに置いてある紙にメッセージが書かれていた。
『朝食は冷蔵庫の中だから、温めて食べなさい。ご飯と鍋のスープもね。陣が食べる頃には、昼食になっていると思うけど』