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第六話『視線』

「なんか嬉しそうだね」

 金曜日の放課後、帰り支度をするましろに真琴が言った。本人は全く意識していなかったが、そう指摘されてみれば、確かに頬が緩んでいるような気がしてくる。

「何かあるわけ?」

「明日、紗枝ちゃんと出かける」

「おおー」

「なに?」

「いや、きみもそういうことするんだな、と」

 真琴はましろのことを、どこかサイボーグのような人間だと思っていた。とにかく自分以外のことには無頓着で、感情が希薄で、必要最低限のことしかしない人間だと思っていた。それはカードの件でもそうだし、ましろの提案を受けてそれなりの付き合い(と言ってもまだ一週間に満たない)をしていても払拭されないイメージだ。

「わたしをなんだと思ってるの?」

「サイボーグか何かだと思ってた」

「ああ……」

 それはふつうなら怒って然るべき比喩だったが、ましろはむしろ納得した。自分でも納得できるその比喩は、まわりの人からすればかなり信憑性のあることなのかもしれなかった。

 予想外のリアクションだったらしく、真琴は意外そうにましろを見ている。ましろはそんな真琴を無視して、カバンを持って歩きだした。真琴は慌ててましろの後ろについて歩く。

「怒らないの?」

「どうして?」

「どうしてって……」

 困惑する真琴に、ましろはほんの少し、自分でも気づかないほどかすかに笑った。

「言われてみればその通りだし、怒るような気分にはならない」

 以前の自分だったら怒ったんだろうな、と思って、以前の自分ならそんなことは言われないことに気づいた。やはり自分は変わってしまったのだと、ましろは改めて実感する。

「有沢はずっとそんななのか?」

「どういう意味?」

「いや……なんか、こんなこと言うと本当に怒られそうだけど、本当はもっと明るいやつなんじゃないかと思って」

「どうして?」

 紗枝にも言われたが、ましろにはどうしてそんなことがわかるのか疑問だった。まだここに通い出してから一週間も経っていない。たったそれだけの付き合いで、どうして「本当」を見ることができるのだろう。ましろにしてみれば、今のましろが「本当」だというのに。紗枝にいたっては、たった一日でそれを指摘して見せた。

「そんな雰囲気がある」

 よくわかんないけどさ――真琴はそう言って、「あーあ」と上を見上げた。ましろも上を見てみたが、そこはいたってふつうの天井だった。

「どうかした?」

「いや、別に」

 真琴は首を振って、視線を落とした。「明るい有沢と話したい」など、それこそ言ってはいけないことだった。それくらいのことは真琴にもわかった。

「ところで金城くん、あれから何かあった?」

 真琴はましろの質問の意図をすぐに理解した。

「いや、これといってなにも。学校にはいないのかもしれない」

 ましろの提案を受けた真琴は、常にあの「携帯」を使用している。それ自体は全く負担にならないし、むしろその用途を考えると常時起動しているのが当たり前である。

「そう」

 それはましろにとって安心できる情報なのか、それとも落胆するべき情報なのかは判断できなかった。目的を果たすためにはカードを持つ者に会う必要があるが、それは同時に戦闘になることを意味している。ましろは別に戦いたいわけではないのだ。

 願いたいことができてしまった。

 ただそれだけのことだ。

 戦わなくてもよいなら、それに越したことはない。

「――――っ!」

 不意に、ましろは背後から気持ちの悪い雰囲気を感じ取り、普段の彼女からは想像もできないほど機敏な動作で振りかえった。

「え、どうした?」

 真琴もましろにつられて後ろを見たが、そこには学校の廊下の日常があった。これから部活や帰路につく生徒、これからまた一仕事するのかと少し疲れた表情の先生。そして突然前を向いていたふたりが振り返り、虚を突かれて驚きを隠すことができない雪子がいる。

「どうしたの? ふたりとも。有沢さんなんか怖い顔しちゃって」

 まわりには本当に不審なものはなく、確かに感じたあの妙な感覚も、もしかしたら勘違いだったのではないかとも思えた。ましろは雪子を無視してしばらく廊下の様子をうかがっていたが、異変の見つからない廊下に怪訝な目を向けつつも「なんでもありません」と答えた。

「そ、そう?」

 戸惑う雪子を黙殺し、ましろは早足に歩きだした。真琴はさすがにあいさつをしてから、ましろの後を追った。階段の踊り場でとなりに並び、真琴はややわざとらしくため息をついた。

「さっきはどうしたの?」

「後ろから嫌な視線みたいなの感じた」

「今も?」

「今はない。たぶんわたしが気づいたからだと思う」

「なんだったんだろうね」

「わからない」

 とは言うものの、ましろにはそうされる理由がひとつだけあった。つまり、カードのことだ。もしこの学校にカードを集めている人物がいるのなら、ましろが標的になってもおかしくはない。しかし真琴が調べたところによると、学校にカードを持ちこんでいるのはましろだけだということだった。

「だけど、あくまでそれは持ってきている人だけだからね。家に帰ればどうかはわからないよ。それに……」

 真琴はそこで言葉を切った。どうしたのかと思ったましろだったが、単純にまわりに人が増えてきていて、会話が周りに聞かれないようにするためだったのだと気づいた。

「……相手が気づいて、ぼくたちが気づけない理由もわからない」

 やや声をひそめ、真琴は続けた。

「そう、だね」

 カードの位置を調べるカードがあるように、この手の調査に優れたカードがあるのかもしれない――そういう疑いは常にある。カードに限らず、「リアル」の技術で調べられたという可能性も否定できることではなかった。ましろはそれらの可能性を考察し、どういう状況に置かれているかを推理できるほど、カードのことを理解しているわけではない。むしろ無知に近い段階でさえある。

 ふたりは昇降口までさしかかると、さすがにカードのことは話さなくなった。もうそこに至ると「じゃあ」とか「また」とか、そういう定型的なあいさつをして別れるのみとなる。そしてふたりはその流れにそって、校舎から出て、校門まで微妙な間を開けて歩き、校舎から出るとすぐにそれぞれの方向へ歩きだした。

 特に誰といっしょに帰るでもなく、話すでもなく、どこへ寄るでもなく、ましろはまっすぐ帰宅した。家に着いたころには、学校で感じた妙な視線のことは頭の片隅に追いやられ、それよりも明日のことが彼女の頭の中を支配した。そのことに気づいたましろは、自分の気楽さに呆れたが、しかしどうすることもできなかった。

 あの日以来、このような気分になったのは初めてのことだった。部屋にいる時もなんとなく顔はニヤけてしまい、それまでの自分とはまったく違うものになったように感じた。そのニヤけっぷりは、帰ってきた祖父母の驚いた顔に象徴されている。

 以前の――まだ「ふつう」の生活をしていた時のような、あの頃の自分に戻ったような気分だった。とはいえしかし、それでまたもとの自分に戻るかと問われれば、それは否と答えるのだろうが。そこまで自分というものが変わるとは――ましろには思えなかった。所詮は一過性のものだろうと、冷静に自分を見る目も感じている。

 冷静さと興奮の中間の緩んだ顔を撫でつつ、ましろはそんな風なことを考え、呆れたようにため息をついた。

明 日はどんな服を着て行こうか、ふわふわした心持で、ましろはベッドに潜った。


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