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第三話『狙う者』

「きみのカード、ぼくにくれないかな?」

 そう言っておもむろに取り出したカード、真琴はその表面――絵の側をましろに向けた。そのカードに描かれた絵は、ましろのところからはよくわからなかったが、黒い何かが見えた。

「カード? なんのこと?」

「誤魔化そうたってムダだよ。その胸のポケットに入ってるの、カードでしょ?」

 ましろはとっさに、右手で左胸のポケットを押さえた。それはもはや、真琴の言うことを肯定しているようなものだった。その証拠に、ましろが胸を押さえたのを見て、真琴は唇をつり上げた。

「あげないって言ったら?」

「うーん……ぼくとしては女の子に手を上げたくないんだけどなぁ」

「そっか、優しいんだね」

「まあね」

 大きくため息をついて、ましろは胸のポケットからカードを抜いた。ましろがカードを使うのは、これで三度目だった。一度目は三カ月前のあの日。二度目は、休日になんとなく手に取った時だった。

「カードはあげられない。わたしはわたしのやることがあるから」

 ましろがカードを胸の前に掲げる。

 どくん――

 カードが脈打ち、その鼓動をましろに伝える。

「出番だよ。〝ハーティ〟」

「ハーティ?」

 真琴が怪訝そうな目でましろを見る。

 ましろの持つカードから、銀色の巨体が跳び出した。四肢と頭に淡く青白い光を放つ装甲を纏った銀狼が、ましろを守るように立ちふさがる。剣呑な赤い目が真琴ににらみを利かせる。

「な……なんだよそれ!」

 先に挑んできたはずの真琴は、しかし、この〝ハーティ〟という銀狼を前に、焦りというよりも恐怖を抱いていた。

「何って……カードを使えばこうなる。当たり前でしょ?」

 カードを使えば、カードに描かれたモンスターが現実に具現化される。それを駆使して相手のカードを奪う――それが、この〝カードゲーム〟のルールだ。それをこの三カ月の間に考え、理解した。

 そして、それを使うことを決めた。

「な……待て! 待ってくれ、そんなもの、ぼくが死ぬだろ!」

 真琴はカードを足元に置いて、数歩後ろに下がった。もはや保健室を出て、廊下で必死にわめいている。

「これはそういうものでしょ? ほら、金城くんも出せば?」

「ぼくのはそこにあるカードだけだよ。もうカードをくれなんて言わないから、頼むからそいつをひっこめてくれ」

 真琴の体はがくがくと震え、言っていることが嘘のようには見えない。だがましろはそれでも疑いの目を向け、じっと真琴を見つめた。

「ハーティ、カード持ってきて」

 ハーティは喉を鳴らし、真琴が置いたカードを器用にくわえて、ましろのひざの上に置いた。まことはハーティのあごを撫で、ハーティをカードに戻した。ましろはひざの上に置かれたカードを手に取り、そこに描かれた絵を眺める。

「金城くん、とりあえずこっちに来てよ」

 真琴はためらいながらもうなずいて、恐る恐るベッドのとなりに置かれている椅子に座った。ギシッ、と椅子が軋んだ音を出す。

「どうしてわたしがカードを持ってるってわかったの?」

 ましろはカードをポケットに入れていたが、家を出てからは一度も外へは出していない。真琴がどうやってましろがカードを持っているのかを知ったのか、それは今後のましろの生活に大きな影響がある。

 教室では見せなかった鋭い視線に、真琴はたじろいだ。それと同時に、どういう環境にいればそんな目ができるのだと、目の前の少女に恐れを抱いた。

「それは……その、そのカードだよ」

 ましろがひらひらともてあそぶカードを指差し、真琴は遠慮がちに言う。

「これ?」

 ひざの上にカードを置く。携帯電話のようなものが描かれたカードを真琴が手に取ると、それはましろの目の前で、彼女が気づかないうちにカードに描かれた携帯電話となった。その携帯電話は折り畳み式の黒い機種で、一見すればふつうの携帯電話と区別がつかない。

「スマホじゃないんだ」

「ツッコミどころはそこじゃないだろ? とにかく、このケータイを使えばカードの位置がわかるんだ」

 カチカチと真琴が携帯電話を操作し、ディスプレイをましろに示す。黒い携帯電話のディスプレイには白いラインが五目目状に広がり、中央には青い点がひとつ、そのちょうど真上に赤い点がひとつ点滅している。

「青い点がこのケータイで、赤がきみのカードだよ。それから――」

 もう一度真琴が携帯電話を操作してディスプレイを見せると、そこに表示されているのはましろの上半身が映った画像だった。その画像では、ましろの左の胸が赤く表示されている。

 画像を見たましろは露骨に不機嫌そうな顔になり、じっとりとした目を真琴に向けた。

「隠し撮り?」

「違う! そういう機能があるんだ」

「つまりその機能を使ってわたしがどこにカードをしまってるかもわかったわけね」

 真琴はうなずき、携帯電話をカードに戻してましろに渡した。このカードの所有権はすでに、真琴からましろに移っている。もはや自分のものではなくなったカードを見て、けれど、真琴はどこか安心していた。それはましろが召喚した銀狼を見たからで、命の危機を感じたからに他ならなかった。

 だが彼は知らない。

 一度触れてしまった世界から目をそらすことは困難で、その意思に関わらず巻き込まれてしまうという事実を彼は知らない。知らないからこそ彼は、心のどこかで安心していたのである。

 集めなくて良かった。

 手放せて良かった。

 そう考えていたのである。

「わたしの他に、誰かカードを持ってる人はいる?」

「いや、ぼくが知ってるのはきみだけだよ。もちろん、ぼくがそのケータイを使ってない時に接近していたってことも考えられるし、使っていても範囲外にカードがあったとも考えられる」

「範囲はどれくらいなの?」

「そんなに広くないと思うけど、はっきりしたことはわからないよ。実験ができるわけでもないしね」

 真琴が自分のカード以外を見たのは、実のところこれが初めてだ。もちろんそれは「現物のカード」という意味で、レーダーには学校外では何度か表示されている。編入してきたましろがもしかしたらカードを持っているかもしれない――その程度の考えでカードを使用してみたら、本当に持っていた。今回の件はそれだけのことだった。

 行き当たりばったり、偶然の産物でしかない。

「ふぅん……」

 ましろがあいまいにうなずいた時、保健室の戸が開いて、

「ましろちゃん、調子どう?」

 と、紗枝が帰還した。だが校医らしい人は連れていなかった。「ごめんねー。見つかんなかった」と頭をかきながら、紗枝は舌を出した。

「あれ、マコちゃんじゃん」

 意外な人物に紗枝はわざとらしく驚いて見せる。ましろは「マコちゃん」という呼称はどうかと思ったが、新参者の自分が指摘するのも変だろうと何も言わなかった。そう思わなくても、きっと指摘しなかっただろう。

「マコちゃんはやめろ」

 嫌そうに顔をしかめる。

「どうしてマコちゃんなの?」

 あくまで円滑な会話のために聞いた。真琴は何も言わなかったが、紗枝はどこか楽しげに「真琴って女の子っぽい名前じゃん?」と言う。

「別にそうでもないと思うけど」

「漢字がな……」

 真琴が諦めたように言った。

「そうなんだ。じゃあわたしもマコちゃんって呼ぼうか?」

「それはやめてくれ」

 真琴はうなだれて、紗枝は笑った。ましろはどうしたら良いかわからず、ふたりの反応をながめた。きっと笑えば良いのだ――彼女の心はそう訴えるのだが、ましろの表情筋は動かなかった。

 自分が取り残されてしまった感覚――ましろはその感覚に対して自覚的だった。三カ月前の事件が自分に残した影響の大きさ。それを改善できない自分の弱さ。

 それが恨めしい。

 唇を固く結んで、ましろはうつむいてしまった。紗枝がそれに気づきかけた時、昼休みの終わりを知らせる予鈴が響き、それはうやむやになった。

「大丈夫そうだし、教室戻ろっか」

 紗枝が立ち上がり、ふたりを促す。ふたりもうなずいて紗枝に遅れて保健室を出た。

「金城くん」

 紗枝には聞こえない程度の声で真琴を呼ぶ。

「真琴でいいよ、もう。でもマコちゃんはダメだけど」

 小声で返す。

「話したいことがあるから、放課後、ちょっと残っててくれるかな?」

 ましろの申し出に、真琴は少し間を開けてうなずいた。

「わかった。でも教室はいつも人が残ってるから、屋上に出る階段にしよう。あそこなら人は少ないから」

「いいよ」

 ましろにとって場所はどこでも良かった。人に聞かれないことが条件だが、確かにその場所なら教室よりも安全だ。

 紗枝が振りかえってふたりを急かし、真琴は小走りで紗枝のとなりに並んだ。ましろはそんなふたりの背中をなんとなく寂しそうに追いかけた。

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