第一話『世界が死んだ日』
今回は第一話記念で大増量(当社比)
この小説は挿絵が挿入されることがあります。
「大貴!」
昇降口から出て行こうとする幼馴染みを見つけ、有沢ましろは階段を駆け降りた。今まさに靴を履き終えたところだった大石大貴は立ち止まり、幼馴染が来るのを待った。
「ましろか。今日は部活ないのか?」
ましろは上履きを脱ぎ、下駄箱の一番上にある自分の下駄箱を背伸びして開ける。すると大貴が何も言わずに、下駄箱からましろのローファーを下ろし、彼女が手に持っていた上履きを下駄箱に入れた。
「うん。だからさ、ちょっとカラオケにでも行かない?」
「俺はパス」
大貴は即答して、足早に校舎を出た。
「待ってよー」
慌てて追いかけて、ましろは大貴のとなりに並ぶ。大貴はましろがとなりに並んでも特に何も言わず、そのまま前を見て歩いた。
「いいじゃん。久々の休みなんだしさー」
ましろは大貴の袖をつかみ、自分よりもずっと背の高い大貴を見上げる。ましろの身長がそもそも小さいのだが、大貴は大貴でクラスの中では大きい部類の少年だった。
「お前、俺が歌下手なのを知ってるだろ。うまいお前とカラオケなんて行った日には実力差で泣きたくなるわ」
ましろは合唱部に入っていて、歌はそれなりにうまかった。「合唱とカラオケは違うよ」と大貴には言っているのだが、大貴はそうは思わないらしい。あまり歌がうまくない人にしてみれば、どちらにしても同じことなのかもしれなかった。
大貴だって音痴ってわけじゃないのになー、と口の中で文句を言いながら、仕方ないかと諦めた。
「まあいいや。久々に大貴といっしょに帰れるし」
「お前ははやく彼氏のひとりくらい作れば?」
にこにことして話すましろに、大貴は呆れたようにため息をついた。ましろはむぅ、と頬を膨らませて、大貴の脇腹を小突く。
「大貴にだっていないじゃん」
「俺は良いんだよ。別に彼女がほしいとか……思ったことない」
一瞬、大貴の視線が泳いだが、ましろはそれには気づかなかった。
「大貴はそうだろうねぇ」
大貴はいつもそうだった。もてないわけではないから、そういう機会は何度かあったものの、女の子からの告白は全て断っていた。あまりに誰とも付き合わないため、クラスではたまに大貴がゲイなのではないかとネタにするが、その度に大貴は「俺は女子が好きだ」と恥ずかしげもなく明言する。そのくせ、彼女を作らないわけだが。
「わたしも彼氏とかはいいかなー」
その言葉の裏に、口には出せない乙女のようなことを考えていることを、自分だけは知っている。いずれ口にする日が来るのだろうかと、胸の奥の少女がささやく。
「ふうん」
なんとなく無言になって、赤信号につかまるまで、ふたりは何もしゃべらなかった。こういうことは珍しくもなかったし、ましろは無言で歩く時間も嫌いではなかった。
信号は赤になっているが、それに反して車の通行は少ない。まるで思い出したように車が一台通過して、それからまた静かになる。
「あ、そうだ大貴。えっとなんだっけ……そうそう、最近噂になってるピエロって知ってる?」
「ピエロ?」
「うん。なんでも神出鬼没のピエロがいるんだって」
その噂は半年、いや、一年ほど前から出回っている噂だ。
曰く。そのピエロはおおよそあり得ない場所に出現する。ある日北海道に出たとしたら、その翌日には沖縄に現れ、さらに三十分後には東京に姿を表す。
曰く。そのピエロは奇妙なカードをばらまく。
曰く。より多くそのカードを集め、そのピエロとの再会を果たした時、ピエロはその者の願いを叶える。
胡散臭いと言えば胡散臭い、都市伝説の域を出ない噂話だ。都市伝説としても心もとないもので、そんなものが一年近くも流布されているということが大貴には信じられなかった。
「何それ。ましろは信じてるのか?」
信号が青に変わり、車が通らない交差点で律義に待っていたふたりが歩きだす。
「ううん、でもクラスの子たちが話してたから、もしかして大貴も知ってるかなーって」
この噂話が仮に本当だとすれば、そのカードがテレビなどで報道されていたもおかしくないはずだ。しかし現在、そのような報道はなされていない。ネットでは話題になっているようだが、あまりネットになじみのないましろにはよくわからなかった。
「だいたい、突然そんな変なカードもらっても困るだけだ。願いなんて叶えてくれなくていいから、俺の前には現れないでもらいたいね。取り合いになって争いになるかもしれないなんてごめんだ」
「あ、そういうこともあるか」
「あるだろ」
ましろはただ、自分なら何を叶えてもらおうかな、くらいにしか考えていなかった。より多くのカードを集めるということは、すなわち取り合うということに思い至らなかった。そのあたり、ましろは平和な思考の持ち主だった。
そこからは合唱部の先輩の愚痴だとか、クラスメートの話をしながら帰路についた。ふたりの家はとても近く、五分も歩けばお互いの家を行き来できるくらいの距離だ。いっしょに帰る時には同じ場所で別れ、この日もその場所までいっしょに歩いた。
「じゃあ、また明日」
交差点に着いたところで、大貴が言った。
「あ、大貴。明日うちで焼き肉やるんだけど、大貴もうちで食べない?」
「いいのか?」
「もちろん」
「じゃあ邪魔するよ。おばちゃんによろしく言っといて」
「うん、わかった。それじゃあまた明日」
「ああ。また明日」
しばらく大貴の後ろ姿を見送って、大貴が角を折れるのを確認してから、ましろはもうすぐそこにある自宅に入った。
いつも別れる場所、そこはほぼましろの家の前と言って良い場所だ。いや、まさしくその通りの場所だ。大貴はそれについては何も言わず、それが当然であるようにここまでいっしょに帰ってくるのだ。それが大貴にとって遠回りの道のりであるということはないのだが、一度くらいお礼を言ってみても良いかもしれない。
そんなことを思った。
ただしそれを実行する機会は訪れなかった。
部活が思っていたよりも長引き、ましろが学校を出たのは日が沈んでしまった後のことだった。休憩時間中に大貴には連絡をして先に帰ってもらったものの、この分では焼き肉を楽しむ時間もあまり長くは取れないのかもしれない。究極的には大貴を家に泊めればいいのだが、さすがにこの年になってそれをするのはやや抵抗があるし、たかが焼き肉でそれをするのもはばかられた。
とにかく、家にみんなを待たせているのは明らかで、ましろは必死になって走った。合唱部でもランニングなどの基礎トレーニングはあって、体力にはそこそこの自信があった。
家に向かう途中の最後の信号に捕まった。
「あーもう! こんな時に」
と。
じゃり、という足音とともに、誰かがましろのとなりに並んだ。珍しい、そう思ったと同時に、となりに並んでいる誰かがましろに声をかけた。
「急がば回れ、と言うじゃあありませんか。落ち着きましょう。お嬢さん」
「え? あ、はあ……」
曖昧に返事をして、やけに高い位置から声が聞こえた人物を見上げる。
「――――っ!」
そこに立っていたのは、まぎれもないピエロだった。ピエロは顔を白く塗り、目と口の輪郭を紫色の線で縁取っている。赤と黒の服を着、赤い手袋をはめている。ましろが知っているピエロとは配色が異なるが、どこからどう見ても、それはピエロだった。
そのピエロはかなりの長身で、体は細い。ましろはそのピエロから妙な威圧感のようなものを感じた。
「ふふ。どうかしましたか? お嬢さん」
ピエロが粘り気のある笑みを浮かべながら、ましろを見下ろす。
――曰く。そのピエロは神出鬼没である。
「いえ……なんでもありません」
ましろは何も言えず、ピエロから視線をそらした。頭の中ではあの噂がぐるぐると回っているが、ピエロがそれらしいカードを取りだす様子はない。何かわたしが知らない条件があるのだろうか、そんな風に考えたが、カードが欲しいわけではないことに気づくと、今度はどうしてここにいるのかが疑問になった。
ぼんやりとそれについて考えていると、とんとん、と肩を叩かれた。
「青信号ですよ、お嬢さん」
ピエロはやはり粘っこい笑みで言う。
「え? あ、すいません。ありがとうございます」
慌ててお礼を言って、横断歩道を渡る。後ろから「どういたしまして」と声が届き、ましろがもう一度頭を下げようと振り向いた時には、そこにピエロの姿はなかった。初めからそこに誰もいなかったのか、そんな錯覚を覚えた。
「何考えてるの、わたし」
馬鹿馬鹿しい思考を振り払い(それは話したと思ったことなのか、いないと思ったことなのか、自分でも良くわからない)、ましろは自宅までのマラソンにラストスパートをかけた。
焼き肉!
ふだんはあまり食い気は表に出ないのだが、たまの御馳走にはそのタガが外れてしまう。子供に戻ったような心持で玄関の前に立ち、けれどなんとなく、そのドアを開けてはいけない――そんな確信めいた予感がましろを支配した。
自宅のドアを開けてはいけない気がする。
なんという馬鹿馬鹿しい感覚であろうか。
しかし、この時のましろは真面目にそう感じたのだ。
「た、ただいまぁ……」
それでも入らないわけにはいかない。恐る恐ると言った風にドアを開け、控えめに帰宅を主張する。ましろを迎える声はない。代わりにぴちゃ、ぴちゃ、という水音がリビングの方から聞こえてきた。それだけではなく、どこかで嗅いだことがあるような異臭が届いた。どうも焼き肉の匂いではなさそうだ。
「お母さん? 大貴?」
リビングへのドアを開けると、その臭いがさらに強烈になった。そしてそれと同時に目に飛び込んできた光景は、ましろの想像を絶するものだった。
床に広がる赤い液体。その出所を無意識に目で探し、すぐにそこへ辿り着いた。
「ひっ――」
飛び込んできたのは、母親だった。テーブルに準備された肉の上に倒れ、まるで生で肉を貪っているかのような体勢で、ましろの母親は事切れている。その隣には父親がいて、妻を守るようにその背に覆いかぶさる。
大貴は奥の壁にもたれるように倒れていた。胸から血を流し、力なく腕を落としている。
「てめぇ、いつからいやがった!」
奥から見覚えのない男が現れ、ましろに気づくとガラガラの声で叫んだ。ドカドカと足を踏みならしながらましろに近づき、彼女の手を掴むと乱暴にソファへ突き放した。
「うあっ」
バランスを崩し、ソファに倒れる。
一体何が起きているのか――ましろの理解は追いつかない。しかし事態はどんどんと進行する。しかも理解できない方向へと。
「カードはどこだ! さっきここへピエロが来ただろ! 早く出せ!」
男は早口にまくしたて、大声で喚き散らした。
「え……あ、その……」
そんなことを言われても、ましろは何も答えられることがない。たった今帰宅したばかりのましろが、さっきこの家にきたピエロのことなど知っているはずないではないか。
ピエロ。
ピエロ?
見ていた。
すでにピエロの姿を見ていた。だがそれはこの家でではなく、外の交差点で信号待ちをしている時だ。関係ない。関係ない。そう頭の中で繰り返すが、本当は自分でもわかっていた。あのピエロがこの家に訪れ、去っていく最中だったのだということを。
「あの……カードっていうのは……?」
しかしましろには、本当にカードに関する知識はない。そのカードがどんな形で、どれくらいの大きさなのかも知らない。
「とぼけるな! これだ!」
そう言って男が示したのは、さほど大きくもない長方形のトランプのようなカードだった。おそらく向けられているのは裏面なのだろう。透明の水に色のついた水を一滴落としたような模様が描かれている。
もちろん、見覚えはなかった。
「くそが! ここに来たんじゃなかったのか!」
男がわめき、足元にあったごみ箱を蹴る。ごみ箱が宙を舞い、中のごみが散乱した。そのまま男はいらだちを隠さずましろの両親の死体へ近づき、服のポケットを漁り始めた。
「邪魔だ、このおっさん」
母親に覆いかぶさる父親を、男は乱暴に床に落とした。
「な……お父さん!」
あまりにもあんまりな男の振る舞いに、ましろは思わず声を上げた。
「うるせえ! もう死んでるんだよ! 死人の心配なんかしてんじゃねえよ!」
男は構わず母親の服を漁り、ズボンのポケットにも手を突っ込む。そこにもないとわかると、唾を吐きかけ、無抵抗の彼女を蹴飛ばした。体が傾き、赤いじゅうたんの上に倒れる。手が触れていた肉と皿がテーブルから落ちて、皿が割れる大きな音がした。
「もうやめて……」
尊厳も何もない、傍若無人な男の振る舞いには耐えられなかった。だが抵抗する力もなく、ソファで肩を震わせることしかできない。
そう思っていた。
そう思っていたから、事実、ましろは肩を震わせていた。だが一枚、床にさっき男がましろに見せたカードと同じものが落ちていることに気づいた。
これをあの男に渡せば――あの男はこの家から出ていくはずだ。
ましろは慎重にソファから下り、落ちているカードを拾った。カードには奇妙な模様と、逆の面には何か獣のようなものが描かれていたが、詳しく観察する時間はなかった。そんなことをする必要さえなかった。
「あの――」
このカードを渡して出て行ってもらおう。そして警察へ連絡をする――そう思って声をかけようとした時、男は大貴の髪を鷲づかみにして横に投げるように放した。
「何を……」
その光景を見た時、ましろの胸が、どくん、と跳ねた。それは彼女を支配していた恐怖が怒りへと変換された瞬間だった。家族を――大切な人を殺し(状況的に間違いないだろう)、しかもその死体を乱暴に扱う男。
人間の風上にも置けない。
ふつふつとした熱が頭の中で暴れている。すぐにでもあの男に飛びかかり、あの男を「どうにか」したい衝動にかられる。
「あん?」
男がましろに気づいて、恫喝するような声で振りかえる。
「何をしてるの!」
怒りが声に乗り、男へ届く。
どくん。
それはどこが脈打ったのか。
ましろの視線は反射的に、右手に握るカードに向けられた。その鼓動は、たしかにカードから伝わってきた。しかも一度だけではなく、今なおそのカードは強く脈打ち続けている。
「お前……!」
異変に気づいた男が叫ぶ。
「な、何?」
ましろは恐ろしくなって、カードを男のほうへ投げた。それは意図した動作ではなかったのだが、結果としては正解だったらしい。
投げられたカードは三十センチほど前方に飛んだが、抵抗に負けてすぐに降下を始める。だが、落下し始めた瞬間、カードはその姿を消し、代わりにそこから飛び出るように一匹の獣が姿を現した。
それは美しい銀色の毛をした、狼のような獣だった。四肢には強靭な筋肉がつき、足と頭には青白いを淡く放つ装甲が付けている。体長もニメートルはありそうだ。体高もましろの身長にせまるものがある。爪は太く鋭い。その巨体に反し、しなやかな身のこなしで着地し、男を剣呑な目でにらむ。
「くっ……」
男は明らかに狼狽し、慌てた様子でズボンのポケットに手をつっこみ、一枚のカードを取りだした。焦ったせいでポケットに詰めていたカードがばらばらと床に落ちたが、男はそれどころではないと、そのカードを胸の前に突き出した。
「そんな犬っころなんてなぁあ、すぐに殺してやるよ!」
男が叫ぶと同時、カードが男の手から離れ、カードが光って形を崩し、その光はまた収束して何かの形を成そうとしている。
「やっちまえ!」
現れたのは、人と獣をたしたような生物だった。ボロ布の服とズボンをはき、前傾姿勢でほぼ四足歩行だ。髪が異様に長く、揺れる灰色の髪の間から赤い眼光がのぞく。茶色の肌の肌はその獣の筋肉を目立たせた。
「ひっ――」
何が起きているのかわからない。自分たちはカードのやりとりをしていただけではなかったか。どうしてそこから獣が出てきているのか。
混乱と恐怖がましろをさらに焦らせる。理解を拒もうとする。それでもましろは、ただひたすらに男に対する怒りを抱いていた。焦りと怒りが混在し、自分さえも吐き気を催す激情の中で、ましろは必死に意識を繋ぎとめた。
茶色の獣は、ましろのカードから出てきた銀狼に向かって飛びかかり、銀狼は回避行動を取ったが、肩に鋭い爪の一撃を受けた。
その瞬間、ましろの左肩に激痛が走り、どろりと血が流れた。
「ひぐっ」
肩を押さえ、ましろは床に膝をつく。どくどくと血が流れ、床に赤い点を打っている。
「どうして……何が起きてるの?」
理解できないが、銀狼とましろの傷は同じ位置にあった。銀狼も左の肩から血を流し、美しい銀の毛に赤い模様を浮かべている。その様子を見て、男が下卑た笑みを受けべる。
「やっぱり見掛け倒しじゃねえか! おら、もう死ねよ!」
男が出した獣が襲い来る。
死にたくない。
死にたくない。
理不尽だ。どうして突然家に押し入り、家族を殺した男に殺されなければならないのか。どうして男のエゴで自分まで殺されなければならないのか。
死ぬべきは。
本当に死ぬべきは――目の前のこの男だ!
この男に殺されるくらいなら、わたしが殺してやる!
その思いは果たして、銀狼に届いたのか。
銀狼が目の前に迫った獣に飛びかかり、押し倒して胸の上に右前脚を置く。押さえつけられた獣が暴れようとするが、銀狼はその獣の右腕を噛みちぎり、肩口から右腕全体を食ってしまった。獣の肩から血が吹き出る。
「うぎゃあああ」
男の肩から噴水の如く溢れる。男の腕も肩から離れ、床に落ちていた。白い壁紙が血しぶきで赤く染まる。
押さえつけられた獣も、腕を喰われた激痛でのたうち、もはや銀狼をどうこうするような状態ではなかった。銀狼はそのまま、そのモンスターの頭に獰猛な牙をむける。
「待て! やめてくれ! 俺が悪かった! 俺がわるか――」
男の言葉はそこで途絶えた。男が発声する器官を失ったからで、その命が終わりを迎えたからだ。召喚者を失い、自らも死を迎えた獣は形を崩してカードの形に戻った。銀狼は加えていた肉片を飲み込み、前足についた血をなめとり、ましろのほうを見た。
「……」
ましろは不思議と、その銀狼に対して恐れを抱かなかった。もしかしたらこのまま自分が襲われるかもしれないというのに。あくまで正体不明の獣であるはずの銀狼に、ましろはある種の親しみや安らぎに近い感情を抱いた。
「もういいよ」
口をついて出たのはそんな言葉だった。銀狼はぐるる、と喉を鳴らしてカードに戻った。銀狼のカードはひとりでにましろの手元に戻ってきた。ましろはそれを無意識のうちに手にとった。
「…………」
わけのわからない戦いが終わり、ましろは呆然と目の前の光景を眺めた。理解が追いつかないのか、激しすぎる感情にましろの頭が対応できないのか。両親と大貴の死体を見ても、ましろは泣くことすらできなかった。
この時、子供のように泣いて取り乱すことができたなら、あるいはましろは楽だったのかもしれない。しかしましろにはそれができなかった。異常なこの光景に、日常から外れてしまったこの光景に、ましろは何も考えられないでいた。
銀狼が描かれたカードを見る。
曰く。より多くのカードを集め、そのピエロとの再会を果たした時、ピエロはその者の願いを叶える。
「…………」
にわかには信じられない。カードを集めて何になるというのだ。奇しくもそれは、昨日大貴が言ったことだった。「争いにまきこまれるのはごめんだ」と。
ましろは、ぎゅっ、とカードを握りしめ、静かに嗚咽をかみ殺した。
今回はのんびり更新です。
次回からはこれより短いです。
カード案は受け付けています。
こんなの思いついた! って人は、言ってみるのもアリかもしれません。(登場するかもしれません)
では、これからよろしく願いします。
是非最後までお付き合いください。