02_待ち合わせ
主人公はエロいです。
私の襲撃以降、帝都の警備は厳重になった。軍団長が暗殺されかかったのだから当然と言えば当然である。
その警備も忍び込めぬ程ではないし、警備に当たっている騎士の質も恐れるに足らない。しかし、その警備を突破する気にはなれなかった。
彼と二人きりになれないのなら意味が無いのだ。邪魔者が入り込んできては折角の遊戯が台無しだ。私も彼も、そんな事は望んでいない。
故に私はこの場末の酒場で彼を待っている。彼は命惜しさに穴熊を決め込む臆病者でもないし、君子でもあるまい。危うきに近寄らずという理念を持っているとは到底思えない。
故に来る。彼はここに来る。私の気配を辿って、匂いを嗅いで、勘に従ってここに来る。
これは予感ではなく確信。
類が友を呼ぶように、同類である私と彼は引かれ合う。惹かれ合い、引かれ合うのが定めだ。覆しようの無い真実だ。水が下に落ちるように、明けぬ夜が無いように。
待つ事がこんなにも苦痛と快楽が溢れているなど私は知らなかった。待たされる事はどんな侮辱よりも腹立たしく、度し難いことであったが、自分が待つ事には違った趣があった。
今か今かと思うと同時に、何時来るかなど皆目見当も付かない。ずっと、絶頂の寸前で焦らされているような得も知れぬ悦楽。それが堪らなくいい。
恋焦がれ、彼との情事を思い出し、これから来たるであろう情景を夢想する。それは自慰に耽る乙女のようであったと我ながら思う。
逢えない苦痛を夢想で慰み、私の身体は焦らされてどうにかなりそうだった。抑えようの無い快楽が苦痛を呼び、その苦痛さえも快楽となる。そんな事は初めてだった。
―――――これが恋か。
身を焦がすような衝動。それに伴う苦痛と快楽。
彼を屈服させたいと思うと同時に、彼に組み敷かれたいと欲する私がいる。殺したいし、殺されたい。
私の夢想の帰結は、いつも彼と一つになって終わる。私の血なのか彼の血なのか分からなくなるまで交じり合う。
その切片はあの時の短刀についた鮮血だ。あの切っ先に付いたものを私は恍惚と見つめていた。そして、彼も同じように見つめていた。
彼を襲撃してから早五日、未だに彼の来訪は無し。何時か何時かと思っている内にもう五日経っていたのだ。
早く来いと焦れる私がいる一方で、もっと焦らせて欲しいと思う私もいる。
彼が来ないという事はありえない。
故に私は彼の来訪を待ち続けるのだ。我慢し、夢想し、自慰に耽りながら彼の存在を想起する。それだけが今の私に許された行為だった。
遂に彼は私の前に姿を現した。私の隣に腰掛け、味のしない酒を注文する。安くて不味いその酒は酔う為だけの粗悪品であったが、隣に座る彼はこれ以上の美味は無いとばかりに飲み干した。彼に倣い、飲み掛けだった酒を呷ると驚いた。これ程までに酒を美味いと感じた日は無い。
酒の巧拙は肴によって左右されると言うが、今宵の肴はそれ程までのものという事か。
チラリと彼を盗み見れば、彼はニヤリと口角を吊り上げる。
認めよう。私は今、この上ない程に昂揚している。彼の姿を目にした事で、泥水のような酒を美味いと感じてしまったのだから推して知るべしといった所だ。
「逢いたかった。」
彼の声からは私と同じ昂揚が漏れ出している。
それ程、私に焦がれていたのか。私と同じように。
その事実に私は感極まって、襲い掛かりそうになったが、何とか堪えて自制する。
その耳元に熱っぽい吐息がかかる。
「ハァハァ………、もう、我慢できない。」
彼のその言葉で私の芯に火が灯る。我慢できないのは私も同じだ。でも、ここで始めてしまえば今まで待った意味がなくなってしまう。
物欲しそうな顔で私を見つめる彼の唇に舌をねじ込む。そのまま口内を貪って口を離すと私と彼の間に粘液性の橋が架かった。それはすぐに重力に引かれて地に落ちる。
目の前にはお預けを喰らった犬のような顔をした彼がいた。今度は逆に私が彼の耳元に吐息をかける。
「ここじゃ、恥ずかしいわ。人気の無い所まで行きましょう。」
私は銀貨を一枚置いて席を立つ。安酒二杯にしては多すぎる代金であったが、釣りは受け取らず酒場から出る。それ程までに気分がよかった。
彼に先立って夜の帝都を進んでいく。どんどん外れの方へ歩いていくと、人気の無い古びた教会が立っていた。帝都の中心部に新しい教会が立てられた事で放置されていたここは私と彼にとっては絶好の場だった。
扉を開け、中に入れば壊れた偶像が現れる。その前まで並んで行き、まるで新郎新婦のように向かい合う。
「ここなら誰も邪魔をしないわ。」
彼は歓喜すると、後退し短刀を私に投げつけた。
私は掌が傷つくのも構わずにそれを受け止める。
彼は私の掌から流れる血を見て悦に浸る。私は血みどろの手を構いもせず短刀を握る。
―――――私を傷付けていいのは彼しかいない。彼を傷付けていいのは私しかいない。
壊れた偶像が見守る中、私と彼は鮮血を散らせて混ざり合った。
二度目の逢引は苛烈を極めた。
腕を裂き、足を削ぎ、骨を砕いても私と彼は笑っていた。血と血が交差する度に快感を覚え、短刀が彼の肉に潜っていく感覚には絶頂すら感じた。
私と彼は重なるように倒れこむ。身体中にこびり付いた鮮血はもう既に区別の付かぬ程に混じっている。それは私の夢想していた通りの光景であった。
私の腰に彼の腕が回ってくる。力なんて碌に入らないくせに私はそれを振り払う事が出来ない。
抵抗する代わりに、また彼に口付ける。
そして、私と彼は一つになった。
いつかいつかと思っている内に五日………ナイワー。我ながらナイワー。