01_初恋
純愛です。
誰が何と言おうと純愛です。
私は生まれて初めて恋をした。
全身を突き刺すような殺気。今にも切り裂かれそうなほどの剣気。私を捉えて放さない鋭い視線。質実剛健でありながらしなやかな四肢。その右手には何の曇りも無い剣が握られていた。
―――――こんな人がいるのか。
その身体を傷付けたいと思った。汚したいと、穢したいと、犯したいと、貪りたいと望んだ。この上なく、果てし無いほどに。
その剣で傷物にされたいと思った。汚されたいと、穢されたいと、犯されたいと、貪られたいと欲した。
ぐちゃぐちゃになるまで溶け合って、愛し合って、殺し合う。吐き気を催すような血と精液の臭いの中で彼の存在を感じていたい。
痛いほど傍にいたい。
そんな男に私は出会った。
そう、あれは帝国軍第一軍団軍団長の暗殺を引き受けた時の事だった。大陸一の国土と軍事力を誇る帝国の新進気鋭の若き将校である。
依頼をしてきたのは同じ帝国の官僚であったが、そんな事は些細な問題だった。私が彼に会う機会をくれた。それだけが純然たる事実であって、私にとっての天啓であった。
寝台に夜這いをかけて寝首を掻く。それで終わる筈の仕事は彼の迎撃でふいになった。
気配を殺していた私は思わぬ反応に歓喜した。これは今迄の簡単でつまらない作業とは違う。憎らしくて、汚らわしくて、恨めしいくせに、愛しくて、愉しくて、喜ばしい、狂喜に満ち満ちた殺し合いだ。
私が懐から短刀を取り出すと、彼も枕元にあった長剣を握り締めた。
逡巡の後、私は彼に襲い掛かる。身体を蜘蛛のように地面に這わせ、超下段から短刀を突き上げる。彼はそれを剣の腹で受け止めると、返す刃で私の首を刈りに来る。私はそれを懐に潜り込む事で回避する。そして、致命領域に入った私は短刀を腹部に深々と突き刺し、そのまま脇まで引き裂こうとしたが、突き刺さった短刀は恐るべき筋収縮によって微動だにしなかった。
頭上から降る殺気に恐怖した私は短刀を放して後方へ跳ぶ。そこから彼の様子を観察すると彼は既に短刀を引き抜いていた。あれ程深々と突き刺したというのに、彼の腹部から流れる血の量は女の月ものよりも少なかった。だが、真に驚くべきはそんな事ではなく、彼の表情であった。
剣を交える前は何の感情も見せぬ仏頂面であったのが、今では自らの流血に酔っているかのように歓喜に満ちた顔をしている。それを見て理解した。
―――――この男は私と同類だ。
私は理解すると逡巡の間もなく飛びついた。得物を無くし、徒手空拳であるが、然したる問題ではない。人を殺すのに道具は必要ない。そもそも闘争の、戦闘の基本は格闘だ。得物を使わなければ人を殺せないなんて、暗殺者としては二流以下だ。
剣の波を掻い潜りながら彼との距離を測る。
剣の間合いを測り、その波長を捉えようという所で彼の左腕から刃が射出された。私の突き刺した短刀だ。短刀は無防備な私の右大腿に刺さる。
不覚を取ったと理解しながらも足を止めずに後退する。すると先程まで私がいた所に、風斬り音と共に剣が振り下ろされていた。
右足に刺さった短刀を抜き取る。彼の腹部の血と私の大腿の血が交じり合ったそれは艶やかな彩を月下に晒した。そのカクテルを舌で舐め取り、口内で転がすと、私は得も知れぬ昂揚感に包まれた。
もっと彼を知りたい。私は今までで最も血を求めている。戦いを望んでいる。
しかし、それと同時に戦いたくないと思っている自分がいる。このまま戦えばどちらか一方が必ず息絶える。それが私であれ彼であれ、この至福の時が終わってしまうのは嫌だ。
血塗れの短刀を彼の寝台に投げつける。彼の横を摺り抜けて行って白いシーツを鮮血で汚した。それは宛ら生娘が初夜を迎えた後の情景のようにも見える。
「また逢いましょう。愛しいジュリアス。」
私は彼の名を呼び、彼の閨から逃げ去った。
全4,5話程度で収めるつもりです。