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仙人の楽しい仲間 その二

 ミーンミーンと蝉は自分の存在を主張し、照り付ける太陽光が床に跳ね返って目に染みる。

 夏。

 仙人と猫は溶けたアイスのように床にへばりついていた……。


「……暑い」


 床に俯せに伸びたちぃが喘ぐ。黒猫は見ているだけで暑い。


「暑いな」


 仙人は薄い着物に衣替えをしていたが、それでも暑いものは暑い。


「クーラー」


「あるわけないだろ」


「扇風機」


「……あの物置から探せ」


 ちぃは物でごった返した物置を頭に浮かべ、うんざりした顔で首を横に振った。なぜ涼しくなるために汗をかかなければいけないのか。


「うちわは?」


芭蕉扇ばしょうせんならあるが、飛ばされるぞ」


 仙人はちぃが空を飛ぶ様を想像してクスクスと笑った。


「ろくなものがないね」


「気合いで乗り切れ」


 気合いを口にする仙人はだらっとしているが……。


「ちぃちゃーん、仙人さーん。かき氷が出来ましたよ~」


 元気な声と足音に二人はガバッと跳ね起きた。目がキラキラと輝いている。


「今日も暑いですからね~」


 かき氷をお盆に乗せた中田さんが部屋に入ると、ちゃぶ台の前でちょこんと座った二人がいた。


「かき氷~」


「最高だな」


 赤いイチゴのシロップがかかったかき氷を仙人は満面の笑みで口に運ぶ。

 ちぃはかき氷に顔を突っ込みシャリシャリと至福の時を味わっていた。中田さんも美味しそうに食べ、 キーンとくる頭痛を感じていた。

 今日も3人、和やかな時を紡いでいた時、ちぃの耳がピンと立ち、仙人が勢いよく振り向き窓の外を凝視した。その様子に中田さんが首をかしげる。


けいちゃーん。遊びに来たわよ~」


 艶やかな声が東屋に響き、二人は背中に寒気を感じた。瓊は仙人の昔の名前。それを知っているのは同じ仙人だけだ。


「はーい」


 来客の気配に中田さんがいそいそと出て行く。二人は顔を合わせ、それから部屋の外へと顔を向けた。 その表情は夕食に嫌いなものを出された時と同じだ。


「あら。本当に人間を雇ったのね~。ちんちくりんにピッタリのパッとしない人間だこと」


 おほほほと高笑いとともに部屋に入って来たのは、長身の女。游女のように着崩した着物から肩と胸の谷間が見え、髪は横髪が長く、珠を通してたらし、残りの髪は肩の辺りで切って外に跳ねさせていた。

 真っ赤な口紅が妖艶さを際立たせ、まつげは瞬きの度に風を起こしそうなほど長い。そして泣き黒子を持つその目は流し目をする度に男たちを虜にする。

 まさに背が低く童顔の仙人とは対極に位置する人物だ。


「今すぐ出て行け」


 苦々しく仙人は吐き捨てるが、彼女は無視しちゃぶ台の、しかも仙人の真ん前に座った。

 中田さんが青筋の浮かんだ顔でお茶を入れて来ますと立ち去った。熱いお茶を入れてくるに違いない。


「で、何をしに来たんだ? 」


 かき氷をつつきながら仙人は問う。用事を済ましてとっとと出て行って欲しい。彼女は手に持っていた扇を広げ、口元を隠して答えた。


「ん~、湘が貴女のとこに人間がいるって騒いでたからぁ……暇つぶしに来たの」


 仙人はスプーンをぐっと握り締めた。こめかみに青筋が浮かんでいる。


(あのチャラ男め。余計なこと言いやがって)


 妖艶な笑みと無表情がぶつかりあっているところに中田さんがお茶を持って来た。


「どうぞお茶です」


 トンっと置かれたお茶からはユラユラと湯気が立っている。


「え~、私もかき氷がいい~」


「黙れ鐘鈴しょうりん。飛ばすぞ」


 仙人はどこからともなく芭蕉扇を取り出し威嚇する。


「それ私があげたやつじゃない。偉そうに言わないの、おチビちゃん」


「女男に言われたくない!」


「二人ともうるさい!」


 3人が一様に睨み合い火花を散らす中、中田さんはパチクリと目をしばたかせた。


「この人……男なんですか?」


「当たり前だ。八仙の女は私一人だからな」


「でもこんな女が私たちの紅一点なんてありえないじゃない? だから私が華を添えてるのよ。どう?

私のほうが何倍も女らしいでしょ?」


 魅力的な流し目をされて、中田さんは答えに詰まった。それに仙人が視線で抗議する。


「ケバ男のくせに……」


 横からちぃが小さく呟いた。そのセリフに中田さんは吹き出しそうになる。確かにそのあだ名は的を射ている。

 彼女改め彼の顔が引きつり、きっとちぃを睨んだ。


「ちぃちゃん。膾斬りにするわよ」


「何よ、その胸だって偽物じゃない」


「偽物じゃないわ! 自分の体よ! 仙人は何にだって化けられるの」


「結局本当の姿じゃないじゃない!」


 口喧嘩を繰り広げる二人に仙人は溜息をついて、面倒臭そうにケバ男を指した。


「これは八仙の一人漢鐘離かんしょうりで、呼び名は鐘鈴。と呼ばないとキレる。見てのとおりおかまだ」


「瓊、あんたは一言余計なの」


「で、こっちが家政婦の中田さん」


 仙人はサラリと無視して中田さんを紹介する。そのうちにケバ男の着物の裾にちぃが噛み付いた。


「この化け猫! 刺すわよ!」


 鐘鈴は扇を閉じて狙いをすます。


「やだ」


 ちぃはヒラリと飛び退き、べーと舌を出して走り去って行った。


「……鐘鈴。本当に何しに来たんだ」


「ん? 言ったじゃない、あんたの顔を見に来たって。後、げんが少しは顔を見せろってさ」


 その名に仙人の顔が引きつる。


「巌さん?」


「私の師匠だ」


「ちなみに私の弟子よ」


「……え!?」


 話に聞けば仙人の師匠は厳格な人だそうだ。そんな人がこのおかまを師匠と呼ぶ姿が想像出来ない。


「今ではじいさんになったけど、昔はいい男だったわ」


「師匠によればこいつは昔は普通に男で立派な仙人だったらしい。この姿になってからは、師匠は死んだと言っている」


「つれないわよね~。巌ちゃん」


「それを言うと殺されるぞ……」


「怒った顔も可愛いわ、色気のないあんたと違って」


 仙人は何を言っても無駄だと首を横に振った。

 そして突然鐘鈴は仙人の顔を掴み、妖艶に笑う。


「いいこと思いついたわ。今からあんたを女にしてあげる」


 そう言って笑う鐘鈴の顔は獲物を狩る肉食動物のものだった。


「な、何をする気だ」


 鐘鈴は扇を広げ一薙すると、きらびやかな箱が現れた。

 中田さんは目を見開き、仙人は逃げようとするが着物を引っ張られて座らされた。その前に鐘鈴が座り、三段重ねの箱を開くとその中にはたくさんの化粧品がある。


「うわ~、すごい数ですね」


「美しくなるにはこれぐらい必要なのよ。瓊、じっとしてなさいよ」


 鐘鈴が人さし指で仙人の額を小突くと、仙人はピタリと動きを止めた。

 やられたと表情が語り、その後観念したのかされるがままになる。

 鐘鈴は白粉を上質な化粧筆でぬり、アイシャドウをぬる。色は仙人の服に合わせてピンク系を選んだ。


「お目め拡張~」


 アイラインを引き、目尻に力を持たせる。そこそこ長い睫毛をカールし、マスカラで増量。心なしか目が大きくなった。チークでほんのりと肌に朱を入れ、優しいピンク色の口紅を引けば……。


「あんた、誰?」


 水を飲みに来たちぃが口をあんぐり開けるような大変身を遂げる。


「瓊ちゃんよ。うふふ、私のメイク術はすごいでしょ」


「……詐欺じゃん」


「うるさい」


 目がパチクリとし、動く唇は艶やかに光っている。可愛い顔に拍車がかかった。化粧をしても大人の美しさは獲得できなかったらしい。


「可愛いですよ仙人さん! 明日からメイクしましょう!」


「……めんどい」


「こら瓊! 女の子が化粧を面倒臭がってどうするのよ」


「ふんっ」


 男に言われるのは心外だと仙人はそっぽを向く。鐘鈴はそんな仙人の頭をぐりぐりと撫でて言った。


「十分楽しませてもらったから今日は引き上げるとしましょうか」


「えっ、これどうすればいいんだ?」


「ん? ずっとそのままでいれば? 大丈夫、私の化粧はちょっとやそっとじゃ崩れないから」


 艶やかな笑みを浮かべて扇を一払いすると、鐘鈴の姿は風とともに消えていた。


「どうすればいいんだよこれ……」



 そして数分後、メイク落としを買いに中田さんが自転車で爆走することになるのだった……。



わかってきた。私は季節が変わらないとこの話を書かないんだ……。

ん~、あと5にんいるんだよね、仙人。ちょっと欲張りすぎたね!

では、今度は晩秋ですかね?

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