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仙人の友だち

 しとしと。じめじめ。

 ムスッとした顔。

 窓から顔を覗かせている二人は、不機嫌そうな顔で中田さんを待っていた。


「ほんと、嫌になるよね」


「湿気でべたつく」

 

 ちぃに言わせればなんか体が怠く、仙人に言わせれば本が湿気でカビる、中田さんに言わせれば洗濯物が乾かない季節。梅雨だ。

 しばらく雨のカーテンを眺めていると、それをかき分けて中田さんがやってきた。合羽を来て自転車をこいで来た中田さんは、バサバサと水滴を払って合羽を軒先につるす。


「おばちゃーん」


 暇を持て余したちぃが玄関まで中田さんを迎えに行き、


「中田さーん」


 と、同じく暇な仙人は声の調子を真似た。面倒なので動かない。


「今お茶淹れますね」


 中田さんは割烹着を着、お湯を沸かした。火は豆炭の付喪神にお願いし、ヤカンは戸棚から発掘したものを使う。


「おばちゃーん。次のネコ缶はカツオがいいなぁ」


 ちぃが沸騰を待つ中田さんの足元にすり寄っておねだりをする。最近マグロが続き、さすがに飽きて来たグルメなちぃである。


「カツオ……? 鰹節でも買ってこようかしら」


 中田さんは意地悪そうな笑みでちぃを見下ろした。マグロにカツオぶしをかけてもカツオにはならないが……。


「それなら丸ごとがいい! 自分で囓るから」


 暇つぶしに言い合っていると、お湯が沸いた。中田さんは戸棚から茶葉を出して急須に入れる。


「中田さーん。お茶一つ追加~」


 急須にお湯を注いでいると、部屋から仙人の声が飛んで来た。中田さんはわかりましたと答えて湯呑みを一つ増やす。


「……誰の分?」


 ちぃの対仙人用アンテナに引っ掛かるものはなかったので、仙人仲間が遊びに来たわけではないはずだが……。


「ねぇサガ~」


 確かめようとちぃが部屋に入ると確かに人がいた……が、ちぃは彼女が人ではないことを知っている。


「うわ……沙夢さゆ


「相変わらず失礼ね、ちぃ」


 沙夢と呼ばれた女性は、二十代前半の容姿をしており。大人っぽいワンピースを着ていた。


「こんにちは。お茶でもどうぞ」


 中田さんはお茶を出し、沙夢はずずっと一服。


「仙人なんですか?」


 興味津津といった風に中田さんが、尋ねる。


「ううん、私は座敷わらしよ」


「座敷わらしですか?」


 それにしてもイメージと違うなと中田さんはまじまじと彼女の姿を見る。

 イメージで言えばこの間来た仙人もだったが……。


「あの、触ってもいいですか?」


「いいけど?」


 中田さんは子どものように目を輝かせて沙夢の肩を触り、その感触に驚いていた。毎日仙人、化け猫、付喪神に囲まれていれば行動も大胆になる。


「私は実体化できるの。座敷わらしの時は浮いてるよ」


「座敷わらしってすごいですね~」


とその時、襖がガタガタ音を立てて揺れる。三人と一匹はそれに視線をやった。

 襖の向こうは物置である。

 仙人は仕方ない、と呟いて立ち上がり、襖を開けた。


「沙夢~」


 開くと同時に物が雪崩のように部屋に入って来た。彼らはわらわらと沙夢に纏わりつく。


「やはりもののけどうし落ち着くのか?」


「というか、また増えてるね」


 ちいさな付喪神から大きな付喪神まで、沙夢を囲んで離さない。


「えっとー、もう少し離れて欲しいな」


 沙夢が一声かけると、付喪神たちはぱっと離れた。


「沙夢さん、元気でしたか?」


「ストーカー野郎は死にましたか?」


「こないだ唐傘スケスケが会ったって」


「沙夢さんのアパートに遊びに行きたいです!」


 離れた途端今度は口が動き出す。


「連れてくから、遊ぶから。ちょっと待ってね」


 沙夢は付喪神たちを黙らせて、仙人と向き合う。その顔つきは真剣だった。


「今日はね、お願いがあって来たの」


 仙人は目で続きを促す。


「しばらくここに泊めてくれない?」


「あぁ……好きなだけいろ」


 仙人はその理由がなんとなく分かって、遠い目をする。この友人はなかなか苦労しているのだ。


「外国に逃げてもいいんだけど、知り合いいないし……むしろ奴のテリトリーだし……」


 沙夢の呟きを、仙人は聞かなかったことにした。目が据わり、頬がひくついている。


(あぁ……あの男はまだ諦めていないのか)


 沙夢には二百年以上前から求婚している男がいる。沙夢がぶちぎれること幾万回。しかし懲りずに現在も求婚中というタフな男だ。


「私、神様に疎まれるようなこと……」


「いや、そんなことは……」


 仙人が言い淀み、ちぃは同情のまなざしを沙夢に向けた。

 沙夢はがばっと顔をあげて、仙人の顔をじっと見る。


「サガ、今日は飲むわよ」


「あぁ、いい酒を出してやるよ」


 沙夢はうん、と大きく頷くと付喪神たちを見下ろす。


「じゃあ遊ぶわよ! ストレス発散しないとやってられないわ!」


 沙夢は目を閉じて集中する。すると徐々に光が体から溢れ、完全に霊体となった。見た目の変化は少し色素が薄くなりふわふわと空気に流されているぐらいだ。


「手が通り抜けます!」


 中田さんが沙夢の肩に手を置くが感触はなく、掴むことも出来ない。


「座敷わらしだからね。ここは仙人の力が満ちてるから普通の人も見えるのよ」


 沙夢はふわりと浮いて窓から外へ出て行く。その後に続いて付喪神たちがゾロゾロと壁をよじ登る。


「イダッ!」


 屏風の付喪神が頭を窓枠に打ち付ける。行灯も通れそうにない。


「……あんたたち、玄関からでれば?」


 ちぃは呆れ顔で顎をしゃくる。体は丸くなり寝る態勢だ。とっとと追い出して眠りたいようだ。


「そうだった! 行って来ます!」


 大型の付喪神たちはドタドタと玄関へと走っていった。


「沙夢さんって、可愛い座敷わらしですね」


 中田さんが湯呑みを片付けながら目元を和ませる。


「キレると怖いけどな」


 仙人が少し遠い目をして言った。


「沙夢さんが怒った時……ですか」


 中田さんは窓から浮遊している沙夢を見た。なかなか想像がつかない。

 ふわふわ、沙夢はけらけらと笑って楽しそうだった……。




 そしてその日の夜。

 燭台の付喪神が灯す明かりの下、月を見ながら二人は酒を飲んでいた。


「もう、どーすればいいの? この127年、ずっと戦ってきて、一度も勝てたためしがないの」


 つらつらと話す沙夢に、仙人はうなずきながら酒を継ぎ足す。


「あいつ、私は同じ座敷わらしなんて認めない。あれは化け物よ、魔人よ!」


 沙夢は並々注がれた杯を一気に飲み干すと、ダンッと荒々しく置いた。目が据わり、頬が上気している。ちぃはうつらうつらとしながらその様子を見ていた。ちぃの杯に入っていたマタタビ酒は既に空だ。


「……そんなに嫌なのか?」


「嫌よ。毎日毎日用も無いのに家に来るし、薔薇はじゃまだし、うるさいし……もううんざり」


「奴の行動には問題があるが、奴自身は悪い奴では無かったぞ?」


 その言葉に沙夢の目がつり上がる。


「会ったの?」


「あぁ。一年前に尋ねて来た」


「それで?」


「……お前について話しをした。奴は本気で、お前と結婚して幸せにしようとしていた」


 沙夢はひっと呻き、顔をひきつらせ、杯を持つ手がガタガタと震えている。


「なんでちょっとあいつの肩を持ってるのよ!」


「いや、私も初めは諦めるよう説得を試みたのだが……奴の思いに心打たれた節が」


「サガ! 惑わされないで! あいつはそうやって味方を増やしては私を追い詰めるのよ!」


 サガは結婚包囲網が着々と形成されてゆく様が目に見えて、乾いた笑みを浮かべた。かく言う仙人も、もう諦めて結婚しろと思い始めているのだ。もちろん口には出さないが。


「陰湿さがないぶん、ストーカーとやらよりはマシじゃないか」


「陰湿さより、あの目茶苦茶さが辛いの。精神力全部持ってかれるのよ」


 今までの沙夢の愚痴から彼の沙夢に対しての目茶苦茶さは多く知っていたが……。


(だが、話した感じではまともな奴だったんだがな)


 仙人は酒を一口飲み、娘さんを僕にくださいと言わんばかりの様子だった彼を思い出す。友を思って少々意地悪を言ったが、彼は引かなかった。


「まぁ、飲め。しばらくあいつのことは考えるな」


 沙夢は注がれた酒を煽ると、コロンと横になった。


「はぁ……なんで、あんなにしつこいのよ……あの魔人……」


 うつらうつらとまどろみ始めた沙夢に仙人は掛け布団をかけた。


「だがなぁ……」


 仙人は微笑を浮かべてその寝顔を見ている。


「来なければ来ないで、寂しいくせに」


 沙夢は彼を嫌いと言うが、そのわりには茶を出したり旅行に行ったりと、よく付き合っていた。本人の気持ちがどうだったかは問わないが……。

 仙人はふわぁとあくびをして沙夢の隣りで横になる。


(明日は森の仲間も呼ぼう……)







 そして翌日。

 三人は中田さんの声で目を覚ました。


「みなさん……片付けてもよろしいですか?」


 日の光でみた仙人の部屋はグッチャリとしていた。杯やら肴が散在しており、そこに布団が乱入している。


「うぅ……眠い」


 仙人は体を起こしてしばしぼーっとしている。沙夢はパチリと目を覚まして顔を洗いに行った。羨ましい目覚めの良さだ。


「サガぁ……頭痛い」


 ちぃはぐったりと部屋の隅で伸びていた。完全に二日酔いだ。


「サガぁ、ご飯食べよ」


 ちぃとは対照的にシャッキリした沙夢が仙人の腕を取って立ち上がらせた。


「……元気だな」


 仙人は連れられるままに顔を洗い、きれいになった部屋で食卓につく。


「わぁ、和食とかテンション上る!」


 沙夢は白ご飯に焼き魚、味噌汁という朝食にテンションを上げていた。沙夢の朝食はパンが常だったのだ。


「いただきまーす」


 パクパクと食べる沙夢。トロトロ食べる仙人。そしてちぃは水を舐めていた。

 朝食も終盤に差し掛かった時、沙夢の肩がピクンと跳ね、徐々に顔が青ざめていく。


「な、なんで?」


 沙夢は残っていた味噌汁を飲み干して、箸をカタリと置いた。それを3人が不思議そうな顔で見る。

 沙夢はバッと窓の外を見る。3人も釣られて外を見ると……。


「なんか、こっちに来てる?」


「いやぁぁ! なんであいつここがわかんのよ!」


 沙夢が立ち上がって、絶叫する。顔は驚がくに歪んでいる。


「沙ぁぁぁ夢ぅぅぅぅ! 愛してるよぉぉぉ!」


 次の瞬間には、窓から人が入ってきた。弾丸のようなスピードで入り、沙夢の一歩手前で優雅にターンを決めて止まる。

 噂の男、本名不詳の薔薇魔人だ。無論薔薇のお化けではなく、彼も立派な座敷わらしなのだが……。


「まぁ、外国の方ですか!?」


 中田さんが口に手をあてて驚きを表現する。

 そう、彼は座敷わらしでも外国、フランス生まれ。その性格から祖国を追われ、昔旅先で出会ってからしつこく求婚している沙夢が住む日本に移住してきた迷惑な男だ。


「沙夢、突然消えたりして心配したじゃないか。婚約者である僕に内緒でお泊りとは……サガさんの家じゃなかったら……相手を嬲り殺してところだよ」


 最後の一文には聴衆をびびらせるような殺気がこもっていた。だが沙夢はそんなものに怖気づいたりはしない。逆に悪者が後ずさるような目つきで彼を睨んだ。


「お前……私がなぜここに来たか、わかっているのか?」


 絶対零度の冷たさをもった声に、慣れっこの薔薇魔はにっこりと笑って流す。


「僕をためすため。僕が愛の力で君を見つけられるか、心配だったんでしょ?」


「んなわけあるかぁぁぁ!」


 沙夢は怒号一発、彼に回し蹴りをお見舞いする。彼は壁を通り抜けて空へと飛んで行き、すぐに戻ってきた。


「あっはははは! 全く沙夢は照れ屋さんだなぁ!」


 懲りるなど頭の辞書にはない彼に、沙夢はわなわなと怒りに体を震わせる。


「……たしかに、お怒りになると性格が変わられますね」


 部屋の隅に避難した三人のうち、中田さんがぽつりとそう言った。


「ほんとにまだ諦めてなかったんだ……沙夢、かわいそう」


「だが、いきいきとしてるだろ」


「えぇ」


「まぁ、ね」


 それが仙人が反対しきれなかった理由だった。沙夢は彼と居る時が一番元気がいい。


「サガさん! 一晩中僕のいいところを沙夢に吹き込んでくれたかい?」


 突然話を振られて、仙人はあいまいに笑みを浮かべ、


「まぁ、ちょっとは」


 とごまかした。


「そうかいそうかい。沙夢、僕はいいやつだろう。こんな僕に求婚される君は世界一の幸せものさ! さぁ、今から協会に行こう! なんなら神社でもかまわないよ!」


「サガ! 頼むから助けてくれ! 私は嫁に行きたくない!」


 手を掴まれ引き寄せられ、現在羽交い絞めにされている沙夢が仙人へと手を伸ばす。攫われる少女の図が出来ている。


「う~ん……」


 友人がピンチであることは重々承知だが、仙人としては二人がくっついても一向に構わないわけで……。

 しばらく悩むそぶりを見せた仙人は、決心のついた顔で一つ頷いた。


「サガ!」


「沙夢、一つ貸し」


 仙人がパンと柏手を打つと、沙夢から薔薇魔人が弾け飛んだ。そして今度は小さくパンパンと手を鳴らすと、薔薇魔人を閉じ込める檻が出現した。もちろん座敷わらしでも閉じ込められる特製ものだ。


「サガさん!? これは何だ!」


「ありがとうサガ! 私、逃げるね」


 そう言うなり沙夢は猛烈な勢いで窓から出て行った。すぐに空の彼方へと見えなくなる。


「何で僕の邪魔をするんですか!」


「……たまには、男らしく懐が深いところを見せてはどうだ? たまに会うからこそ、お前のよさを分かってくれるのではないか?」


 仙人は檻を揺らす薔薇魔人にうまく言葉を選んで諭す。さすがに、友人が不憫だった。


「そうか……うむ。そう言われるとそうだね。では明後日に花束を持って尋ねるとしよう」


 つまり、今日一日は我慢すると彼は言った。


「いや……そのプレゼントとかも、もっとたまにするから価値があるかと」


「何!? 今まで誠意をこめて贈っていた花束などは裏目に出ていたのかい?」


「あぁ……かなり」


 その言葉に薔薇魔人は檻の底が抜けるのではないかというほどへこんでいた。


「反省……」


 しおしおとしょげる薔薇魔人に仙人は非情にも追い討ちをかけた。


「沙夢を嫁にしたければもっと男を磨け、傍若無人の男にも女々しい男にも沙夢はやらん」


 グサッと薔薇魔人の心にその言葉が刺さったことを確認すると、仙人はパンッと柏手を打ち、その瞬間檻は忽然と姿を消した。

 仙人は満足そうに自分の席に座りなおし、朝食を再開する。


「いやいや、ちょっと待ってよサガ。あの薔薇バカはどこ行ったの?」


 今までじっと成り行きを見ていたちぃが恐る恐る尋ねた。


「何、ちょっといずこかの空間に閉じ込めただけだ。時がくれば自然と出られるだろう」


 仙人は焼き魚を口に運び、口元に微笑を浮かべた。


(あ、ご飯時じゃまされたのに怒ってたわけか)


 ちぃは半目になって、自分も中断していた朝食に目をやった。水しかない。


「おばちゃーん、ちょっと元気になったから食べ物ちょうだい」


「では、カツオの猫缶を開けますね」


 と、中田さんが立ち上がって台所へと歩いて行く。

 


 嵐が去って、仙人の家に平和が戻り始めていた……。

うすうす感じていた。

やっぱり、ケータイで書くよりパソコンで書く方がイイかも……。


感想とか、いろいろお待ちしてます。

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