仙人風邪をひく
ぼーーっと、仙人は外を見ていた。朝の日差しが体を温める。ぼーーーっと、仙人は虚ろな目で外を見ていた。
「サガ~、おはよー。ご飯まだぁ?」
洗顔を終えたちぃが、仙人にすり寄る。猫にネコ缶は開けられない。
「んー……」
仙人はゆっくり顔をちぃに向ける。頬が赤い。
「もうサガ! 寝ぼけてないで、シャキッとしてよ」
「……ふぁい」
生返事の仙人に、ちぃは半眼になってバシッと仙人の手を叩いた。
「……ん? 熱い?」
ちぃはもう一度仙人の手を触り、次に肩に飛び乗って額に手を当てた。
「重い……」
「熱い! サガ、熱あるんじゃないの?」
ちぃは肩から飛び降り、物置へと走る。
「熱なんてない」
仙人がムッとして言い返すと同時に、ちぃが襖を開けて叫んだ。
「体温計いるー? もしくは近くにあるー?」
物置は付喪神の養成所。もしかしたら体温計も紛れているかもしれない。なんたってここは中田さんも逃げ出す物の多さだ。
「はーい。今行きまーす」
この山の中に体温計がいたらしく、声に続いて細い棒が隙間をぬって出て来た。
「じゃあサガの熱測って」
「了解です!」
体温計は使われることが嬉しくて堪らないらしく、スキップで仙人に近付く。
「熱なんてない……」
頬を膨らませて背を向ける仙人だが、二人に回り込まれてさらに顔を背ける。
「仙人さん、僕を咥えてください」
体温計は仙人の腕をよじ登り、肩で飛び跳ねた。仙人はイヤイヤと首を振る。
ちぃが溜息をついて頭に飛び乗り、器用に体温計を掴んで仙人の口に入れた。
「十分お待ちください」
「長っ、なんで電子じゃないのよ」
「いやぁ、付喪神ですから」
二人が和やかにやりとりを続ける間にも、赤い液体は上昇を続ける。ゆるゆると上がり、止まる。
仙人はその様子を目をよせて見ていた。
「そろそろですね」
「ほら、サガ見せてよ」
ちぃが体温計を抜き取り、その目盛を読む。
「ちょっと、三十九度!? ……熱ありまくりじゃない!」
「布団敷いて寝ましょう」
「やだ」
仙人は三角座りでくるりと二人に背を向けた。熱のせいか、いつもの倍素直じゃない。
「あぁもう! なんでこーいう日に限っておばちゃんが休みなのよ!」
本日は日曜日。中田さんは家で家事に励んでいる。
「仙人さん。薬飲んで寝てください」
口うるさい二人を仙人は素知らぬ顔で無視する。ふてくされた子どものようだ。
「薬買ってくるから待ってて」
ちぃは化け猫。その気になれば変化も出来る。
「やだ、まずい。それなら自分で作る」
はぁ? と目をつり上げるちぃ。仙人はゆっくり立ち上がり、ノロノロと窓に近付くと弱々しい声で呼び掛けた。
「みんな~……お願いがあるんだけど~」
するとすぐに木々の間から動物たちが現れ窓辺に近付いてくる。
“仙人さんどうか……って顔が真っ赤ですよ!?”
ただの鳴き声でしかないそれが、仙人の頭で翻訳される。
“わぁ、ふらふらです”
“日頃の生活が悪いからですよ”
“ご飯食べないしね”
“でもあの人間が来てからだいぶましになりましたわよ?”
“彼女が来てくれて良かったよね”
動物たちに好き放題言われて、仙人はいたたまれなくなる。
「……お前ら、心配してくれるんじゃないのか」
“心配してますって! そんで、頼みってなんですか?”
「……今から言う物を採って来てほしい。薬酒の材料だ。ヨモギ、サルノコシカケ、ドクダミ、イカリソウ、タマゴタケ、トカゲの尻尾、クコの実、ハトムギ……以上」
仙人がずらずらと材料を並べたてれば、
「了解でーす」
と全員そろって返事がくる。そして次の瞬間には彼らの姿は山の奥へ消えていった。
「……買えばいいじゃない、薬」
ちぃはぽつりと呟いたが、それに仙人が答えることはなかった……。
そして十分も経つと、仙人の下には薬草や何やらがそろっていた。
「みんなありがと……元気が出るよ」
が、仙人はカタカタ震えどう見ても悪化している。
「サガ! さっさと作って寝なさい!」
そうちぃに急かされて、仙人は戸棚から薬草を煎じる道具と、先日仙人仲間の湘からもらった酒を取り出した。部屋の隅に安置してあった空の酒瓶も持ってくる。
準備が出来たところで、仙人は薬酒造りを始めたのだった。
「これと、それはすりつぶす」
仙人は朦朧とする意識で薬を潰した。それを酒瓶に入れる。
「サルノコシカケは乾燥させて……」
と言うなり仙人は左手の平に炎を出し、キノコの水分を飛ばしていく。
「ねぇ、乾燥と焼くのは違うんじゃないの?」
「……水分が飛べば問題ない」
仙人はカラカラになったキノコを瓶に入れ、軽く振る。そしてまた薬草を刻み、入れる。木の実もすりつぶしたり、乾燥させたり……。
「どんだけ手の込んだの作んのよ!」
薬酒造りはちぃがそう叫ぶくらい繁雑だった。
「材料は、ちゃんと、調理しないと……酒に失礼だ」
「変な拘りを持たないで!」
ちぃの小言に辟易した仙人は、最後の薬草をすりつぶすと瓶に入れしっかり振った。瓶の半分まで酒を入れ、蓋を閉める。
「出来たならさっさと飲んで寝て……って何するつもり?」
仙人は付喪神たちによって敷かれた布団に酒瓶を抱き抱えたまま潜りこんだ。
「しばし……熟成」
「あぁなるほど。今体温高いからいい感じに熟成するでしょーね」
ちぃの声に刺が出て来た。仙人もさすがにまずいと思ったのか何も言わずに寝たふりをする。
だが、仙人が本当の眠りに落ちるまでさほど時間はかからなかった……。
二時間後、首筋に冷たいものを感じて仙人は目を覚ました。首にタオルが添えられている。
仙人は酒瓶を抱え横を向いて寝てしまったので額に氷を乗せられなかったのだ。
焦点の合わない目で周りを見ると、付喪神たちがタオルを桶に入れていた。
仙人はゆっくり起き上がり、首筋のタオルを額に押し当てた。
(冷たい……)
そして仙人は抱えている瓶に視線を落とし、ゆっくり水音が出るように振ってみる。
「……杯」
仙人がぽつりと呟くと、徳利の付喪神が杯を持ってやってくる。屋根の上で昼寝をしていたちぃもやって来た。
「やっと完成?」
「……そう」
仙人は杯に薬酒を並々注ぎ、ゆっくり飲み干した。ほっと息をつく仙人は満足そうだった。
「ん、いい出来だ」
仙人はもう一杯と杯に酒を入れて飲み干した。
ちぃがゆっくり近付いて、床に置かれた杯を舐める。その瞬間全身の毛が逆立った。
「苦っ!」
「薬だからな。だが最後に甘みもあるだろ?」
ちぃはしかめっ面で舌を出している。
「そんなの分かんないもん!」
「そんな少しだけ飲むからだ」
「……なんかサガ元気になった?」
「薬酒のおかげだな」
胸を張る仙人の肩に登って、ちぃは仙人のおでこに手を添えた。
「十分熱い。さっさと寝なさい」
「ちっ……」
仙人は忌々しげに舌打ちをして布団に潜り込む。ちぃはそれを見届けると仙人の頭の横で丸くなった。
「……気が散るんだけど」
「気のせいよ」
「見張られている気がするんだけど」
「気のせいよ」
仙人はぷぅと頬を膨らませ、付喪神に冷たいタオルを額へ乗せてもらうとふしゅーと空気を抜いた。
すぐに仙人はうとうととまどろみ始め、深い眠りへと落ちていった……。
翌朝。
「復っか~つ!」
布団の上には元気に飛び跳ねる仙人がいた。そばに驚き顔の温度計と呆れ顔のちぃがいる。
「すごいですね~。完全に熱下がってます」
「ありえないわ。そんなにあの薬酒効くの?」
「仙人の力だ」
自信ありげに仙人は断言し、日々の生活に戻った。定位置での読書だ。
(仙人の力あるならそもそも熱出さないでしょ)
ちぃは心の中で溜め息をつく。それと同時に強烈な空腹を感じた。思えば昨日の朝から何も食べていない。
「サガぁ、お腹すいた!」
ピョンと跳ねてサガの目の前に座る。
「もうすぐ中田さんが来るだろ」
「そう思ってたんだけど来ないの。サガ起きるの遅かったからもう昼なんだよ?」
ちぃが前足で床をダンダン叩いて抗議する。仙人が窓の外を見ると、確かに太陽は南の空にあった。
「中田さんが遅刻なんてなかったのに……鳥を飛ばすか」
仙人は立ち上がると袂からホイッスルを出し、外に向けて吹き鳴らした。
集ご~う! の合図である。
ほどなく一羽の小鳥が窓辺に留まった。
「もう熱下がったんですか?」
この小鳥はその昔に仙人によって力を与えられ、人語を操るようになったのだ。そしてとても山の連絡網は速い。
「あぁ、平気だ」
「それで、どうかしたんですか?」
「ちょっと中田さんの様子を見てきてくれるか?」
「あぁ、あの家政婦さんですね。わかりました」
小鳥はこくりと頷くと青空へと飛び立った。
「おばちゃん大丈夫かなぁ」
「事故にあってなきゃいいけど……」
「ご飯……」
「え、そっち?」
そして二十分後。
「仙人さーん」
バサバサと羽音をさせて小鳥が帰って来た。
「どうだった?」
「家政婦さん、寝込んでました」
「えっ!?」
二人が同時に聞き返す。
「昨日から熱を出したらしいです」
「……サガのがうつったんじゃないの?」
「いや……私が中田さんのをもらったのかも」
「家政婦さんは行けなくて申し訳ないとおっしゃっていました」
仙人はしばし考えるそぶりを見せ、すっと立ち上がった。
「どーかしたの?」
「薬酒まだ残ってるから、あげようと思って」
そう言って仙人は枕もとに置いてあった酒瓶を持つ。
「いいね……で、なんで私にくくり付けるの?」
「慣れてるでしょ?」
ちぃは家出の度に何かを背中にくくり付けて帰ってくるのだ。
「……分かったわよ。行くわ、ご飯のために」
「うん。中田さんによろしくね。無理させちゃだめだよ」
ちぃはひょいっと窓枠に飛び乗ると、振り向いた。
「ちゃんとお見舞いして来るもん」
「はいはい。いってらっしゃーい」
ちぃはひらりと外に飛び降り山を駆け降りて行く。
小鳥と仙人はちぃが帰るまでの間、久し振りのおしゃべりを楽しんだのだった。
う~ん。なぜこの話は筆が進まないのだろう。
そして、なぜ文章が安定しないのだろう。粗いよなぁ……。
作者は反省中。
うん。仙人にすがってみよう!