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仙猫ちぃの寝床探し

本日も暖かく、昼寝には最適の季節。

春眠暁を覚えず、の言葉どおりに、仙人とちぃはスヤスヤと寝ていた。こんな日の目覚時計は、中田さんである。


「おはよーございまーす!」


元気な中田さんの声が東屋に響き、二人はパチリと目を開けた。仙人は目をこすり、ちぃは顔を撫で、同時にあくびをする。


「二人とも、起きましたか?」


中田さんが仙人の部屋に入ってきて、布団をあげる。二人は布団から逃げるようにはい出ると、窓から入る日の光でしばし体を温めた。

中田さんは布団を片付け終えると、台所へ行きご飯を温める。中田さんがいなくても朝ご飯が食べれるようにと、作り置かれているのだが、中田さんが温めることのほうが多かった。


仙人はふらふらと井戸に行き、顔を洗う。

桶を投げ入れ、


「痛いっ! 冷たい!」


という桶の付喪神の抗議を無視し、カラカラと引き揚げる。

冷たい水で顔を洗い、やっと目が覚めてきた仙人である。

ぶつぶつ文句を言う桶を井戸端に起き、ぐっと伸びをした。


「ご飯の準備が出来ましたよ~」


仙人は先程よりはシャキッとした足取りで部屋へと戻った。仙人の部屋にはちゃぶ台が置かれ、朝食が並んでいた。このちゃぶ台は仙人が物置から発掘した物で、あと五十年ほどで付喪神になる予定だ。


「いただきまーす」


二人は声を合わせると、味わいながら食べる。仙人が朝食を食べるなど、山中の動物たちが見に来るほどの珍事で、中田さんが働きに来た後の一週間は窓辺は鮨詰め状態だった。

ちぃはあっさり味のネコ缶を食べてご満悦だ。


「ごちそうさまー」


二人は食べ終わると日向ぼっこを始めた。仙人はちぃを撫で、ちぃは目を細めて気持ち良さそうだ。

洗い物が終わった中田さんが部屋に来て座る。


「やっと朝食を全部食べてくれるようになりましたね」


「サガ全然食べないもんね~。私が来たころからずーっと」


「あら。ちぃちゃんは最初っから仙人さんといるんじゃないの?」


「違うよ。私が来てあげたの。そーだ、暇だから私とサガの感動の出会いを話してあげる!」


仙人は、あれのどこが感動だ、と半目になっている。


ちぃは姿勢を正すと、少しもったいぶって話だした……。



今から三百年ほど前の秋。東屋に吹く風は涼しく、仙人は読書の秋を満喫していた。ここを訪れるのは動物たちか仙人仲間だけだ。

仙人がここに住み着いてから、山から出たことはない。


仙人はこの日も起きるなり読書を始めた。時々鳥が窓辺に留まって木の実を置いていく。

食事を取らない仙人でも、木の実ならおやつ代わりに食べるからだ。

 森の仲間は仙人の食生活が心配だった。


  仙人は黙々とページを繰る。今日読んでいるのは、司馬遷からもらった史記だ。

秋風が仙人の髪を揺らす。仙人はページをめくった。


(きゃ~! 項羽カッコいい~!)


史記項羽列伝。場面は項羽が自らの首を刎ねたところだ。

仙人が項羽の男気に感動していると、ダンッと音がした。何かが落ちたのかと推測をつけて、ページをめくる。ダンッダンッ、次はさらに大きな音がした。

新しく付喪神が生まれたかと思い、本から目を離す。

 そして目の前のものに気がつき飛び上がった。そのまま壁際まで後退して距離を取る。


 目の前にいたのは一匹の黒猫だった。魚をくわえ、背中には数匹の魚をくくり付けている。

猫はトテトテと仙人に近付いて、魚を投げ置いた。


「やけ」


仙人は猫が言葉を発したことにますます驚く。どうやら化け猫のようだ。


「やけ」


ぽかんとしている仙人に痺れを切らしたのか、猫が催促する。

その言葉が魚の調理を意味することに気がついた仙人は魚に手をかざした。


(やく、焼く? 火)


仙人の手の平から炎が出て、魚の表面が炙られていく。今度は猫が驚く番だ。


「かじ! ばか! そと!」


猫は体当たりで仙人の魚焼きを止めると、衣の裾を加えて引っ張る。

仙人はされるがままに外に引っ張り出された。

 仙人の部屋の前まで移動し、猫は爪で紐を切って背中の魚を下ろすと、辺りを駆け回る。

仙人は久しぶりの外に、眩しそうに目を細めた。

猫は仙人の前に枝を集めて薪の準備をする。徐々に積み上がっていく枝や枯れ葉をじっと見ていた仙人は、閃いた顔をした。おもむろに手を伸ばし、点火した。

登る火柱、巻き上げる塵。

猫は枝を口から落として仙人に詰め寄る。


「かげん! かげん!」


仙人は半目になりながらも火力を弱めた。パチパチと弾く音が聞こえる。


「さす」


と仙人の前に出された枝。これに魚をさせということだろう。

仙人は慣れない手つきで魚を串刺しにし、火の近くにさした。


薪の前には出来上がりを楽しみに待つ猫。しっぽがゆらゆらと揺れている。


(……一体私は何をしているんだ?)


やっと落ち着いて状況を考え始めた仙人だ。


(この猫、人語を話せるということは化け猫なのだろうが、単語しか話せてないからまだ成り立てなんだろう)


しっぽもまだ二つに分かれてはおらず、妖力もまだ未熟だ。

仙人は猫の頭に手を置いた。


(今のままでは不便だろう)


仙人はゆっくりと自分の力を猫に送り込んだ。仙人は以前にもこうやって動物に言葉を与えたことがあった。

猫はしっぽをピンと張ったが、やがてゆっくりと下ろす。

仙人が頭から手を離すと、猫はくるりと仙人の方を向いた。


「ちょっと、何したのよ。あれ、しゃべれる。スラスラ言葉が出てくるわ!」


猫は大喜びで薪の周りをグルグル回る。


「ほら、焼けたよ」


と仙人が魚を上げようとすれば、


「お皿は? まさか私に砂が付いたものを食べさせる気じゃないでしょうね」


と流暢に要求された。

仙人は仕方なく台所から皿を取ってきてその上に魚を置く。

猫は、仙人に覚ましてもらってからかぶりついた。


「固い。私はレアがいいの。やり直して」


「……さっきからあつかましすぎるんだよ!」


とうとう仙人の堪忍袋の緒が切れた。


「はぁ? あなたのように家の中で魚を焼こうとしたり、薪でキャンプファイヤーする人に言われたくないわ!」


猫は猛然と言い返す。ずいぶん口達者な猫のようだ。


(こいつに言葉あげたの間違いだった!)


時すでに遅く、仙人はまた魚を焼かされた。今度はしっかり生焼け。


「やればできるんじゃない。見直したわ」


ペロリと一匹食べ終わると、猫は上機嫌で東屋に入っていった。


(な、何様?)


仙人は怒りの炎を燻らせながら火を消した。



そして部屋に戻ると、本棚の前で丸くなっている猫の姿を発見した。


「……猫。そこで何をしている?」


猫は頭を上げて、くわっとあくびをした。


「寝るのよ。私ここ気に入ったから住むことにしたの」


「は? 猫は自然に帰れ」


「まあまあ! 仙人ともあろう人がひ弱な猫を追い出す気?」


この猫は彼女が仙人であることも知った上でここに居座るらしい。


(にくたらし~)


「あと、私にはちぃっていう立派な名前があるんだからね!」


仙人はもう知るかとふてくされ、読書を再開した。

猫はスヤスヤ眠り、その日から明るく元気に仙人の家に居候しているのである。



「どう? 感動でしょ?」


とちぃは得意そうに胸を張った。


「どこが。不幸のオンパレードじゃないか」


「ちぃちゃんが仙猫の理由が分かりましたよ」


「それからずーっと私がサガの面倒見てきたんだから」


主に朝の目覚ましアタックと食料調達である。


「一人で生きていける……」


「無理よ。寂しくて死んじゃうわ」


「大丈夫だ!」


「ムーリ!」


本日も東屋には、二人の元気な声が響くのだった……。


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