それは、仙人と、化け猫と、家政婦さんの楽しい日々
貴女は私たちとは違うのよ。それが、瓊の記憶にある、一番古い言葉だった。
そう言われたのは、一度ではなかった。
それは決して、見下したものではない。さすがね、すごいわねと、いつも一線を引かれていた。
知識は、一度聞き読んだだけで理解した。神童と言われたこともある。人々は彼女を口々に褒めたたえた。
ある時、夢に神人が現れ、そのお告げの通り雲母の粉を食べたところ、体が軽くなった気がした。人々は誰も信じず、親も困った子ねと眉根を下げていた。
時が経つにつれ、彼女と他人の距離は開いていく。誰も彼女と一緒にいることはなかった。貴女は独りでも大丈夫でしょうと。貴女には違うところがあるでしょうと。
そんな時、彼女は二人の人物に出会った。
足の不自由な老人と、ぽっちゃりしたおじさんだ。
彼らは、彼女に仙術を教えてくれた。それを契機に、彼女は仙術にのめりこむようになる。
気づけば、一人でいるのが当たり前になっていた。人々は、いつも遠巻きに彼女を見ている。いつしか、寂しいとも思わなくなった。
彼らが言っていることは分かるのに、彼らが当然のように感じ、行っていることが理解できない。
聡い彼女は理解した。自分は、ここにいてはいけないのだと。きっと、何かが自分にはなくて、それがないから彼らの住む世界にいることができないのだと。
そして、山にでも引きこもろうとしていた矢先に、以前あった足の悪い老人に連れ出された。それは拉致といってもいい。
連れていかれた場所では、仙人たちが修行をしており、彼女は師匠から何仙姑と呼ばれた。そこには、様々な時代の人がおり、俗世に捕らわれない彼らといるのは楽だった。
そして、いつしかその集まりは、八仙と呼ばれるようになる。
だが、彼らとの日々を過ごすこと百年。彼女はその山を飛び出し、さらに山奥に引きこもった。どうしてか、彼らといても寂しさが無くならなかったのだ。
だから、寂しさを感じないために一人になった。寂しさは、人の温かさがあるから感じてしまう。
それでも、他の仙人は簡単に彼女の居場所を突き止め、顔を見に来た。ころころと住まいを変え、たまに尋ねて来た知り合いと酒を酌み交わし、さらに百年が過ぎていく。
次の引っ越し先を考えていたある日、ふと思いついた。そろそろ海を越えようと。書物では、東の海を越えたところに倭国があるという。
思い立ったが吉日と、雲に乗って飛んでいく。引っ越しの度に荷物が増え、運ぶ雲の量が増える。
そしてのんびり東へ進めば、島が見えてきた。文明はさほど進んでいないと言われていたが、大陸と似たような都があった。
その都が見える山に居を構えて住んでみると、なかなか心地よい。動物たちはこの国の情報を教えてくれたり、人の食べ物を持ってきてくれたりした。
それは、彼女の好奇心を刺激するのに十分なもので、彼女は数百年ぶりに人が住む都へと降り立ったのだ。
いや、降り立とうとしていた。月夜の中、優美な建物に目を奪われ、つい身を乗り出して雲から落ちるまでは。
仙人のため痛みはないが、さすがに音はする。身を起こせば目の前には人。彼はあんぐりと口を開け、天女が降ってきたと言った。
神も仏も妖も信じられていた頃であり、彼女は丁重にもてなされた。正直この国の食文化には興味があったため、一週間ほど厄介になった。
話を聞けば、彼は帝についたばかりだという。彼の女性遍歴はなかなか面白く、彼女はコロコロと笑った。彼女は大陸の文化や、政治について話した。どれも書物の知識だが、彼らは興味深そうに聞いていた。
最後に当時流行していた十二単と書物をもらい、彼の下を去った。それ以降、彼女は彼の名からサガと名乗り、山奥で生きていく。
「そして、今ではこの私と出会って楽しく愉快に暮らしているのです。めでたし、めでたし」
ぱちぱちと、中田さんが惜しみない拍手をちぃに送っている。梅雨に入り、うっとうしい雨が続くこの頃。気分転換に、中田さんが仙人の昔話をリクエストしたのだ。
しぶる仙人に代わり、意気揚々と化け猫であるちぃが語り、今こうしてふんぞり返っているのだ。
「ちぃ……脚色しすぎ」
「でも、だいたいは合ってるでしょ?」
ちぃは、その俊敏さとコミュニケーション能力の高さを生かして、ずいぶんと昔に他の仙人からサガ情報を集めていたのである。
やっと披露できたと、ご満悦だ。
「……まぁ、間違ってはないけど」
「おもしろいお話、ありがとうございます。そんな昔から、他の仙人さんたちとお知り合いだったのですね」
もうすぐ、中田さんがここで働きだして一年になる。その間に、七人の仙人が訪れていた。皆、引きこもりの何仙姑が雇ったという家政婦に興味を持って。
「どこへ引っ越しても、やってくる」
日本に来てからはもう諦め、都が見えるこの山から動いていない。時が経ち、都は街になり、茶色から灰色へと変わっていった。
その変化も、楽しいものだ。
「月一で集まるようになっちゃったしね。それも、中田さんの料理に胃袋掴まれて」
仙人の頭が痛いことに、彼らは月一で飲み会を開くようになった。しかもこの社で。夜のため中田さんはいないが、彼女はわざわざ宴会用の料理を作っておいてくれるのだ。
暇な仙人の数名は、昼から来てできたてをつまみながら、一杯傾けているが。
しかも、今日がその飲み会の日だ。すでに中田さんは料理のしこみを終えている。
「毎度手間をかけさせてすまない」
「いえいえ、ちゃんと手当もらってるのでいいですよ」
真面目な曹国舅が食費と臨時手当だと言って、毎回渡してくれているのである。嬉しい臨時収入だ。
「それならいいが……。あぁほら、もうすぐ来るぞ、暇な奴らが」
「あら、ならすぐできるもの作って来ますね。二人のお昼ご飯も」
近づいてくる気配を感じ取った仙人がそう言えば、中田さんはやる気満々で台所へ消えていく。
外はしとしとと雨が降り続いている。この多彩な音も、あと少しすれば賑やかな声にかき消されるだろう。
ちぃがトテトテと近寄り、仙人の膝の上で丸くなる。くわっと欠伸を一つ。
「あと二十分くらいで来るんでしょ? それまで寝かせて」
どうせ、今日は夜通しになる。
「しかたないな」
その声を最後まで聞かずに、ちぃはすーすーと寝息を立て始めた。仙人はちぃを起こさないように気を付けながら手を伸ばし、小説を手に取る。
中田さんがおすすめしてくれた、宇宙戦記ものだ。細かい雨の音に、ページを繰る音が吸い込まれていく。
そして十五分もすれば、外から話し声が聞こえだした。甲高い声と、明るく軽い声。オネェとチャラ男が来たなと察し、本を閉じる。
「本当に、うるさくて困る」
いつからか、寂しいと思わなくなった。だが、本当の意味で寂しさを忘れたのは、つい最近なのだということを、仙人は気づいていない。
それは、とある山奥で繰り広げられる、仙人と、化け猫と、家政婦さんの楽しい日々のお話。
前回の更新、2012年ですって。ひどすぎる。
いい加減、完結させようと思って今回書き上げました。
八仙のキャラ全部出てなかったりもしますが、もともと三人だけのお話だったため、キャラづくりもされておりません。
三人のキャラありきの話で、楽しく書かせてもらいました。
でわ、また違う作品でお会いしましょう。