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仙人花火大会に連れ出される


 季節は巡り夏になった。仙人とちぃはその暑さにだらんと日陰の縁側で伸びきっている。中田さんは子どもたちが夏休みに入りてんてこ舞いの日々を送っていた。

 太陽ギラギラ、蝉ミンミン。二人は何もしたくないと、中田さんが掃除機をかけている音を聞きながらゴロゴロしている。


「サガぁ……暑い」


「言うな。もっと暑くなる」


「氷風呂に入りたい」


「猫は水が苦手ではないのか?」


「平気よ。この暑さに比べれば……」


 スローペースな会話。そこにいつも仙人につっかかるちぃの姿は無かった。

 ちぃは歩くのも億劫なのかコロコロと廊下を転がって中田さんがいる仙人の部屋へと入る。

 中田さんは懸命に部屋を片付け、掃除機をかけていた。そのコードは四角い箱に繋がっている。掃除機をかける度に電力供給のためにプラグを持たされてはかなわないと仙人は電力だまりを作ったのだ。コンセントがついた四角い箱で、どういう仕組みで電気が起こっているのかは仙人しか知らない。

 中田さんは汗をぬぐいぬぐい掃除機を切った。


「ねぇ中田さ~ん。氷枕ちょうだい」


 その時を見計らって得意の猫撫で声でお願いする。ちょこんと座って上目遣いをするのも忘れない。


「はいはい。もう少し待ってくださいね。ここが終わったら台所に行きますから」


 中田さんは手早く散らかった本をまとめて積上げていく。

 ちぃはせっせと働く中田さんを尻尾をゆらゆらさせながら待った。

 掃除を終え台所に移動する中田さんの後をひょこひょこ付いていく。中田さんは冷凍庫を開けると氷枕を取り出しタオルを巻いてちぃに渡した。


「わーい! ありがとう!」


 ちぃはタオルの端を咥え、てってと走り出す。


「あ、ちょっとちぃちゃん」


「何?」


 呼び止められたちぃはクルリと振り返った。


「これ、お店にあったちらしなんですけど興味があるならどうぞ」


 と、中田さんは机の上に置いてあったちらしをちぃに見せた。


「花火大会?」


 赤い文字で大きく書かれたその文字は楽しそうに踊っている。


「見たことありませんか? 花火を打ち上げるのですが、空に花が咲いたようでとてもきれいなんです」


 空に咲く花と聞いてちぃの目が輝いた。もくもくと想像の世界が広がり脳内はカーニバルだ。


「見に行きたい!」


 ちぃは氷枕を床に置き代わりにちらしを咥えて駆けて行った。

 向かう先はもちろん仙人のもと。


「サガ~~~! ちぃアタァック!」


 高く飛び上がったちぃはくるくると回って仙人の背中にのしかかった。


「ぎやぁ!」


 突如背中に痛みと重みが降りかかった仙人は飛び起き、ちぃはひらりと背中から降りる。


「何をするんだ!」


 激怒する仙人の目の前に突き出されるちらし。仙人は眉間に皺を寄せながらそれに目を通した。


「……花火大会?」


「ねぇ行こうよ! サガどーせ暇でしょ?」


「……しかも今日」


 気乗りがしない仙人はチラシから視線を外し、ちぁに背中を向けてゴロリと横になった。


「ちょっとサガってば聞いてよ! 花火だよ花火! 空に花が咲いてるんだって!」


 ちぃはピョンピョンと仙人の頭の横で飛び跳ねる。


「私が外に出ないのは知っているだろ」


 ちぃが仙人のもとに来てから彼女が外出したのは片手でたりるくらいだ。


「でもでも~。花火だよ? 夏しか見られないのよ!」


「何故暑い中人の多いとこに行かないといけないんだ」


「見たいんだもん」


「一人で行けばいい」


「寂しいじゃん!」


 なかなかうんと言わない仙人にちぃは前足でダンダンと床を叩き地団太を踏む。


「嫌だ」


 平行線を辿る会話。


「もう! じゃあサガが花火やってくれるの? 行くのがいやならここで見せてよ~!」


「無茶を言うな……私は火を起こせても花火は作れない」


「なら見に行こうよ!」


「私は五百年前に水鏡で見たからいい」


 床からかたくなに離れようとしない仙人の頭をバシバシと叩く。


「サガのバカバカバカバカ~!」


「痛い! 痛いって!」


「ほらほら二人とも、けんかしてないで西瓜でもいかがですか?」


「食べる!」


 切った西瓜を持って来た中田さんの声にちぃはピンッと耳を立てて振り向いた。


「……なんて変わり身の早さだ」


 身を起こした仙人の呻きににた呟きも気にしない。

 中田さんは縁側に座り西瓜が並べられたお皿を置いた。小皿を置き、そこにちぃのぶんの西瓜を分ける。


「花火大会、行ったらどうですか?」


 中田さんはお皿を仙人に渡してそう言った。


「面倒臭い」


 仙人はもぐもぐと西瓜を食べながら答える。


「行こうよ~」


 西瓜から顔をあげたちぃがうるうると瞳を揺らしてお願いする。顔が西瓜の汁でビチョビチョだ。


「嫌だ」


「もう! サガのけち!」


「仙人さん、いい機会なんですから外に出たらどうです?」


 中田さんも西瓜を囓りながら花火大会を勧める。


「遠いし、人も多いし」


「そんなの仙術でなんとでもなるじゃん! 空飛べるでしょ!」


 味方を得たちぃはさらに強気に出る。


「飛べるけど……」


「ひきこもりはよくありませんよ。夜は涼しいですし、間近で見るとそれは素晴らしいです」


「えぇ……でも」


 なおも渋る仙人。


「おいしい茶碗蒸しを作りますから」


 茶碗蒸しは仙人の好物で、仙人はピクリと反応する。


「茶碗蒸し……」


「それに花火を見ながら一杯やるのもいいものですよ」


 揺れる仙人の心に酒の一撃。


「うぅ……」


「サガぁ、行こうよ~。一生のお願い」


 ちぃはちょこんと座り、器用に前足でお願いのポーズを取る。


「……仕方ないなぁ。一度だけだからね」


「やったぁ!!」


 ちぃはぐるぐると駆け回り、仙人はため息をつく。

 仙人にできることはただひたすら茶碗蒸しのことを考えるだけだった。






 絶品の茶碗蒸しを食べ、満足した仙人はちぃに急かされ重い腰をあげた。


「早く行かないといい場所が無くなるって中田さんが言ってたよ!」


「ちぃ。私は何?」


「仙人」


「任せといて」


 そういうなり仙人は物置から出して置いた小さな壺から丸薬を取り出した。


「噛んで飲んで」


「何これ」


「透明になれる薬」


 仙人はごくりと飲み込んだ。


「……変わらないわよ?」


「仙力を持つ者には見えるが、人間には見えない」


「ふーん」


 ちぃは半信半疑でその丸薬を飲んだ。何の変化も感じられない。


「じゃ、行こっか」


「え!? これで本当に大丈夫なの?」


 仙人は大丈夫大丈夫と草履を履いて外に出る。

 仙人が出かけると聞いて家中の付喪神と森の動物たちが見送りに出た。

 仙人がパンパンと手を叩くと、空からすぅっと雲が降りて来た。ちょうど二人で乗れるくらいの大きさだ。

 仙人は雲の上にひょいっと乗り、ぽかんと口を開けるちぃを手招きした。


「雲……?」


「雲」


「チャラ男みたいに飛んで行くんじゃないの?」


「ちぃ飛べないじゃん」


 ちぃは確かにと納得し、勇気を出してピョンと飛び乗った。ふわりとクッションのようだ。


「じゃ、行ってきまーす」


「いってらっしゃーい!」


 付喪神と動物の大合唱。


 雲がふわりと浮き、目的地へと動き出す。どんどん高度を上げ、東屋が小さくなった。


「花火大会の場所まで頼む」


「え、タクシー機能?」


「雲だからな。世界中の場所を知っている」


「そーゆう話なの?」


 仙猫として三百年ほど生きているがまだまだ知らないことがあることに気づくちぃだった。

 仙人は鼻歌を歌いながらずいぶん変わった町並みを見下ろす。前に町へ降りたのはもう二百年は前だろう。


「もはや異世界だな……」


 地面が発光しているかのように明るい。その光が動いている。赤い光が遠くへ遠くへと。


「赤い、蛍?」


「サガ……それは車」


「岩がたくさんあるが……」


「全部家だから」


 仙人は目を見張って家と教えられたものを見る。その横顔を見ながらちぃはチャラ男のように頻繁に町に降りて流行を追うのも仙人としてどうかと思うが、サガのように何百年単位で山にひきこもり街の変化に目を白黒させるのもどうかと思うのだった。


「ちぃ。あそこに人がたくさんいるけど、あそこか?」


 ちぃが雲から首を出すと、川沿いに人がたくさんあふれていた。


「うん。あの河原で花火をあげるのよ」


「ならここら辺でいいか」


 そう言うと仙人は河辺の人々の上に雲を移動させ、雲の中から酒瓶とつまみを出した。お盆の上にそれらをセットする。


「なんだかんだ言って、楽しむ気満々じゃん」


 ちぃは酒瓶を開け、おちょこに注ぐ仙人を半目で見る。


「私は酒が飲めればそれでいい」


 仙人は冷酒をくいっと飲み、花火大会の始まりを心待ちにする。川辺の向こうでは花火師たちが筒を見て回っていた。

 ちらしによれば千発の花火が上がるのだから、筒の数もかなりのものである。

 同時に何発打つつもりなのか、今からとても楽しみになる。

 しばらく待つと、市長と呼ばれる人が開会のあいさつをした。彼のカウントダウンで花火師たちは着火の用意をする。


「花火! 花火!」


 ちぃはぴょんぴょんと跳ね、雲から落ちないか仙人は少し心配になったが、ヒューっと花火が上がる音に視線を空へと奪われた。

 パァンと空に花が咲く。鼓膜を震わす音も心地よく、体全体で花火を味わっている気になる。


「すっごおおおおおおい!」


 初めての花火に大興奮のちぃは目をキラキラさせて、散りゆく花火に心を奪われていた。続けて二発三発と花火が打ち上がる。


「間近で見ると、これほどにきれいとは」


 仙人も酒を飲むのも忘れて花火に見いっている。

 キラキラと星が瞬くような花火。笑顔の形をした花火。花の形をした花火。縦横無尽に空をかける花火。様々な花火が空を彩り、目を楽しませる。

 何連発と轟く花火が、空に暗さを許さない。ただただ圧倒された。

 互いに口から出る言葉はすごいやきれいのみ、視界に邪魔するもののないその特等席で二人は二時間の花火をたっぷりと楽しんだ。

 そして来てよかったでしょ? と得意になるちぃを乗せて、雲は仙人の家へとのんびり飛んでいくのだった。




 うわぁ、半年以上放置。



 まぁ、こんなペースですよねぇ。

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